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2019年7月

2019年7月30日 (火)

早川尾根縦走に向かったが

南アルプスの甲斐駒ヶ岳と鳳凰三山を結ぶ早川尾根は日本アルプスの一般的な縦走路の中で唯一トレースしていないコースであった。大学2年の時に鳳凰三山を縦走したのが、日本アルプスの初縦走だったので、ちょうど50年の記念すべき年に縦走を完成したいと思ったが、ただ未踏部分だけをトレースするのではつまらないと、鳳凰三山の地蔵岳から甲斐駒ヶ岳までの20時間以上を要するロングコースを夜間登山も交えて丸1日で登ってしまおうという大胆な計画である。こコ沢経由で行く。最初はトレランモードだったが傾斜がきつくなってくると歩きになってしまう。それでも先行する登山者をごぼう抜きして、鳳凰小屋にはコースタイムを一時間あまり短縮して3時前に着く。小屋の人が「お疲れ様」と声をかけてくれるが、それには答えずに小屋の裏手に回り込む。と言うのは、こんな時間に上を目指して登り続ける人はまずいないので、小屋に泊まらないことがわかると何か言われかねないと思ったからである。

 

小屋から上は誰にも会わずに、地蔵岳のオベリスク(尖塔)を目指して歩きにくい砂地を黙々と登って行く。一時間ほどでオベリスクの前に広がる賽の河原と呼ばれる地蔵がたくさん並べられている所に着く。50年前に来たときは白砂青松とでも呼べるような景観に感激したものだが、今日は天候のせいか素晴らしさは今一つであった。

 

ここから先は早川尾根に入るが、風雨が次第に激しくなる。高嶺を越えて白鳳峠に下るが、ここまでは50年前に来ており、ここから先が未踏となる。風雨の中を前進する厳しさに備えるために、素肌には乾いているセーターを身に付け、その上には濡れているスポーツシャツ、乾いているウインドブレイカー、そして濡れている雨具の順に着て完璧な準備をしたつもりであった。ところが、その直後に土砂降りの雨が降り、一番下のセーターまで濡れてきた。そして次の広河原峠に向かうために、森林限界を越えた稜線に出ると強風が濡れた体を急激に冷やして低体温症による遭難の危険が頭をよぎるようになる。甲斐駒方面に向かうと、森林限界を越えた稜線歩きが多くなるし、エスケープルートが無くて戻るしかなくなる。ここで意を決して早川尾根縦走を断念して、次の広河原峠から広河原に下山することになり、早川尾根は白鳳峠から広河原峠まで一時間の歩き程度の距離を前進させるだけに終わった。

 

広河原に降り立つと上空は満点の星空となっていたが、これは下界に降りたためで稜線は相変わらず天気が悪いに違いないとその時は思っていた。その晩はタクシー乗り場のベンチでごろ寝したが、寒さでよく眠れなかった。翌日は雲ひとつない晴天で、帰りのバスからは白峰三山もくっきりと見られた。昨夜は早川尾根小屋まで足を延ばして待機すれば今日は予定どおり縦走できたかもしれない。ただそれは結果論であり、昨夜の撤退の判断は正しかったと思っている。

 

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北丹沢耐久レース

丹沢耐久レースの記録をアップし忘れていたので遅ればせながらアップします。

7月7日

日本三大トレランレースの一つと言われる北丹沢12時間耐久レースに参加してきた。三大レースのうち、他の日本山岳耐久レース(ハセツネ)と富士登山競争には元気な頃には何度も完走しているのだが(因みに富士山では2勝2敗で制限時間内完走ができなかった年もあるが)、北丹沢は走ったことはなかった。これは、富士登山競争を本命視していたので、北丹レースの時期は富士山のコース試走にあてていたということもあるが、コース取りがハセツネのように尾根通しに行くのではなく、無理矢理コースを作って高低差だけを稼いだもので、山屋の感覚すると魅力的なコースではないということも出場しなかった理由ではある。ただ来年の70歳で七千メートル峰登頂のための坂道トレーニングとして、十数年ぶりにトレランレース復活を考えた場合に、三大レースのうち予選会等なしにエントリーできるのが北丹だけだというのが最大の参加理由である(もっとも富士登山競争は今の体力ではとても無理ではあるが)。今大会のトレーニングとして、高尾~陣馬往復を2回やったが、トレランレースに出場していた頃のタイムの1.5倍もかかってしまい、ロードと同様にトレランでも体力が落ちているのを痛感したが、45キロを12時間以内なのだから平均時速は3.5キロということになり、これなら比較的楽なペースだと甘く考えていた。ところが、コースの約3分の2にある第二関門の制限時間が高尾~陣馬往復の練習時のタイムだとギリギリであることがわかり俄然焦り始めた。本番では渋滞もあることを考えると、練習時よりも少しペースアップするくらいで走らないと関門を突破できないと考えて気を引き締めることにした。

藤野駅からスタート地点までのシャトルバスは当日朝も用意されているので、始発で行ってもギリギリ間に合うのだが、それではあまりに忙しないので、前日早めに行って近くのキャンプ場にテントを張ることにした。会場に着いて受付をしていると、衝撃的な報せが入ってきた。先日の大雨で第一関門と第二関門の間の当初予定のコースが通行不能となり、両関門を通っている林道経由のコースに変更となったので、第二関門は設置されず、コース全体の制限時間も10時間半に短縮されることになったということである。その結果、コース全体の距離も30キロ強に短縮されることになったので、距離だけでみれば高尾~陣馬往復と大差ないことになり、一挙にハードルが下がってしまった。頭を切り替えて作戦を立て直して、目標を9時間内の完走とすることにした。そうは言っても、第一関門への制限時間内到達がそれほど簡単でないことには変わりはないのだが・・・

