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2017年12月

2017年12月25日 (月)

関西・中国地方ツアー( 乗り鉄の旅+α)

前夜、備後落合に最終列車で着き、酒を飲んだ勢いで寝てしまうつもりだったが、寒さで1時間ほどで目覚めてしまった。まだ夜中の1時過ぎであり、朝までまんじりともせずに過ごすのはつらいので、小雨は降っているものの雨具を着て駅周辺をジョギングして時間を潰すことにした。あまり遠くまで行ってしまうと戻れなくなる恐れがあるため三方向に向かって往復したが、3時間ほど時間を潰せてなんとか長い夜をやり過ごすことかできた。

姫路までは芸備線の一部と姫新線の全部を通るのであるが、何度も乗り換えを余儀なくされ、備後落合を始発で出たにもかかわらず、姫路近くまで来た時には夕方になっていた。

このまま姫路まで乗って行ければ楽なのだが、今一つの+αが待っているのだ。それは初日の西国三十三箇所のうち、行き損なった兵庫県最後の札所である27番書写山園教寺に参拝することである。書写山を参拝する通常のコースは途中までロープウェイで行き、そこから先は歩いて行くらしいが、今回は採用できない。何故ならば、上りは乗り場まで自転車で行けば最終のロープウェイには間に合いそうだが、下りは絶対に間に合わないので、別のコースを降りなければならないが、そうすると乗り場まで歩いて行かなければならないので、かなり時間がかかりそうだからである。

別コースをネットで調べると、最寄りの駅からの最短コースで頂上付近まで道が続いているコースがあったので、自転車で行ける所まで行けばかなり時間短縮が出来そうだと踏んだのだが・・・。

最寄り駅から登山口までは何度か迷いながらも辿り着いたが、登山口には車両通行止めの立て札があり、自転車も禁止と書いてある。これは無視して通行すると罰当たりになるかなと思いながら見上げると、なんと20パーセント近い勾配率の急坂が続いている。こんな急坂はとても登れないし、仮に引っ張って登ったとしても、下りが怖くて下りられないというわけで、大人しく歩いて登ることにした。

その代わり、かなりのスピード(自分としてはであるが)で登ったお陰で、門が閉まる5時前ギリギリに本堂に入れて参拝をすることができた。どうやら仏罰には当たらなかったようである。これで今回の予定はほぼ終えて後は我が家に帰るだけとなった。2017122520490201
備後落合駅待合室


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書写山園教寺本堂

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2017年12月24日 (日)

関西・中国地方ツアー( 廃線目前の三江線乗車)

今回は当初は瀬戸内沿岸を西に向けて行ける所まで進むつもりだったが、広島県北部の三次と島根県の江津を結ぶ三江線が来年3月いっぱいで廃止になることを知り、せっかくの機会だからと足を延ばして乗車しておくことにした。ダイヤを調べてみて驚いたのは、このあたりの路線の本数が非常に少なく、江津まで行って1日で広島県に戻って来るには、芸のないことだが三江線に再び乗って帰ってくるしかないことであった。

 

前夜のうちに移動しておいた福山駅近くのホテルを朝出て7時過ぎの福塩線に乗車する。今日は乗車するのは未乗車区間ばかりである。福塩線の車内には早くも鉄ちゃんとおぼしき人が乗り込んでいる。三次駅から三江線に乗り換えると3両に増結された車内の半数以上は鉄ちゃんのようで、特に先頭車両は鉄ちゃんばかりで運転席の後ろは立ち見の人もいるし、駅で停車するとカメラを持った人が右往左往して殺気だってくる。沿線にはカメラを構えている人も多数見かけられ、ちょっとしたフィーバーである。

 

乗車した列車は終点の江津の少し手前の石見川本止まりで、江津行きまでにはしばらく時間があったので町に出て食事を摂る。マジオム(マジカルオムレツの略とのこと)という料理が評判となっているらしい店があったので、早速注文してみる。オムレツの具として唐揚げやウィンナー、ハムが入っている賑やかな内容で変わっているといえば変わっているが、もう一度食べたいかと聞かれれば?である。

 

昼食後にスーパーで酒とつまみをしこたま買い込んだので、江津行きの車内ではテレビ番組ではないが、乗り鉄ならぬ呑み鉄の旅となる。ホロ酔い気分で終点の江津に着き、30分ほどの待時間で三次行きの直通列車に乗り込む。

