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2018年8月

2018年8月26日 (日)

大井川ランニングと18切符の旅

先日、南アルプスから下山した時ははたなぎダムからバスに乗ったが、そこから大井川に沿って河口まで下っていくコースは自転車でしか行ったことがないので走ってみることとして、夏期限定1日1本のはたなぎダム行きバスを予約して静岡駅に向かった。ところが、静岡駅前のバス停に張り紙があり、台風による大雨の影響で今日のはたなぎダム行きバスは運休になるとのこと。ガ~ンである。かわりに30キロほど短くなるが、金谷回りで大井川鉄道の終点から走ることにした。

走り初めは、車窓の景色とは異なるアングルからの景色が眺められて楽しかったが、暗くなってくると単調さと疲労から難行苦行の連続となり、東海道線の島田駅まで辿り着くのがやっとで、そこから10キロ以上先にある太平洋まで走る元気はなかった。はたなぎダムのバスが運休にならなかったら、島田駅までたどり着けなかったかもしれず、結果的には良かったかもしれない。

翌日は18切符を利用して愛知県に向かい、まずは桶狭間古戦場公園を訪れる。桶狭間の戦いについては詳細が不明なこともあるが、かなりショボイ公園であった。以前に東海道53次を歩いた時に近くを通りながら夜遅かったために素通りしてしまったことがあるので、とにかく行くことができて気がすんだ。最寄りの大高ではせっかく名古屋に来たのだから、名古屋名物ということで、名古屋コーチンの焼き鳥丼を食べた。

その後に愛知県の鉄道でまだ乗っていない愛知環状鉄道に乗るために高蔵寺に向かう。ただ終点の岡崎までは乗らずに途中下車して長久手古戦場公園に立ち寄る。こちらは桶狭間とは異なり立派な公園で資料館まであった。ただ日中の暑さは厳しく、碑の前で当時に思いをはせる気にはならず、涼しい資料館に入り浸っていた。戦国時代の古戦場はあちこち行ったが、後行ってみたいのは滋賀県の賤ヶ岳くらいかな

環状鉄道を岡崎まで乗ると、後は東京までの退屈な各駅停車の旅である。東海道線はほとんどが通勤タイプの車両なので、六角さんみたいに呑み鉄の旅をするのは勇気がいるしなあ
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2018年8月19日 (日)

下山

山小屋の朝は早く、暗いうちからみな起き出している。今日も朝から風雨が激しいが、雨にも負けずに聖岳に向かう人もいるようだ。私は畑薙ダムまで下りるだけだからとのんびりと構えている。予定ではレースの上位選手は午前中に最終関門である茶臼小屋を通過とのことだったので、通過を見送ってから下山するつもりだったが、悪天等で行程が遅れていて、到着は深夜になりそうとのことなので、残念ながら選手には会えずに下山することとした。

畑薙ダムからのバスは昨日確認したところでは満席だったが、この天気ならキャンセルも出るだろうと思ったし、仮にバスに乗れなくても井川まで歩けば、大井川鉄道の最終には間に合うだろうと考えてのんびりと下っていった。ところが、ラーメンに誘われて立ち寄った横窪小屋で井川からの大井川鉄道は不通になっていることを知り、おまけに小屋の人から今からだとバスに間に合うためには急がなければならないと言われて俄然スピードを上げて下りだした。

ひたすら高度を下げていったが、吊り橋手前のヤレヤレ峠までの登りには顎が上がってしまった。畑薙ダムには発車10分前には着いたが、私より早く着いたキャンセル待ちの団体がいたので心配になったが、ぎりぎりで空席があったのはラッキーだった。いろいろとトラブル続きだったが、終わりよければすべて良しである。

2018081913060500 茶臼小屋 2018081913060501 小屋前にレーススタッフが設営したテント

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茶臼小屋

昨夜は夕立を避けるために所構わずテントを張ってしまったので登山道を塞ぐ形となってしまったこともあり、できるだけ早くテントを撤収すべく2時に起床して出発準備を始めたが3時過ぎに、もう下から登ってきて脇を通過する登山者がいるのには驚いた。結局、4時半出発となってしまったが、歩き出して間もなく下から猛烈な勢いで登ってくる登山者に追い抜かれる。2本のストックへの荷重を推進力にグイグイ登っていくスピードは昔の自分でもかなわなかっただろう。昨日と比べればまずまずのペースで登っているはずなのだが、その後も何人かに追い抜かれてしまったのは、易老岳への急な尾根を登ってくるような人は足に自信があるからなのだろうと思った。

