« 杓子山 | トップページ | あの日から7年 »

2018年3月 4日 (日)

静岡マラソンとその前後

5年ぶりとなるフルマラソンであるが、2週間前に走った青梅マラソンがゆっくりペースながら、比較的余裕をもって走れたので、今回も完走狙いならなんとかなるだろうとたかをくくっていた。。スタートが8時20分と早く、始発の新幹線でも間に合わないので、前日の土曜日から静岡近辺に宿泊しておかなければならない。土曜日は午前中から娘夫婦が孫を連れて遊びに来たので、夕方近くまで在宅でもよかったのだが、いろいろと欲張ってスケジュールをたててしまったので、昼食を済ませると、孫とのつらい別れをしなければならない。

 

まずは国会議事堂前に行き、毎月3日に作家の澤地久枝さんの呼び掛けで行われているスタンディングに参加する。スタンディングの際に掲げる「アベ政治を許さない」のポスターを書かれた詩人の金子さんが亡くなられたので、その追悼でも行うのかと思ったが、どうも前回からコールなしのサイレントスタンディングになってしまったようである。10分間、無言でボスターを掲げ続けるのもなかなかたいへんである。

 

スタンディングが終わると解散して三々五々散っていくのが通例なのだが、今日は参加者の多くが同じ方向に歩いていく。行き先は言わずと知れた財務省・国税庁の建物である。ウソつき佐川長官の責任を追及する2月16日の確定申告初日に続く2回目の抗議集会に参加するためである。約二千人の参加者があり、コールとメッセージの後に銀座方面のデモに移った。

 

デモ終了後、静岡方面に向かうが、東田子の浦で途中下車する。というのは、そこから三キロほど北の岳南江尾から東海道線の吉原駅までを繋いでいる岳南鉄道に乗車するためである。前から気になってはいたが、岳南江尾までのアプローチが歩く以外にないのがネックとなって乗らずじまいだったので、この際、良い機会だと乗ってみることにした。

 

吉原からはJRに乗車するが、静岡まで行かずに次の富士で下車してしまう。実は昔の山友達が富士に住んでいるので、久しぶりに会おうと思って早々と宿を確保したのだが、友人に連絡するのが遅かったのが災いして、先約があるとのことで会えないことになってしまった。そこで、慌てて宿泊先を静岡に変更しようと思ったのだが、静岡周辺のホテルはマラソン参加者のためか空室なしだったので、当初どおり富士に泊まらざるをえなくなったのである。静岡に比べて30分ほど早くホテルをでなくてはならなくなったが、そもそもレーススタートの3時間前には朝食を済ませておくのが理想とされているので、起床時間自体は変わらないことにはなる。

 

翌朝は暗いうちからホテルを出て駅に向かう。乗り込んだ列車はランナーでいっぱいでまるで専用列車のようだ。沼津方面から来る友人と車内で落ち合うことぬっていたが、混雑しているのでスタート地点付近で落ち合うことにした。

 

 

 

久しくフルマラソンを走ってないので後ろの方からのスタートとなり、スタート地点ははるか前方でスタート時間から10分ほどかかってようやく着くことができた。スタートしてしばらくは青梅同様に超スローペースで行き、足の関節が温まった五キロ過ぎからペースを上げていくのは青梅と同様てあったが、違うのは思ったようにペースが上がらず足の疲労がどんどんたまっていくことであった。10キロ通過時の足へのダメージは青梅30キロ終了時よりもはるかに大きく、ペースはどんどん落ちていった。さらに15キロを過ぎると太ももに痙攣が走りっぱなしになり、そのたびに立ち止まらざるをえないので完走は絶望的になった。なんとか中間点までは頑張ったが、22キロの関門でリタイアとなった。

 

収容バスに乗せられてゴールの清水に向かうが、レースとは別の道を行くので走り損ねたコースは見られないと思ったら、車内のテレビで地元のテレビ局による静岡マラソンの実況放送をやっていたので、本来は走るはずだったコースの一部を見ることもできた。トップの選手がゴールして倒れこんだ時に収容バスも清水駅前に到着して私の静岡マラソンも終わりを告げた。

 

今回のリタイアの一番の原因は自分の体力低下によるものだが、青梅30キロから2週間しかたってなかったので、(回復力の衰えている今の自分は)疲労が抜けきれてなかったことも影響していたかもしれない。いずれにしても、フルマラソンの完全復活は制限時間のないホノルルマラソンかあっても超緩い東京マラソンまでお預けとしておこう。

 

18切符を利用しているので清水からは各駅停車で帰ったが、それでもずいぶん早く帰れそうだったので、少し寄り道して前から行ってみたかった建長寺の釈迦苦行像を訪ねに行く。釈迦が荒行により骨と皮となってしまった像でガンダーラ美術の最高傑作と言われており、本物はパキスタンのラホール博物館に収蔵されていて、2008年にパキスタンに行った時に見たかったのだが、諸般の事情で見学がかなわなかっものである。建長寺にある像は名古屋万博の際に展示されたレプリカが、万博終了後に寄贈されたものであるが、世界では他に例を見ない貴重なものだそうだ。

 

北鎌倉から建長寺までは思ったよりも遠く、おまけに登り坂だったので、疲れた足には負担が大きかったが、見学したい一心でなんとかがんばる。建長寺に着くとはやる気持ちを抑えて境内の奥に向かい、久しく憧れていた釈迦苦行像と対面する。しばし沈黙して至福の時を過ごしてから寺を辞す。帰りは北鎌倉に戻っても下り坂にはなるのだが、疲れた足で目的もなく長い距離を歩くのはしんどかったので、少々時間待ちをして鎌倉行きのバスに乗り込んだ。
2018030418073300

 

 

 

2018030418073203

 

 

2018030418073202

 

 

2018030418073201

 

 

2018030418073200

 

 

2018030418073101

 

 

2018030418073100

 

 

2018030418073100_2

 

 

2018030418073002

 

 

2018030418073001

 

 

2018030418073000

 

 

 

|

« 杓子山 | トップページ | あの日から7年 »

走り」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 静岡マラソンとその前後:

« 杓子山 | トップページ | あの日から7年 »