 

途中から夜の帳が降りて車窓の展望もなくなって長い鉄道の旅となる。終点の三次駅では30分ほどの待時間があるが、駅のコンビニが果たして開いているかどうかが気がかりであった。幸い小さいコンビニながら開いていて、弁当の温めもできるし酒やつまみの書いたしもできた。今晩はクリスマスイブということでケーキも買ってみた。

 

三次駅で下車した人の大半は芸備線で広島に向かうようで、備後落合方面の列車に乗り込むひとはわずかであり、終点の備後落合で下車したのは自分だけであった。

 

備後落合駅は始発駅であるにもかかわらず、駅の周囲には人家が一軒もない「秘境駅」である。近くに旅館でもないかと事前に調べてみたのだが、車に相当乗らないとないようである。以前は駅周辺にも数件の旅館があったようだが、急速に過疎化が進んで廃業してしまったようである。

 

三次あたりならば旅館もあるようだが、そこに泊まってしまうと、備後落合の始発に間に合わず、次の列車は昼頃までないので、翌日の行程に支障を来すので、無理を承知でここまでやってきたのである。持参した衣類を全部着こみ、酒の勢いを借りて多少仮眠を取れれば、後は夜明けをじっと待つだけである。
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関西・中国地方ツアー( 日本列島海岸線踏破)

このツアーの二日目のテーマは日本列島海岸線踏破である。北海道及び四国の海岸線一周とその他の地域については太平洋側の海岸線は踏破しているが、瀬戸内海の中国地方側は日本列島徒歩縦断の際に赤穂までは歩いているが(その先は四国に飛んでいる)、そこから西はまだだったので、前夜のうちに電車で赤穂まで移動して、赤穂から自転車の旅が始まることになる。

昼前には岡山に着いたが、昼食の後、後楽園を見学したりして思いかけず時間を潰してしまった。後楽園は三大名園の一つでせっかくだからと入園したが、全部見てるとかなり時間がかかりそうだったので、奥の方は割愛させてもらった。

ここから倉敷方面には直行せず、海岸線に沿って南下することにしたが、宇野線終点の玉野に着いてみると4時を回ってしまい、このまま海岸線に沿って前進するには無理があるので、宇野線にはまだ乗ってないこともあり、宇野線で岡山にもどることにした。ただ、これだけだと移動距離が短すぎる、倉敷の近くまで行って終えることにした。
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後楽園

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岡山城


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2017年12月23日 (土)

関西・中国地方ツアー(西国三十三札所)

今回のツアーは日替りでテーマが変わり、初日は西国三十三箇所札所めぐりである。西国三十三箇所札所は1年ぶりで、今回は23番から27番まで参拝して、大阪兵庫両県は終わらせるつもりであった。結果的には23番から25番までは参拝できたが、26番に向かう途中で暗くなってしまって山門が閉まってしまい、本堂をお参りすることはできず、27番には近づくことすらできなかった。
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2017年12月17日 (日)

甘利山

南アルプス前衛の山でまだ登っていない山の一つである甘利山に登ってきた。頂上直下まで自動車道路があるにもかかわらずバスが通っていないため、車を使えない私は自転車で行かざるをえない。韮崎駅から頂上直下の登山口までは距離は14キロ、標高差は1300メートルあるので、10パーセント近い勾配が延々と続くことになる。

自転車で喘ぎながら登っている脇を車に抜かれるのは嫌だなと思っていたら、人家が途切れた先にゲートがあって冬季は全面通行止めとなっていたが、自転車が通れる隙間はあったので、これで車に煩わされずに行けることになった。自転車の通行に制限があるのかどうかは知らないが、これは自己責任ということで

昨日10キロ走ったせいか、どうも足が重く感じて、傾斜が急になってくると自転車を降りて引いていき、傾斜が緩くなってくると漕ぎ出すことの繰り返しで進むのでペースは捗らない。

登山口である駐車場まであと4キロ弱まで登ったところで登山近道という標識があり踏みあとがあったので、自転車をデポして登り出す。自動車道と何回か交差しながら、最終的には自動車道に合流してしまったが、このあたりは道路上にも雪が積っているので、自転車では登ってこられなかっただろう。