昨日までの雨は夕立で午前中は天気はもっていたのだが、今日は9時頃から激しい雨が降り出す。樹林帯なので、雨はさほど気にはならずに少しづつ高度を上げて昼間には主稜線上の易老岳に達する。光岳へピストンする何人かの登山者に出会うが、光岳には以前に行ったことがあるので、まだ歩いてない茶臼小屋への道を進む。

標識には茶臼岳まで2時間10分と書いてあったので、気が緩んでのんびり歩いていたら、思ったよりも時間がかかることがわかり、主稜線から離れている仁田岳への往復はあきらめ、仁田池の脇も素通りして最後の登りを頑張れば茶臼岳の山頂に達する。山頂付近は森林限界を越えた露岩帯なので、昨日までのような雷の時は恐ろしいが、今日は風雨だけなので助かった。

山頂から小屋までは20分ほどで下りられる。最初は小屋の近くにテントを張るつもりだったが、この小屋は2年に1回開かれる日本最大の山岳レースであるトランスジャパンの最終関門となっていて、スタッフとして入っている知り合いが小屋どまりだということを知り、私も小屋泊まりとすることにした。上位選手の通過は明日以降ということで、スタッフもまだのんびりとしており、久しぶりに酒を酌み交わしながらくつろぐことができた。

2018081913060602 易老岳山頂 2018081913060601 仁田池 2018081913060600 茶臼岳山頂

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2018年8月18日 (土)

易老渡

今日の予定は易老渡までの25キロを自転車で行き、そこから最終目的地の茶臼小屋に向けて出来るだけ近くまで行くことだが、秋葉街道を離れて易老渡への道に入るといきなりの急坂が続き、昨日一昨日と重荷での急坂に負けて自転車をデポしてしまった記憶が蘇る。しかし、易老渡はまだ20キロ以上先で、こんな所でデポしてしまうわけにはいかない。そこで少し漕いではしばらく休みの繰り返しで前進をしていく。途中で地元のサイクラーに追い抜かれるが、もし同じ道を戻ってくるのだとしたならまだこれしか進んでないのかと呆れられるのかと心配したが、別の道経由で周遊できるようで彼とは会わずにすんで助かった。

やがて道は下りに変わって助かったと思ったが、どんどん急傾斜で下っていくので心配になってきた。疲労しているだろう帰りに果してこんな坂を登りきれるだろうかという心配からである。そんな心配をしてもしょうがないので今は前進あるのみと進んで行くと、ゲートがあって、車で来た人はここで駐車して易老渡までの約五キロは歩いて行くようである。自転車での進入については特に制限がないようなのでそのまま前進するが、舗装路から砂利道に変わってしまったので、自転車でのアドバンテージはあまり感じなかった。

易老渡に着くと橋を渡って尾根道に取り付くことになるが、水を補給するために易老沢まで少し戻る。この沢は30年以上前に光岳に登るために遡行した沢で懐かしかった。しばらく休憩してから尾根道に戻って登り出すが、新品のザックでパッキングがまずかったのかとても背負いづらく重く感じてペースが上がらない。パッキングをやり直して多少は背負い安くなりペースも出始めた頃にパラパラと雨が降りだす。しばらくはそのまま歩いていたが、やがて本降りとなり雷鳴も始まったので、これはたまらじとその場にテントを張る。登り出してまだ200メートル程度の高さと物足りないが、明日の頑張りに期待したい。
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易老沢出合

 

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2018年8月14日 (火)

池口岳

南アルプスの深南部にある池口岳に登ってきました。丸1日の行動となって疲れてしまったのて、詳細は後日書きます。
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<記事の続き>
登山口の標高は千メートルほどだが、秋葉街道の標高は400メートルくらいだから、車を利用しないと2千メートル近い標高差を往復することになり、さらに1700~1900メートルにかけては小刻みなアップダウンが連続する長大な尾根となるためかなりたいへんな山だといえる。そのため200名山にもかかわらず登る人は稀で、お盆という時期にもかかわらず出会った登山者は一人だけだった。

秋葉街道から登山口までの道に入ると急坂が続き、すぐに漕ぐのをあきらめて自転車と不要な物はデポして身軽になって登り出す。といっても急な林道を標高差600メートルも登るので、2時間以上かかってしまう。登山道になってからも1700メートルくらいまでは急登が続く。途中から雷雨になったが、山頂まで樹林帯が続くので被雷の危険は感じることはなかった。

頂上には夕方に着いてすぐに下降に移るが、下りの後半はライトをつけての行動になる。自転車のところまで下りたときにはかなり疲労していたが、テントを張れる場所を求めて秋葉街道をしばらく進んだところ、道路脇の少し離れた所に空き地を見つけたので、テントを張って食事もせずに寝てしまった。

 

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2018年8月12日 (日)

