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2018年11月

2018年11月26日 (月)

東海自然歩道と富士山マラソン

東海自然歩道と富士山マラソン
ランニング仲間7人で富士山マラソンに参加することになったが、前夜泊が必要になることから、前日は東海自然歩道の山梨県内で歩き残した浅間神社から山中湖近くの花の都公園までの約十キロを歩いてから皆に合流して夕食を共にすることにした。

最初は河口湖駅から浅間神社までは富士登山競争の際に何度も走っていて急坂という印象があったので、明日のレースへの影響も考えてバスに乗るつもりだったが、時間は十分にあったため、ゆっくり歩いていくことにした。ただ実際に歩いて見ると、思っていたほどの傾斜はなく、ランニングとウォーキングの時の傾斜の感じかたの違いがあることに気づいた。

富士登山競争の時の思い出にふけりながら坂を上がっていると、御師の家があって見学できるようになっているのに気付いた。御師とは江戸時代から明治時代にかけて各地からやってくる冨士講一行を先達して山頂まで案内するガイド兼宿泊所の主人のことである。狭い土地にたくさんの御師がいたため、間口が狭く奥行きの長い造りになっているとのことである。入場料百円を払うとガイドの人が各部屋を案内しながら30分ほどゆっくり説明してくれる。いつもだったら慌ただしい日程のため詳しい説明は遠慮を願うところだが、今日は時間にゆとりがあるためゆっくりと説明を聞く。

御師のある一帯は以前は火山灰の積もった荒地で居住には適していなかったため、山中湖から流れ出る桂川から用水を引いて居住を可能としたそうだが、東海自然歩道はその用水に沿って延びているので富士山を眺めて浅間神社に着いてから用水路沿いの道を進んでいく。途中で忍野八海に寄り道をする。子供が小さかった時に家族旅行をして以来であるが、当時と違って観光客は中国人ばかりになってしまい、池には投げ込まれた多数のコインが沈んでいた。

自然歩道に戻ってしばらく進むと前回の終着点の花の都公園に着いた。前回は暗くなりかけていたから誰もいなかったのかと思ったら、今回はまだ明るいのに誰もいない。考えてみれば花も咲いていないこの時期はシーズンオフなのだろう。そこから今晩の食事を皆と一緒にする居酒屋までは1キロほどの距離なのだが、気を抜いて歩いてきたのがいけなかったのか、足に少しだが痛みを感じるようになってしまい、明日のレースに影響がでなければよいが

夕食後は山中湖畔のホテルに移動して、しばらく
歓談してから翌日のレースに備えて眠りに着く。

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翌朝も好天でホテルからは朝焼けの富士山が見事だ。簡単な朝食を、済ませてレース会場に向かう。そもそも今回のレースに参加する気になったのは、富士山マラソンの前身である河口湖マラソンは自分にとっては記念すべき初サブ4(フルマラソンを4時間以内で完走すること)達成の大会であり、その後足掛け8年間サブ4を連続していた自分にとっては輝かしい時代の始まりを告げる大会であり、当時は河口湖を2周するレースだったのが、河口湖と西湖の両方を周遊するレースに変わって、どのように変わったのかも知りたいということもあった。それとともに富士山登山競争や海外登山のための高所順応トレーニング、さらには冬富士登山でも親しんできた富士山がレース中に何度も見られるというのも魅力であった。

今回は最終グループからのスタートとなるので、第一関門の突破が大きな課題となる。スタート地点までの時間が15分かかるとすると、キロ6分で行かないと第一関門突破は難しいと覚悟していたが、10分以内でスタートできたのでペースダウンしても大丈夫だろうと油断してしまい、第一関門は制限時間3分前に辛うじて突破する。第二関門までは比較的フラットで関門時間もさほど厳しくないといりう記憶があったので、のんびりと構えてしまったが、関門直前の19キロ付近で足が痙攣してしまい、しばらく立ち止まってからゆっくりと歩き、その後にランニングに切り替えたため、第二関門突破も制限時間7分という際どいものであった。それからは西湖までの急登はほとんどのランナーは歩いており、自分も足の痙攣が再発しそうだったので、無理をせずペースダウンして走り続ける。

西湖を一周してさきほどの急登が急下降となるところでスピードアップしたのが響いたのか、31キロ地点でまたもや足が痙攣して完走に赤信号が灯った。そのため直後の関門は制限時間5分前の通過となったが、その後は痙攣も起きずにスピードアップできてなんとか時間内完走ができた。

以前のことを考えると情けなくなるタイムである。年を考えるとフルマラソンを完走するだけでも大したものだという見方もあるかもしれないが、自分としてはやはり情けないという気持ちの方が強い。果して復活できる可能性はあるのだろうか?