天気予報では曇りだったが、夜中じゅう雨が降り続いた。朝になっても雨は止まず、今日は雨中行軍を覚悟する。渋滞を避けるため、2グループに分けられ30分の時間差でスタートする。60歳以上は当然、後発の7時スタートする。終日雨が降り続くことが予想されたため上下雨具にスパッツ着装の重装備で臨んだが、皆はもっと軽装で特に先発グループの前列はランシャツ・ランパンである、山の上で低体温症にならないか他人事ながら心配である、最初から舗装路の急登である。先発グループを見送ってから後発の我々のスタートである。最近は足の調子が悪くて関節が暖まるまではゆっくり走っているものだから、たちまち追い越されて最後尾になる。まあ山道に入れば抜けるだろうとマイペースで行く。しばらく進むと上からランナーがどんどん降りてくる。折り返しはなかったはずだがと思っていると、「先頭が道を間違えた!」と教えられて慌てて引き返す。正しい道に戻った時には15分のロスがあり、第一関門突破に黄色信号が灯った。やがて山道に入ったが、大渋滞が待ち受けていた。道がぬかるんでいて滑りやすいため、まともに登れないのだ。やがて下りになると、登りほどの渋滞はなかったが、慎重に降りないとスリップするため、スピードがだせないのだ。初っ端のアクシデント続きで第一関門突破は絶望的になったが、まあ頑張れるだけ頑張ることにした。

山道が終わると小刻みのアップダウンが続く林道が10キロほど続く。後続のランナーは山道での遅れを取り戻そうとキロ4、5分のスピードで次々に追い抜いていく。自分と言えば、初っ端の登高と下降で体力を消耗したのか、キロ6、7分、登りでは10分以上かかってしまう。まあ、この程度のスピードでも、山道が普通の状態ならば第一関門はクリアできたはずなのだが

林道のランが終わり、鐘撞山~県境尾根への登り口に着いた時は、このまま登っても第一関門の制限時間を突破できないことは明らかであった。そのため、リタイアしてしまうランナーもいたが、標高差800メートルの急登は格好のトレーニングになると考えて登ることにした。速いランナーは通り過ぎてしまっているので渋滞はなかったが、道のぬかるみはますますひどくなり、田んぼの中を歩いているようで、レースというよりも泥んこ遊びをしているようであった。下りもぬかるみがひどくてとても歩けたものではなかったので、登山道の横の踏みあとのない斜面を降りて行ったが、気を付けないと登山道を見失ってしまうので、これまた神経を使わされる。長年山登りをしているが、こんなぬかるみ道は初めてだった。第一関門に着いたのは、中止となった第二関門の当初の制限時間も越えてしまったが、泥んこ遊びをしてきたのだからしょうがないか

今回は思い返すと予期しない事態の連続だった。一番は悪天によるコース変更だが、それだけではなかった。まずは前夜から張っていたテントはレース会場の対岸にあって、いわゆる沈下橋(欄干がなく増水時には水面下に沈む)で結ばれているが、夜間中降り続いた雨のため朝から上流ダムが放流したというアナウンスは流し続けていたものの、さほど深刻には考えずに、テントを撤収してレース会場に預けることはせずに、夕方には多分小降りになるだろうからテントは張ったままレースに出ることを選択してしまった(大雨の中の撤収は大変という理由で)。ところが、レースが終わってテントの撤収に戻ろうとすると、なんと沈下橋は増水のため立ち入り禁止となっているではないか。大会スタッフに聞くと、藤野駅までの送迎バスに乗って途中で降りればキャンプ場には行くことができるとのことであった。まあ何とかテントの撤収はできたが、そこからレース会場まで戻っても藤野駅までの送迎バスの最終に乗れる可能性は低いが、藤野駅までは歩いても10キロちょっとだから、歩いていくしかないと覚悟を決めて歩き出すと、しばらくして送迎バスに追い抜かれたが多分最終バスだったのだろう。だが、トラブルはそれだけでは終わらなかった。というのは、行きに通った道でもあり北に向かえば藤野駅にはたどり着けるだろうと安易に考えていたのだが、スマホ用にモバイルバッテリーは持参したものの、充電用ケーブルを忘れるという痛恨のミスをしてしまったため、スマホのバッテリー残量は10%を切っていたため、GPS地図もコンパスも起動せずに勘で進んでいたところ、知らない間に南東方向に進んでしまい、藤野駅までは15キロ以上もある地点まで来てしまっていて橋本まで行くのと大差ないことがGPS地図を起動してみてわかった。

コンビニを見つけて充電ケーブルを入手し、バッテリーで充電してスマホのネット情報を利用できるようになったので検討してみると、橋本までの途中にある三ケ木まで行けば最終の橋本行きバスに間に合いそうなことがわかった。そこでコンビニで買った弁当で腹ごしらえをしてから歩き出して、何とかその日中に帰宅することはできたが、当初予定よりもかなり遅い帰宅となってしまった。

十数年ぶりのトレランレースがとんでもないコンディションに遭遇してしまったが、これに懲りずに次のレース参加を検討している。11月の陣馬トレランである。距離は23.5キロだが獲得標高600メートルを制限時間四時間半というのは、今の自分にとってはかなり高いハードルである。年寄りの冷水だと笑われそうだが、ヒマラヤのトレーニングだと割りきって、結果は二の次でトライするつもりだ。

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