茶臼山

宿の朝食を食べてゆっくりしてから愛知県の最高峰である茶臼山に向けて自転車に乗って出発する。登山口まで25キロなので楽勝だと思ったのがだ大失敗であった。テント寝袋に加えて5日分の食料を荷台にくくりつけたのだが、急坂の連続で重荷にあえいで、一キロほど進んだ所でギブアップしてしまった。そこで、自転車をその場にデポルティーボして最小限の荷物だけ持ってトレランスで往復することにした(本来は不要な荷物は宿にデポすべきだったのだが)

マラソンのトレーニングになると思ったのだが、700メートルの登りに難渋し、国道まで降りてきた時に、これでは時間的に今日中に登頂して戻ってくるのは不可能であることがはっきりした。そこで、予定していたコースとは別に頂上直下まで車で行けるコースもあることに気づいてタクシーを呼ぶことにした。

まもなくタクシーは来て茶臼山を目指す。さすがに車は速く、30分位で頂上直下に着いた。タクシーを待たして30分ほどで頂上を往復してから宿まで一時間位で戻れた。予定外の出費となってしまったが、早々これる場所ではないのでやむを得ない。

自転車を回収してから宿の食堂で早めの夕食をとってから翌日登る池口岳の登山口付近まで自転車で移動してテントを張って翌日に備えた。
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2018年8月 6日 (月)

尾道

尾道は以前にしまなみ街道を渡って四国を自転車で廻る際に立ち寄ったことがあるが、その日は昼過ぎに尾道に着き、その日中に今治まで行かなければならず時間がなかったので、自転車でまわれる所を行ったのみであった。尾道を代表する観光地である千光寺は小高い所にあって時間がかかりそうで断念したので、朝イチで行ってくることにした。

 

千光寺に行く途中にも古寺がいくつかあって巡礼道になっているので楽しい所である。千光寺のすぐ上は展望台のある公園で、尾道の街並みと瀬戸内海に浮かぶ島々が一望できる絶景が楽しめる。尾道の街に戻ると、舟着場近くでレンタサイクルを借りる。尾道はしまなみ海道をサイクリングする人のためにレンタサイクルに力を入れているようだが、しまなみ海道はすでに行ったことがあるので、今日は尾道周辺をサイクリングするだけである。一通り行きたい所には行っても時間が余ったので、前回はしまなみ海道の最初の島である対岸の向島はフェリーを利用して橋を渡ってないので(ほとんどの人はそうしているようだが)、チャレンジしてみることにした。橋へ取り付く道路に看板があって、「自転車は橋を渡らずにフェリーを利用してください」と書いてあって気勢を削がれるが、自転車でも渡れると聞いていたので無視して橋を目指して登って行く。橋まで来てわかったことだが、尾道大橋は2本あって、新しい方は自動車専用道だが、古い方は一般道で自転車も通行可能となっているようだ。ただし、他のしまなみ海道の橋のように自動車道と分離された道があるわけないので、通行には神経を使うのは事実で、先ほどの看板が立てられていたこともやむをえないのかもしれない。対岸に渡ってからはフェリー乗り場に降りて尾道に戻り、自転車を返却して尾道観光を終える。

 

尾道名物と言えば尾道ラーメンは外せないということで昨晩に続き生ビールとラーメンが定番となってしまった。尾道ラーメンは魚でだしを取ったしょう油味で麺は細麺であるが、一番の特徴は脂身がたくさん浮かんでいることである。私は特に気にならないが、人それぞれだろう。食後は三原に移動してからネットカフェに入って数時間の休養をするが、これについては説明が必要だろう。

 

ボランティアの後は広島の原爆式典に出席してから帰る予定を立てたのだが、前回もそうだったのだが、広島市内のホテルは1年前に押さえられてしまっていて、近隣のホテルに宿泊して早朝の電車で移動するしかない(前回もそうしたのだが)。ところが、今回の豪雨で近隣と市内を結ぶ連絡手段が失われてしまったのてある、新幹線を使えばいけないことはないが、新幹線の始発は遅いので会場に着くのが式典開始間際となってしまい、座れないだけでなく、後ろのほうに立たざるをえなくなる可能性が高いのである。
以上の問題を解決する方法として、広島から最も近くで在来線が動いている三原駅から夜を徹して走ればマラソンのトレーニングセンターにもなり一石二鳥となると考えた。

 

三原からは広島までは約70キロあるが、自分の走力、式典の開始時間、日中のランニングはきょくりょく避けるという諸要素からスタート時間を決めたのだが、思ったよりも時間がかかってしまい、約40キロ走った東広島でリタイアする羽目となってしまった。時間的にはまだ前進は可能なのだが、在来線が動いていない状態で中途半端に前進すると最悪の字体に陥るので、東広島から始発の新幹線に乗ることにした。東広島では始発の新幹線まで随分と時間が余ったので、このブログを書いて時間潰しをすることにした。

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2018年8月 4日 (土)

ボランティア最終日

最終日のボランティアは他には適当な所が見当たらないので、三度目とはなるが最も無難な真備町に行くことにした。前日は炎天下の屋外作業でややグロッキー気味だったので、本日の作業内容がどうなるかが気がかりだったが、泥水に漬かった食器を洗うという軽作業だったので楽ではあったが、やや物足りない気もした。食器洗いなどは久しくやってなかったが、これで食器洗いの達人になれるかな?