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2018年11月18日 (日)

城峯山と秩父御岳山

城峯山と秩父御岳山 城峯山と秩父御岳山 城峯山と秩父御岳山 奥秩父と奥武蔵に挟まれた秩父方面にはさして高い山はないが、その中にあって城峯山と秩父御岳山は前から気になっていた山であった。ただ、いずれも千メートルそこそこの低山で独立の山として登りに行くのはもったいない気がするし、繋げて登るには離れ過ぎているので、登らずじまいにきてしまった次第である。ところが城峯山の登山口までは本数はすくないながら町営バスで行けることがわかり、これと秩父鉄道とトレランを組み合わせれば日帰りできる可能性もでてきた。ただ問題となるのは、始発のバスで登山口まで行き城峯山を往復して次のバスに乗ろうと1時間55分しか時間がないことである。コースタイムは3時間20分となっているので、コースタイムの半分以下が普通だったトレランレースに出ていた頃ならば問題のないコースだったが、脚力の衰えた今の自分にとってはかなりのハードルである。仮に乗り遅れたとなると次のバスまでは3時間近く待たなければならないので、駅までの10キロ近くは走った方が早く着くことになるが、その場合でも日帰りはできそうである。

 

登山口ではかなりの人が下山したが、最初からトレランモードでスタートしたため、後続者はたちまち見えなくなる。出だしから急登が続くのでランはあきらめ早歩きとなるが、傾斜が緩くなってくると駆け足に切り替え変えて時間を稼ぐ。途中で道が交錯するところに犬がいたので吠えられたら嫌だなと思ったが、飼主のハンターを先導しているのか別の道を進んでいったので安心した。稜線上に出ると頂上までは小さいアップダウンが続き、巻き道もついているが、頂上も巻いてしまうのかと思って忠実に尾根を通ったが、巻き道も最後は頂上に繋がっていたので、無駄なアルバイトをしてしまった。頂上には階段のついた展望台もあったが、ガスっていて展望も得られないので写真だけ撮って来た道を戻る。
頂上までは1時間5分かかってしまったので、予定のバスに乗るためには45分でくだらなければならないので全速力で下る。お蔭で発車時間の3分前にはバス停に着いたが、バスは数分遅れてやって来たので、結果論ではあるがそれほど焦らずともよかったわけだ。

 

皆野から三峰口までは秩父鉄道で移動し、そこからは秩父御岳山を目指して尾根を登る。 城峯山とは山頂の標高はほぼ同じであるが、登山口の標高が150メートルくらい低いので、それだけ長い登りとなる。相変わらずガスっていて展望はないが、紅葉の眺めで気を紛らわして高度を稼ぐ。城峯山と違ってそれほど時間に追われているわけではないのだが、体がトレランモードに慣れてしまったのか自然と早歩きとなってしまう。

 

まもなくたどり着いた狭い頂上には登山者が1人いるが、私と入れ替わるように彼は下山していく。私も写真撮影をしてから下山に移るが、先行者はてっきり中津川方面に降りるのだと思ってたら、私と同じ三峰口駅に向かう尾根を降りていくのが見える。ただ頂上直下は滑りやすい急斜面のためスピードが出せないので差が縮まらない。やがて少し傾斜が落ちたあたりで一気にペースアップして抜き去り、そのまま三峰口駅までかけ降りた。コースタイム4時間50分の所を3時間半で往復できたので、今の自分としてはまずまずのペースであった。予定していた西武線乗り入れの最終急行の出発までは30分近くあったので、駅前の食堂で味噌おでんをつまみにビールで喉を潤した。汗をかいて体が冷えてきたので店内のストーブの温かさが嬉しかった。

