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2019年11月

2019年11月29日 (金)

伊江島一周

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那覇マラソンに出場するために沖縄に向かう。沖縄は2月の沖縄マラソン出場以来である。あの時は辺野古新基地建設に関する県民投票直前だったので、反対のアピールをするためにジュゴンの帽子をかぶり、プラカードをぶら下げての走りだったが、今回はレースに徹するつもりなので、仮装の類いは行わない。ただ当然のことながら辺野古の座込みは行うので、レース参加者の訪問で飛行機が込み合う時期を避けて、先に辺野古での活動を済ませてからレースに臨むことにした。辺野古には宿泊施設はないので前夜は高速バスで名護市に向かい、常宿?となっているゲストハウスに向かう。辺野古には観光で来ているわけではないので、寝泊まりさへできれば十分だと考えているからだ。

 

ゲストハウスを早朝に出て朝食もそこそこにバス停に向かい、辺野古ゲート前の座込みは明日に回して辺野古とは反対側にある本部港に向かう。今年前半から辺野古に隣接する大浦湾への土砂投入が始まったが、大浦湾の浅瀬に土砂を投入するためには海上輸送してきた土砂を大浦湾の浅瀬でも航行できる船に積み換えるために本部港が利用されるために、その積換え作業を阻止する行動が辺野古ゲート前でのシュワブ基地内への資材搬入の阻止行動と並んで行われているのだ。ただ自分は本部港での阻止行動に参加するのは初めてで、本部港は美ら海水族館水族館方面に向かう時に通過しただけなので、通い慣れた辺野古とは違って、多少の緊張感は感じながらバスに乗り込んだ。

 

本部港の手前のセメント会社の前で数人がプラカードを掲げて敷地内にダンプカーが入るのを阻止しようとしているが、数十人ものガードマンに守られてダンプカーは次々と出入りしている。その先の塩川バス停で下車してみる。というのは塩川港で抗議行動が行われたことがネットに出ていたからであるが、結局は本部港まで誰にも会わずに来てしまった。本部港での土砂の積換えは毎日やっているわけではないのかもしれない(後で知った情報だが、本日は海上で積み換えたらしい)。とんだ空振りになってしまったが、本部港に来たのは伊江島に向かうというもうひとつの目的があったのでよしとしよう。伊江島はフェリーで30分ほどの所にある離島だが、沖縄戦の際に北部最大の激戦地となり、戦後は土地の多くを米軍に撤収されたため、その反対運動が島ぐるみ運動として沖縄全島に広がっていったという歴史があって、沖縄の苦難を象徴している島として一度は訪れなければいけないと思っていた所である。

 

フェリーの乗船までは時間があったので、対岸の瀨底島まで橋を渡って行ってみる。10分ほど歩いて島に渡ると橋の袂に砂浜があったので降りてみる。島のあちこちにはもっと大きいビーチがたくさんあるようだが、時間がないので一応瀨底島のビーチに行ってきたということで本島に戻ることにする。本命の伊江島に先だって、思いがけず沖縄初の離島?に行ってくることになってしまった。

 

伊江島へのフェリーは往路復路とも1日4便しかないが、平日なのでガラガラである。本部港からはすぐに外洋にでるので結構船は揺れる。伊江島の象徴である城(ぐすく)山が次第に大きくなり、やがて伊江港に接岸する。滞在時間が四時間半しかないので、効率的に動かなければならないということで、レンタサイクルを利用する。一周すると30キロ弱なので多少のアップダウンがあったとしても行ってこれるだらう。

 

途中には子宝祈願として崇められ、戦争中には防空壕にもなった洞窟があったり、大海原が見渡せる展望台があったりと結構見るべきものがあり、2時間半ほどで一周することができた。サイクリングしている間、あちこちから城(グスク)山の景観が気になっていたが、中腹から上は岩壁となっており伊豆の城山とそっくりだったので、クライミングしなければ登れないものと思い込んでしまい全く登る気はなかった。ところが、乗船までは時間があったので食事をした後に戦争資料館に入ってみたら、城(グスク)山が攻防の焦点となり、勝利した米軍が頂上に星条旗を立てた写真があって、「なんだ、登れるんじゃないか」ということになってネットで調べてみたら、登山口から頂上まで階段が続いていて、小学生でも一時間ほどでほどで登れると書いてある。早く気づいていれば登れたかもしれないが、無理をすると明後日のマラソンに響いたかもしれないので、登らなくて良かったと思うことにしておこう。

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2019年11月16日 (土)

好天の相模湖ボランティア

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土曜日の今日は好天に恵まれて絶好の行楽ならぬボランティア日和ということで、相模湖ボランティアセンターに向かう。前回訪れてから一月近くたつが、最近は平日の募集はなく土日のみの募集になったようで、ボランティアへのニーズも一段落したようである。今日訪れたお宅も既に何回かボランティアが作業を行っていて、今回が最後の仕上げになるようである。

 

作業早々は土嚢を階段下まで運ぶ作業で、そこそこしんどかったが、途中から集積した土嚢を別の集積所まで車で運ぶ際の、別の集積所での荷卸要員となったため、車が戻ってくるまでの間の15分くらいは何もすることがなく、今までのボランティア経験を通じての最もヒマな1日となった。ただ秋の優しい日を浴びながら相模湖の湖面と紅葉を眺めるのは、ボランティアに来たのも忘れるほどのノンビリさせてくれるものであった。

 

ノンビリできたボランティアのお陰で余力十分だったので、今日も高尾山口に寄ってお決まりのリフト終点までの標高差300メートル弱の激坂を登ってくる。紅葉シーズンということで1号路の登山道も混んでいたが、リフト終点まで登ると乗車まで45分の待時間というのには驚いた。もっとも自分は来た道を駈け下ったので15分ほどで降りることができたが

