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2018年4月 9日 (月)

塩の道・静岡糸魚川構造線

今朝もまた雨で4日連続である。なんか慣れっこになってしまい、雨天の出発も苦にならなくなる。今日の目的地は塩尻で120キロ以上あるが、大糸線沿いに進むので時間切れやトラブル発生でも最寄駅から乗車すればよいので気が楽だ。

今日のコースの呼称、特にはひとつは塩の道と呼ばれていて、古来、日本海側と信州を結ぶ物流路で、特に信州の人にとっては生命線である塩の確保のためには欠かせない重要なルートであった。歴史上有名な話としては甲斐信濃を領有する武田信玄が塩の調達を駿河の今川義元によって妨害された時に、義に厚い越後の上杉謙信が信玄とはライバル関係にあるにもかかわらず塩を送ったのもこのルートである。所々に旧道が残っているが、登り下りの激しい道で忠実に辿ろうとすると時間をロスしがちである。

このコースをもうひとつ有名にしているのは静岡糸魚川構造線という日本列島を東西に分けている大断層帯が通っていることである。構造線の南部のうち静岡から塩尻まではトレース済みなので、今日塩尻まで行ければ一石二鳥になると取らぬ狸の皮算用をしていたのだが
ホテルのすぐ裏手は日本海なので、そこからスタートすることにした。しばらく行くと断層帯を見学出来る所があるようなので寄り道してみるすが、あいにく工事中で現場にはちかづけなかった。同じ構造線上の静岡県の富士川流域の新倉という所で、多分同じようなもなをのを見たことがあるのでまあいいか。

長野との県境近くになるとトンネルが連続するようになるが、自転車が通るにしては狭すぎる歩道しかないため、車道の端を徐行して通らざるをえはくなり、それを繰り返すことにより時間はどんどんロスしてしまった。長野県に入るとトンネルはなくなるが、緩い登りが延々と続き、おまけにコンビニも食物屋も皆無のためにガス欠となって、自転車を降りてしまう始末。坂を登り切った所に蕎麦屋があったので、迷うことなく入る。

今後の予定を検討すると、塩尻の最終電車に に間に合うのは絶対に無理、松本も厳しいので、中途半端な距離を残しても仕方ないので信濃大町から帰ることにした。そのため後は余裕を持って帰ることができた。

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