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2018年11月 6日 (火)

東海自然歩道 毛無山

今週もまた東海自然歩道の続きである。今回はコース取りがちょっと悩ましい。というのはコース間近に200名山の毛無山と山梨100名山の竜ヶ岳があって、その登山も併せて行う一石二鳥を狙っているからである。
最初は自然歩道の途中からそれらの山を往復するつもりだったが、同一稜線上にある山なので縦走してしまいたいという気持ちが強くなった。ただ縦走と自然歩道を1日でやるのは時間的に難しいので苦肉の策として考えたプランは次のようなものである。
夜間に自然歩道の前半部分を本栖湖まで歩いてから竜ヶ岳の登山口で仮眠し、毛無山までの縦走を行い、その後に自然歩道まで降りて本栖湖まで戻るというものである。

河口湖から西湖までの自然歩道はいくつもの道が派生しているようなので適当に歩く。西湖から本栖湖までも自然歩道は所々で国道を外れて脇道にそれるようだが、夜だったので国道をそのまま歩く。
一夜明けて、竜ヶ岳への登りが始まる。登り始めは調子がでないのでスローペースで歩いていたら、下からハイペースで登ってくる人がいたので道を譲ったら、その直後にランニング姿の二人連れが駆け足で登ってくるのでビックリ。麓を振り返って見下ろしたら本格的な400メートルトラックが見えたので、おそらく陸上競技選手の合宿所になっていて、さきほどのランナーは朝のトレーニングとして登りにきたのだろう。どうりで早いわけだ。自分も調子が上がってきたので、だんだんペースが上がって最初に抜かれた登山者は追い抜けたが、ランナーには会うことなく頂上に着いたので峠を回って下りたのだろう。

竜ヶ岳は富士山を眺める絶好の展望台なのだろうが、今日は厚い雲の下で何も見えない。ただこれから登る雨乞岳は目の前にどっしりと鎮座しているのが見える。実に大きな山だが、そこに達するまでには一度大きく峠まで下り、そこからかなりの登りとなるのでなかなかしんどそうだ。しばらくして追い抜いた登山者と後続者も登頂してきたが、彼らは同じ道を登るようなので、雨乞岳に向かうのは私一人のようだ。山頂を辞すと一気に200メートルの下りで峠に降り立ち、そこから500メートルの急登で雨乞岳の山頂に達する。

雨乞岳は誰もいないしずかな山頂だったが、全く展望が得られず名前のせいではないだろうが雨まで振りだした。ここから毛無山までは地図で見るとかなりの距離があって、相当時間がかかることを覚悟したが、あまり激しいアップダウンはないようなのが救いである。予想通りなだらかな道が続いているので行程もはかどり、反対側から来た人に聞いても山頂までは大した登りはないということで、安心して進むとほどなく山頂に着いた。ところが、200名山にしては随分とちゃちな標識しかなくて妙だなと思ってGPS地図で確認すると、現在地にも毛無山の表示はあるが、もう少し先にも20メートルほど低いが毛無山の表示があり、朝霧高原に降りる道はその先で分岐しているようなので前進してみる。するとこちらの方は立派な標識があり200名山らしかったが、当初の予定のように下から往復したら最高点には行かずじまいになっていただろう。朝霧高原までは標高差が1000メートル以上あり急下降が連続する。半分ほど降りたあたりで下から登ってくる人がいるので、今から登頂したのでは最終バスには間に合うはずはなくマイカーで来たのかと思ったら、林道まで降り立つとロードバイクが置いてあったので納得する。

時間的にはまだ最終バスには間に合うが、本栖湖発の最終バスは2時間ほど後なので、朝霧高原には降りずに東海自然歩道を本栖湖目指して山裾伝いに進んでいく。ただ自然歩道は途中からかなり山の方に向かっていて、本栖湖の最終バスに間に合わなくなってしまうので、1時間ほど歩いてから国道に出て最後の1時間は自然歩道をショートカットする形で本栖湖まで戻ることとなった。2018110609435300


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