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2019年11月11日 (月)

陣馬トレラン

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今年7月に北丹沢で十数年ぶりのトレランに挑戦したが、コースコンディション不良でまともなレースができず、関門リタイアとなったため、リベンジとしてもう少しマイルドな陣馬トレイルにチャレンジすることにした。今回で19回目の大会だが、距離22.5キロと短いため、昔はエントリーしようとも思わなかった。ただ今の自分の体力にはちょうど合っているかも。今回は確実に完走すべく三週間前にコース試走も行ったが、制限時間4時間半のところを5時間かかってしまったので、よほど頑張らないと完走は難しいことがわかった。また土砂崩れでコースが変わり、距離は2キロ弱短くなったが、獲得標高は100メートル以上増えたことがタイムにどう影響するかも心配であった。 レース当日は抜けるような青空の絶好のレース日和であった。9時にレースはスタートし、車道からすぐに山道に入るが、そこが隘路となって5分ほと待たされる。ようやく登りに入ると快調なペースとなり、陣馬山には試走時よりも20分早く着く。頂上には休まずに落合に向けて下りだしたが、試走時よりもペースは上がり、関門は制限時間30分前に通過できた。ここまでは予定通りの時間である。 ここからはまた登りが始まり、標高差は600メートルである。関門まで頑張ったのが影響したのか足に痙攣が起きそうになり、スプレーをかけたり痙攣しそうな足には荷重しないようにしたりしてダマシダマシ登ったので、登りきった奈良子峠に着いた時は予定時間を10分遅れてしまった。遅れを取り戻すためには下りで頑張らなければならないのだが、年のせいで動体視力が衰えたのか木の根っこに足を引っかけて転倒するのが怖くなり、昔のように坂道を一気に駈け下ることができなくなってしまった。そのため、後続ランナーに抜かれ放しとなってしまったが、このままでは制限時間に間に合わなくなることに気付き、昔取ったキネヅカではないが、ギアチェンジしてスピードを上げて制限時間に間に合う可能性がでてきた。結果的には、制限時間を1分少々オーバーしてのゴールだったが、完走証をもらうことはできた。 会場は中央本線の藤野駅と相模湖駅の中間にあり、藤野駅の方がやや近いので行きは藤野駅から歩いたのだが、帰りは3キロほどはあるが相模湖駅まで歩くことにした(藤野駅までのシャトルバスはあるようだが)。というのは、相模湖周辺の東海自然歩道で未踏の部分(自動車道を通ってしまった)をこの際に歩いてしまうつもりなのだ。 東海自然歩道が自動車道に降り立つ部分には一時間に一本のバスがあるが、そこまでの相模湖発のバスには乗り遅れたので、バスは帰りに乗ることとして、反対側の登り口までは歩いていく。すると、登り口には「台風で道が崩壊しているため通行不能」の立て札があったのでどうしたものかと思っていたら、上から大勢の人が降りてくるではないか。これなら問題ないだろうと登り始める。 嵐山までけっこうな登りを疲れた足で登りきると、前方には縄が張ってあり通過できないようになっている。ここまで来て引き返すのもシャクなので、とりあえず前進してみることにした。すると、大規模な崩壊が起きていて前進不能となっていたが、ずっと上の方まで行けば突破可能なようなので、やってみることにした。時間をかけて向こう側まで渡り時間を確認すると、なんとか相模湖駅行のバスには間に合いそうであった。 ところが、しばらく進むとまた崩壊により前進できない場所があった。先程と同様に時間をかけて高巻きをすれば突破できるだろうが、バスには間に合わなくなるのは間違いなかった。 バス停まで下りてみると、次のバスまではかなり時間があり駅までは三キロ弱なので、走れば次のバスよりも早く駅に着くことが出来そうなので走ることにした。トレラン終了後に山を越えてさらにランニングをするなどとは正気の沙汰ではなかったが、頑張ったお陰で次のバスに乗るよりも1本早い電車に乗り込むことができた。

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2019年11月 2日 (土)

ボランティアと200名山 後半戦

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ボランティア二日目はグループの人数が前回の4人から6人に増えた上に、堆積しているヘドロの量もさほど多くはなかったこともあって、依頼された仕事は午前中で終ってしまい、午後は予定外の倉庫の床の清掃まで終わらしてしまった。屋外作業は終了のようであるが、屋内の片付けはまだまだのようで、元の生活に戻れるには時間がかかりそうであった。 最終日は長野市近郊にある飯綱山という200名山を登ってきた。この山は他界した母が子供の頃に長野市内に住んでいて、自分の父親に連れられて登ったことを懐かしそうに話していたので印象に残っていたが、東京からわざわざ登りに行くほどの山ではない気がして登らずじまいとなっていた山である。今回、最終日に登りに行くにはピッタシの山である。 今回登ろうとしている一ノ鳥居経由のコースは標高差800メートルを一気に登るもので、1週間後に行われるトレランレースの絶好の練習になると力を入れて登ったつもりだったが、頂上間近で本物のトレランランナーにあっさりと抜かれての彼我の実力差を思い知らされた。 登りではゆっくりと景色を眺める余裕が無かった分、頂上では360度の展望を楽しんだ。東の方の山の名前はわからなかったが、西の方は手前にはビラミダルな山容の高妻山とそれに続く戸隠連山の岩峰、その奥には雪化粧している北ある。充分に展望を楽しんだ後に下山に移り、行きと同じ道を下る。下りもそこそこのペースで降りたので、予定していたバスよりも早いバスに乗ることができた。長野駅に早く着きすぎても時間をもて余すので、途中下車して初日に続く善光寺の観光を楽しみ、さらに銭湯にまで入って時間潰しを行った。

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