これで5日間の倉敷滞在を終えて尾道を経て原爆式典のある広島に向かうことになった。

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2018年8月 3日 (金)

ボランティア3日目

休養明けの本日は再び真備町でのボランティアに向かう。本日のグループの他の四人は中高生の兄弟とその両親であった。ボランティアに参加するようになって以来、家族連れと一緒になるのは初めてであるが、家族をそういった方向に仕向けられるのは実にうらやましいことである。秘訣を聞いておけばよかったが、我が家ではもはや手遅れかな。

今日の作業は午前中は濡れて廃棄する畳や建具の歩道への運び出し、午後は側溝の泥の掻き出しで、いずれも炎天下での作業であったが、噴き出す汗も辛いのは最初だけで、慣れてしまうと不感症になってしまうのは、ある意味で恐ろしいことである。

作業後に倉敷に戻ったが、倉敷の街は隅々まで歩いたということで、倉敷よりも南に位置する水島にある温泉付のホテルに宿を取ったところ、ホテル内にも周辺にも食事を取れるところがないのには参ってしまった。おかげでホテルの自販機で買った鳥のからあげとビールが夕食代わりとなった

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2018年8月 2日 (木)

倉敷の休日

ボランティア活動も長期戦となるので、今日は安息日とすることにした。まずは駅前でレンタサイクルを借りて近場を軽く走るつもりだった。ところが往復5十キロ程度を休みやすみ行ったにもかかわらず、炎天下での行動は思ったよりもダメージが大きく、ボランティア活動よりもハードでとんだ安息日となってしまった。

倉敷に戻ってきた時にはとにかく生ビールが飲みたくて飲食店を物色しながら歩いていたら、地ビールの文字を見つけてお店に飛び込むと青い色をした不思議なビールを出してくれた。味の方はと言うと・・・、夢中で飲んだので良くわからなかった(笑)。一息ついたので、今日の目玉である大原美術館での絵画鑑賞となる。もっとも口うるさい人からは猛暑を逃れて涼みに行ったのではと言われそうだが。まあ当たらずと言えども遠からずではあるが、そんな絵画に疎い自分でも知っている絵がそこそこあったのだから、相当レベルの高い美術館なのだろう。

美術館を辞して川沿いに美観地区を散策してから、昨日の地元のボランティアから教えてもらったお薦めのトンカツ屋に行った。なかなかの人気店らしく、開店直後の時間に行ったのに、すぐに満席になってしまった。トンカツも柔らかく、トンカツにかかっている特製ソースも絶品であった。

本日の後半はそこそこ観光もできたので、一応は安息日を過ごしたことにはしておこう。

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2018年8月 1日 (水)

ボランティア2日目

昨日と同じく今日も真備町に行くつもりで朝テレビを見ていたら、ボランティア格差という番組をやっていて、今回の水害で大きな被害を受けて全国的に名前が知れわたった真備町にはボランティアが殺到しているが、それより少し上流の矢掛町ではボランティアが集まらず復旧が遅れているとのことだったので、急遽予定を変更して矢掛町に出かけることにした。だが調べてみると交通の勉が悪く、時間的に受付時間までに間に合うかどうか微妙だったので、慌てて出発する。

途中で代行バスに乗り換えたりして手間取ったが、なんとか受付時間に間に合ってボランティアセンターに着くと、20人弱のボランティアが既に待機していた。昨日の真備町では千人近くが来ていたからエライ違いである。その代わり、昨日は手続きに時間がかかり、実際に作業に入れたのは11時過ぎだったが、今日は10時前には作業に取りかかれた。

今日の作業は水に浸かって浮き上がった壁のはがし作業である。今日も屋内作業中心で助かった。その代わり3時近くまで作業したので、実働時間は昨日の倍近くになった。

作業後は同じ経路を戻れば早かったが、せっかく来たのだからと井原鉄道を終点まで乗り、福山経由で倉敷に戻った。福山は三江線廃線前の記念乗車の時にも立ち寄ったが、その時は時間がなくて寄れなかった福山城も見学してちょっぴり観光気分も味わさせてもらった。
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