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2020年1月21日 (火)

渡嘉敷島横断

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久しぶりに朝をゆっくり過ごして出発する。自転車をレンタルして、島北部にある西山展望台を目指す。標高差200メートル強の登りは一昨日のマラソンの疲れが抜けてない体にはきついが、ランニングとは使う筋肉が違うので何とか頑張るが傾斜のキツイ箇所では自転車を降りて引いていく。 戦没者の碑である白玉の搭を過ぎて青少年公園の一角に入ると、西山の頂上は近い。西山のちょうじょうからは座間味島その他の慶良間諸島が一望である。ここから直接西側に下ってもよいのだが、東の展望台の手前に集団自決の碑があるので、そちらに寄ってみる。そこでは米軍が上陸したその日に圧倒的な武力の前に抵抗らしい抵抗もできずに高みに追いやられた数百人が集団自決し、その阿鼻叫喚が谷全体にこだましたそうである。二度と戦争をしてはならないという思いを新たにしてその場を立ち去った。

西山頂上から西側に下る道は下る一方かと思ったら、途中には結構登りもあって当てがはずれてしまった。ただ早咲きの桜が眺められたので気が紛れて今朝スタートした東側の渡嘉敷港から西側の阿波連港に繋がる島のメインルートに降り立ち阿波連をめざすことになる。ただ途中でルートを外れて渡嘉久志の砂浜に降り立つ。ここには対米軍用の秘密兵器として、艦船に体当たりする船を隠す穴が掘られて今も残されている。もっとも実戦では役に立たなかったそうだが

一度メインルートまで登り返してから阿波連に降り立つ。渡嘉敷港と比べると、砂浜が広がっているせいか観光地化が進んでいる印象を受けた。特に中国語の表示が目につき、春節では中国観光客でごった返すのだろう。 阿波連から渡嘉敷までは一時間足らずで着いたので、那覇への出航までは二時間以上あった。そこでフェリーの待合室に隣接するレストランでゆっくりすることにした。まずは渡嘉敷島の名物である混ぜそばを注文する。そば麺の上にねぎ、ニラ、刻み海苔、天かす、秘伝の味付き豚ミンチ、最後に黄身をのせてある。混ぜれば混ぜるほど味が良くなるそうである。さらに麺がなくなるとご飯を入れてまたかき混ぜるのである。お腹がいっぱいになったところで、マンゴーラッシーを注文して南国気分も味わう。 沖縄本島に戻ったのは夕方だったが、モノレールとバスを乗り継いで瀬長島に向かう。今回の行程では、沖縄本島を除くと5島目になるが、南シナ海に沈む夕日と那覇市内の夜景、それと空港の離着陸が眺められる那覇最大のデートスポットだそうである。夕日を眺めてからはホテルの日帰り温泉で汗を流した。

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