登山口から頂上までは700メートルの距離に過ぎないのだが、妙に疲れてしまった。年のせいかな?頂上には2時半につくが、富士山は大半が雲に隠れてしまい、他にはめぼしい山の展望もなかったので、早々に退散する。

下りは歩きも自転車も早く、明るいうちに韮崎駅に戻ることができた。通行止めだから当然だが他の登山者はおらず、静かな山登りが楽しめた。
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2017年12月 6日 (水)

国威発揚三連チャンへの抵抗

2020年夏の東京オリンピックは何年も前から決まっていることであるが、それに加えて2019年4月末の天皇退位及び5月1日の新天皇即位と元号改元が決まり、2018年には明治150年の記念行事も予定されているようである。まるで戦前の紀元2600年を思い起こさせるような国威発揚のオンパレードであり、国民へのこの危険なマインドコントロールに対して何らかの意思表示をしないわけにはいかない。


国内でも様々な反対の集会が開かれるであろうが、自分としては消極的な対応でであるとのそしりを受けるかもしれないが、その期間中は日本を脱出することで、騒動からは離れたいと思っている。

元々2020年夏と2019年GWには海外登山を予定していたので、意識的に日本を脱出するというわけではないが、2018年の明治150年記念行事の時には7〜10日くらいで秘境旅行にでも行ってこようと思っている。なお、行事の時期は今のところ未定のようだが、明治100年の記念行事は明治に改元された10月23日に行われているので、今回も同様となることが有力であると考えられる。それにこの時期ならば改憲の国民投票も終わっていて、国内情勢も安定していると考えられるからである。もっとも国民投票の結果逼迫が予想され、記念行事の国威発揚ムードを国民投票結果に利用したいと政権側が考えた場合には年の前半に記念行事が行われれ可能性がないわけでもないが

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2017年12月 3日 (日)

メキシコを去る

10日近くに渡った遺跡観光にオリザバ登山と盛り沢山のメキシコ訪問も終わってみればあっという間であった。とうとうメキシコを去る日が来た。

行きに迎えに来てくれた運転手が帰りも送ってくれることになった。メキシコシティに自宅があるとのことで、メキシコシティからトラチェチュカの宿舎への送迎を専ら行っているらしい。

トラチェチュカの宿舎はオリザバ登山をする人は行きと帰りには必ず宿泊するようで、オーナーもスタッフもフレンドリーで良い所である。もう2度と来ることはないだろうが、もう一度泊まりたいとは思っている。週末ということもあり、今日も二組のパーティーがここからオリザバ登山に向かうようである。彼等に幸運あれである。

市内までは3時間ほどで着いたので(行きの反対方向は5時間以上かかった)、これは早く着けそうだと思ったら、市内に入ったら大渋滞で、いつになったら着くのやらである。日本は前のオリンピックの時に首都高を作ったけど、それから四年後に当地でオリンピックを開催する時に日本を真似ようとはしなかったのだろうか?隣を鉄道が走ってたので、荷物さへなければ乗り換えてしまいたい気分であった。別に早く着いたからと言って、特別にやることがあるわけではないのだが

3時にようやく予約していたホテルに着く。実は深夜の便で帰国するのだが、空港に早く着きすぎても時間をもて余すし、多少は市内観光の真似事もしてみたいので、ロッカー代わりに安いホテルを予約しておいたのだ。運転手が迎えに来た時と比べて帰りは随分としょぼいホテルに泊まるんだなと思われるのもいやなので、ロッカー代わりであることを説明したが、二人とも英語が堪能でないので、果たして意図が伝わったかどうか

ホテルの部屋に荷物を置きに入ってみると、値段の割には綺麗で、熱いシャワーも出るし、無線LANも通じるしで、宿泊しないのが勿体ない気もした。

帰国のフライトまでたいした時間はないが、国立人類博物館を覗いてくることにした。メキシコのマヤ文明までの膨大な歴史資料が展示されていて、日本語解説付きで丸1日をかけて見学したいところだが(それでも時間は足りないようだが)、1時間ほどの駈け足でしか見られなかたのは残念だった。博物館の近くにお城があってメキシコシティ全体の展望が得られるとのことで行ってみたかったが、暗くなってきたので治安の悪い当地ゆえに断念し、少し歩いた先にあるメキシコ料理店で食事をした。まずはメキシコに来ていながら、まだ飲む機会のなかったテキーラを注文し、料理は無難なところでタコスを注文した。テキーラはさすがに強い酒であったが、自分には合う気がした。タコスはチチェンイッツァのホテルで食べた時とは全然別物で、トルティーヤとの違いがよくわからなかった。

