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2019年9月

2019年9月16日 (月)

早川尾根 2日目

今日は長丁場になりそうなので深夜に出発する。日付が変わる前から朝食の準備を始めていたら、隣のテントからウルサイと文句を言われる。山では早立ちが原則で、朝の準備は早くても文句を言われないはずだが、ちょっと極端すぎたかな。

 

今夜は中秋の名月で明るいため、北岳を始めとする南アルプス北部の山が雲海の上にくっきりと見られてきれいだった。ただ明るいとは言っても昼間ほどではないため、何回か道を見失ったこともあり、暗いうちに通過できると思った300名山のアサヨ峰は頂上近くまで登っている途中で東の空が明るくなってきた。朝に登っていると夜が明けてくるというところからアサヨという名前がついたらしいが、その通りになってしまった。早川尾根の最高峰であるアサヨ峰の頂上でご来光をしばらく待ったが、しばらく時間がかかりそうだったので、先に進んで稜線からご来光を眺めようと思ったら、稜線が西側に屈曲している部分を通過中に日の出はあったみたいで、ご来光を見逃してしまった。

 

しばらくアップダウンを繰り返していると栗沢山に着く。ここは数年前に飲料水のコマーシャルで宇多田ヒカルが撮影に来たそうである。彼女は北沢峠から直接登って来たのだろうが(ヘリコプターかな?)、今回は早川尾根の縦走路を踏破することが目的であるため、仙水峠までの急な道を下っていく。仙水峠は若い時に甲斐駒直下の摩利支天の壁を登るために来て以来である。当時は静まりかえっていた仙水峠も、今日は甲斐駒を目指す登山者で賑わっていた。

 

当初は甲斐駒を越えて黒戸尾根を下降することも考えていたが、行程が遅れ気味なのでピストン後に北沢峠に向かうことにしたため、不要な荷物は仙水峠にデポしていくことにした。荷物が軽くなったせいでペースは上がり、一時間ちょっとで駒津峰に着く。ここから甲斐駒までの道は以前に歩いたことがあるので、未踏の縦走路を歩くという目的からは引き返してもいいのだが、ここまで来て頂上に行かないのはもったいないので、頂上まで行ってみることにした。頂上まではほとんどがザレ場を通っていく道で滑りやすくて歩きにくい。以前通ったのは随分昔で記憶が定かでないが、こんな道は通らなかった記憶があるので帰ってから調べてみると、五万図では駒津峰から駒本峰までの道は稜線上を進むようになっているのに対して、GPS軌跡は稜線の下を巻くように高度を上げて頂上に達しているので、おそらく前回は稜線上を進んだのだろう。そう言えば帰りに稜線を見上げたら稜線上にも登山者が見られたので、稜線上の道自体は今もあるのだろう。

 

今日は早出したので、北沢峠16時の最終バスには余裕で間に合うだろうと思っていたが、頂上で時間を確認すると、あまり余裕がないことがわかり、写真をとってすぐに下山に移る。頑張って歩いたので、荷物を置いた仙水峠に戻ってきたのは、最終バスまで1時間半ちょっと前だったが、北沢峠まで1時間との表示が出ていたので、これなら何とか間に合うだろうと気が緩んだが、いざ北沢峠まで歩き出すと、仙水峠から背負った荷物の重さが応えたことと、大石がゴロゴロした歩きにくい道のためスピードダウンして、他の登山者にどんどん抜かれていく。これでは最終バスに間に合わないのでペースアップしたので、なんとか最終バスには間に合うことができた。ところが広河原で乗り継いだ甲府行きの最終バスは超満員で果たして乗り込めるかどうかわからず、ダメなら広河原にキャンプ場でテントを張るだけだと思ったものの、なんとか乗り込むことができた。その代わり、甲府までの二時間は立ちっぱなしとなることは覚悟していたのだが、私が立っていた前に座っていた人が、途中下車したので座ることができたのはラッキーだった。

 

今回の山行によって、北、中央を含めた日本アルプスの一般的な縦走路は全て踏破したことになる。初めて日本アルプスに登ったのは、大学二年生の夏に今回の早川尾根の隣の鳳凰三山を縦走した時なので、ちょうど50年で全縦走路の踏破を達成したことになる。もっとも20年間は全く山から離れていた時期があったし、その外、10年くらいは岩登りやバリエーション中心で、一般コースの縦走はほとんどやっていなかった時期があるので、実質的には20年間で達成したことになる。現在、300名山と言われるもののうち190座近くを登頂しているが、そのうちの三分の1弱が今回踏破した縦走路上に位置するものである。もっとも、北アルプスの鳥帽子岳のように一般縦走路は山頂の下を巻いて通過しているため、未踏のままになっている200名山もある。

 

まあ永年、山登りを続けていればできるというだけのものだが、致命的な事故もなく健康に登り続けられてきたことを感謝したい。

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甲斐駒頂上からの雲海に浮かぶ南アルプス北部の山(右の黒いシルエットが早川尾根)

