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2017年8月 7日 (月)

ほぼ順調にバスー到達

昨日とはぅってかわって雲ひとつない天気に恵まれ、小高い丘の上にあるホテルはヒンズークシュの山々の眺めが独り占めである。展望台からは眼前には雪と岩の殿堂たるウルタルと鋭い岩峰のレディー・フィンガーが圧倒的な迫力で迫り、正面にはヒンズークシュ山脈屈指の高峰であるラカポシが悠然と聳え、その脇にはディラン、スパンピークという名峰が控えていて、まさに壮観そのものである。
Dscn0023ラカポシ

朝食後にフンザの町に向かうが、フンザの最大の名所であるバルチット・フォート(昔のフンザの支配者の城)はフンザの町を見下ろす高い所に位置しているので、GPS地図で道を選んでいけば、大きな下降はせずに到達できると踏んだのだったが、途中で道を間違えてしまったためにフンザの町中まで降りてしまい、また登り直す羽目になってしまった。

フォートの登りの最後の辺りで、日本人を乗せた車に追い越される。客の日本人から乗車を勧められたが、あと少しだけだったので、断って登り続ける。フォートの入り口に着いてみると、さきほどの日本人が休んでいる。なんでもカラチに商用で来ていて休みを利用してフンザに来ているそうである。

彼と一緒にフォートの中に入り、現地のガイドの説明を聞く。私は英語が不得手なため、あまりよくわからなかったが、陳列物が日本ならば、厳重にガラスの中に入れられ手を触れられないばかりか写真も撮影禁止となっているのに対して、ここは多くが触り放題で、別途支払さえすれば撮影も自由となっているのがおもしろかった。
2017080622133900フンザを代表する名所であるバルティットフォート(旧藩主の居城)と背後に聳えるウルタル峰(その左側の低い尖ったピークはレディーフィンガー)

見学後にコーヒーを飲んでから、別のフォートを見に行くという日本人とは、そこで別れる。このフォートを見た後では二番煎じではないかという気持ちもあったが、それ以上に別のフォートは今朝降りて来たみちの途中近くにあるようなので、また登り返すのは真っ平御免だというのが本当のところである。

それにフンザで次に行って見たい別のところがあるのだ。それは、フンザの山とも言うべきウルタル峰で遭難した有名な登山家である長谷川恒男の意思を継いだ奥さんと支援者によって建設された公立学校である。手もとの地図には所在地が記入されてなかったが、適当に見当をつけていくと、それらしき建物があったので近くの人に聞いてみると、やはりそうだという。あいにく、土曜のために生徒はいなかったが、門番?の人に断って校庭に入らせてもらって写真を撮る。
Hasegawa
これでフンザに来た主目的は達成したが、他にも目的がいくつかあった。ひとつはイスラム教では飲酒が禁止されているのに対して、ここフンザの宗派は飲酒には寛容なのでビールが飲めるということで、大いに楽しみにしていたのだ。次は昨日までのトラブル続きで予定外の出費が嵩み、手持ちルビーが六千円程度となってしまったので、両替をする必要がでてきたことである。最後はバスーまでの移動手段を決定することであるが、方法は三通りである。①車のチャーター、②カラコルム・ハイウェイを8キロ戻った地点からバスに乗る、③カラコルム・ハイウェイでヒッチハイクをする。

ゼロポイントという地n点まで降りて来た時に、そこがフンザの中心街なので、慎重に考えるべきであったにもかかわらず、勢いでどんどんくだってしまったのである。しばらくして資料を見ると、両替屋は下にはなくかなり戻らなければならないことがわかった。戻ろうかとも思ったが、資料はかなり古いものなので、戻った場所に両替屋があるという保証はない(パキスタンの旅行の本は10年近く出版されていない)。それよりも、このままカラコルム・ハイウェイまで降り続けてヒッチハイクすれば、バスーには安宿しかないから手持ちのルビーで用は足り、その次のパキスタン最後の宿泊地となるスストは中国からの旅行者がルピーを求めるはずだから、そこで必要なルピーは手にはいるに違いないと思い付いた。ただそのように考えた裏には私の旅は一般のバックパッカーから見たら贅沢をし過ぎているという負い目もあったことは否定できない。

カラコルム・ハイウェイに降りてもすぐにはヒッチハイクは始めずに歩き続ける。それはちょっと先に岩絵があるからで、チラスで見損なった分を取り戻したいと考えたからである。岩絵を見てからヒッチハイクに移る。
Iwae
ネットではパキスタン人は親切だから成功率100パーセントと書いてあったが、10数台目がようやく停まってくれた。それもそのはずで、停まってくれなかった車のほとんどは後部座席も定員超過のぎゅうぎゅう詰めの状態だったからである。

乗せてもらった車はバスーの手前のグルミットまでしか行かなかったので、そこから先はまたヒッチハイクをするしかない。パスーまでは10数キロしかないので、歩けない距離ではないか、夕方になっていたので、30分だけヒッチハイクを試みて、ダメならここのホテルに泊まることにした。バスー行きにこだわるのは、名峰シスパーレのモルゲンロートが見たかったからである。

30分粘ったが、時間的に交通量が減ってきている上に、満車の車が続いて諦めかけた頃に、近くでミニバスが止まり数人の乗客が降りてくる。ラッキーと乗り込んでパスーを目指す。パスーのバス停はグルミットと異なり、人家もないところだった。しばらく歩くと安宿があったので、泊まることにする。すっかり寂れていて、この時期だというのに客は私一人である。パスーまで予定通りたどり着けたことを喜んで、本来なら祝杯をあげたいところであるが、パキスタン入国以来4日連続の禁酒を余儀なくされるのが辛いところである。

 

 

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