以上でメキシコでのスケジュールは終了し、ホテルの荷物を回収して空港に向かった。後は日本までの長い長いフライトがあるだけだった。
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2017年12月 1日 (金)

登頂ならず

3時出発とのことであったが、零時前に目が覚めてしまったので、カメラの低温によるバッテリー低下の対策を試みていたら、なにかの手違いでデータが全部飛んでしまった。タブレットでも結構撮っていたので写真なしという最悪の事態は免れることができたが、どうも朝から幸先の悪いスタートとなった。

3時きっかりにガイドと一緒に登り出すが、どうも調子が出ず一時間の登高高度が200メートルに達しない。一昨日の高所順応トレーニングをもう少し高い所でやっていれば多少違っていたのだろうが、そんなことを言っても始まらない。今のスピードでは1500メートルの標高差を1日で往復するのはとても無理だと薄々感じ始めるが、とにかく頑張って登るしかない。

登りだして5時間たって、ようやく頂上直下の急な雪の斜面に達する。同宿していた人からデインジャラスなアイスバーンだとは聞いていたが、まるで冬の富士山のような山で、私が今までに登ったヒマラヤ、アンデス、アルプスの中で、こんなに危険な所は初めてだ。

ガイドとはコンテ(ローブで結びあいながら同時に行動すること)で登るが、こんな硬い氷の斜面をコンテで本当に止められるのか疑問を感じるものの、富士山のように突風があるわけではないので、アイゼン技術さへしっかりしていれば、まずは滑落はしないものだ。

100メートルほど登ったところでガイドが降りようと言い出す。頂上が目と鼻の距離ならば頑張る気も起きるが、もう少し頑張ったところで時間切れで戻らざるをえないことは明らかなので、同意して下山することになった。下りも結構たいへんだったが、2時には小屋に戻り、そこから車で2時間ほどでトラチチュカの宿舎に帰った。夕食まではしばらく時間があったのでトラチチュカの町を散策するが、片田舎だと思っていたのは大違いでなかなかの町並みであった。

今回登頂できなかったのは、直接的にはアイスバーンのためだが、本当の理由は頂上アタック時の標高差が1500メートルもあったためだろう。私くらいの年齢になると1000メートル以内に抑えないと無理なのかもしれない。
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ベースキャンプの小屋まで

当初の予定よりも1日遅れでベースキャンプに向けて出発できることとなった。今日もいい天気だ。明日の午前中一杯は天気がもってくれることを祈る。

今日は小屋まで上がるだけだから急ぐことはないのだが、なかなか姿を現さないガイドにイライラする。同宿していたパラグライダーの人も先に降りてしまう。これで宿に泊まっている人は私以外にはいなくなる。

11時に宿舎を出発し、途中でガイドをピックアップする。初日に宿舎まで連れてきてくれた人はガイドではなく単なるドライバーだった。本物のガイドは私より英語が堪能なので意思疏通には問題はないだろう。その先でさらにもう一人乗り込んでくるので何かと思ったらコックであった。どうも今回も大名登山になりそうである。

13時に4200メートルのベースキャンプとなる小屋に到着し、コックの料理でランチを食べるが、食欲も旺盛であり、脈拍も67/分とほぼ正常の範囲内である。唯一問題があるとしたら、カメラが低温のためローバッテリとなり、充電もできないことである。先日の富士山でも同じ現象が生じたが、どうも低温に弱いカメラのようである。とりあえずはカメラは抱いたま寝袋に入れて充電し、行動中はバッテリーは抜いて胸ボケットに入れて体温で暖めておこう。まあタブレットの方のカメラ機能には今のところ問題はないようなので、登頂写真なしという最悪の事態はまぬがれそうだが・・・

今はまだ午後3時頃で、普段は寝る時間ではないが、深夜に頂上を目指して出発するので、もうしばらくしたら仮眠をとることになるだろう。
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ベースキャンプとなる小屋


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