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2019年9月15日 (日)

早川尾根 1日目

 

先月、悪天のため途中下山した早川尾根の縦走を広河原峠から再開することにした。昼前に広河原を出発した時には雲ひとつない快晴で白峰三山の展望が素晴らしかったが、次第に雲が出てきて全く展望がきかなくなった。峠からはそこそこ降りてくる人がいるか、単調な900メートルの標高差を登りに利用する人は希のようである。黙々と四時間ほどの登りを終えて見覚えのある広河原峠に着くと、早川尾根小屋はすぐである。三連休だけあって10張り近いテントが張られて賑わっていた。

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2019年9月 8日 (日)

泉ヶ岳~船形山縦走

宮城と山形の県境に位置する二百名山の船形山は数年前に朝日連峰を縦走した際に印象に残った山である。ただ、車でないとアプローチが悪いので、いっそのこと仙台市近郊の三百名山である泉ヶ岳と繋いで縦走してしまうことにした。記録を読むと泉ヶ岳から船形山を往復しているものもあったが、マイカー利用だからできる芸当で、泉ヶ岳の登山口までをバス利用とすると、最終が夕方なので間に合わない可能性が高く、その場合は最寄駅まで約20キロを歩かなければならなくなる。山道を往復40キロ歩いた後にさらに20キロ歩くなどということは、今の体力では不可能に近い。さて、どうしたものかと思ったが、船形山からさらに西に向かい山形県側に降りるコースは五キロほどと短いのを発見する。もっとも最寄駅までは交通手段がなく20キロ以上歩かなければならなくなるが、仙台市内から往復するよりもトータルで15キロほど短くなるので、こちらでトライすることにした。

 

夜行バスで早朝に仙台駅前に到着し、地下鉄とバスを乗り継いで登山口に着くが、仙台市内から手軽に登れる三百名山として人気があるらしく、大勢の登山者で賑わっていた。今日は行程が長いので、ペースを上げて登ったため先行する登山者をごぼう抜きし、一時間半で登頂することができた。山頂直下までは展望がなかったが、泉ヶ岳山頂は360度の展望が得られ、宮城県内の平野部全体から、これから向かう船形山までの山々も一望できる。

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泉ヶ岳までは良い道だが、そこから先は一部藪こぎもあるとのことだったか、きれいに刈り払いがされている。今月後半にトレランレースが開催されるとの表示があったので、コース整備がされたのだろう。コース試走をしているランナーにも何人かに出会った。レースのお陰でコースは歩きやすくなっていて、北泉ヶ岳までは一時間ほどで着いたが、次の三峰岳までは、疲れが出てペースダウンしたせいもあるが、実に長く感じられた。アップダウンを繰り返しながら三峰岳に近づき、山頂直下から標高差300メートルを登りきって三峰岳の山頂に立つと船形山が間近に見えてくる。距離的にはそこそこあるのだが、アップダウンが少ないので二時間もしないうちに船形山に登頂することができた。

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登頂した時間が三時半と遅いこともあって山頂には誰もいなかったし、山頂の小屋にも誰も泊まっていなかった。時間帯か違えば賑わっているのだろうか。時間的にガスが出ていたが、晴れていれば360度の大展望が得られるだろう素晴らしいロケーションである。稜線まで戻ってから、西側の観音コースを通って山形県側に降りることにした。急降下の連続で、このまま沢沿いの林道まで降りてしまうのかと思いきや、途中から長めの登り返しがあり、その後、しばらく水平に移動してから稜線を越えて山梨県側の林道に降り立った。山頂からは二時間程度の歩行だったが、朝からの行動時間は十時間を越えているため疲労感も増しており、最寄駅まで20キロ以上をさらに歩くのは困難に思えた。しばらく歩くと無人の柳沢小屋が現れた。このまま歩き続けても夜行バスに間に合いそうもなかったので、今晩はこの小屋に泊まることにした。宿泊の準備はしてなかったが、無人小屋では珍しい畳敷だったので、セーターを着込めばそのまま寝ることができたし、食事も行動食の残りで間に合わせることができ、早々と横になることにした。

 

日付が変わってまもなく起き出し、簡単な食事を済ませてから最寄駅までの20キロの歩きを開始する。昨日の行動で足に痛みを感じるので、ゆっくり歩かざるをえない。まあ急ぐことはないので、そのまま進み舗装道路に変わってから少しペースを上げる。結局六時間近くかかってさくらんぼ東根駅に着いたが、駅周辺にも構内にもお店は皆無だったので、弁当は皆無だったので、新幹線乗車後に車内販売で買うつもりだった。ところが、JR東日本の弁当の車内販売は今春から中止になったということで、ビールとツマミが弁当代わりとなってしまい、食事は下車後のブランチまでお預けとなってしまった。

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