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2020年8月11日 (火)

一人ハセツネ 前半部

Hasetsune

奥多摩の尾根を71キロに亘って24時間以内で縦走する日本山岳耐久レース(通称、ハセツネカップ)には、10数年前までは毎年のように出場していたものだが、参加しなくなってから久しくなる。コロナの影響で遠くの山には行きづらいこともあり、一応都内だけの移動で完結するハセツネのコース(笹尾根の部分は神奈川、続いて山梨との県境上とはなるが)を歩いてみようという気になった。レースそのものは午後1時スタートなのだが、日中に平地を行くのはダメージが大きいので5時頃にスタートすることとし、五日市駅前で早めの夕食をとることとした。

 

本番ではロード区間は先を争って急ぎ、追い抜きが難しい山道に入る前に好位置を確保しようとしたものだが、今日は時間の制約もないのでノンビリと歩いて行く。秋川にかかる小和田橋を渡った先で登り道となって変電所の脇を通って行くのだが、その道が見つけられずに回り道して合流して今熊神社に達する。ここから先は尾根道と沢沿いの林道に別れるが、本番はどちらの道だったか記憶が定かでなかったので、楽そうに思えた沢沿いの林道を進むことにした。ところが、途中で林道は消えて踏み跡となり、さらに踏み跡も消えてヤブを漕ぎながら尾根まで登る羽目となった。

 

尾根まで上がると後は迷うことなく進めるはずだったが、夜道を前進する途中でコースの曲がり角を見誤ってコース外の市道山に進んでしまい30分ほど時間をロスしてしまう。その後は特にトラブルもなく前進したが、夜になっても気温は下がらず樹林帯で風の通りも悪かったためバテ気味となって水分を過剰に取ることにより食欲がなくなり、さらにバテてしまうという悪循環でコースタイムも守れなくなってしまった。

 

予定では日付が変わる前に第一関門に到着するつもりだったが、ペースの遅れから第一関門に着いたのは夜が明けてからとなってしまい、4リッター近く担ぎ上げた水も残り少なくなってきたので、日原峠から秋川側に少し下って水を補給したため30分ほど時間をロスすることになってしまった。

 

笹尾根自体は思ったほどアップダウンがなかったが、長い尾根であることにかわりはなく。午前中に三頭山まで行けるかどうかが微妙になってきた。朝10時頃に西原峠に着き、ここから頂上まで標高差500メートル近い急登となるので、大休止をしながら食料を無理矢理詰め込む。さすがにこのあたりまで来ると、登山者も何人かは出会うようになり、四人組のレスキュー隊員まで登ってくる。
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三頭山に向けて登りだすと、すぐ上に展望台があって先ほどのレスキュー隊員がやすんでいる。私が追い抜くと彼らも出発する。先に行ってもらってもよかったのだが、妙な対抗心が出てきて抜かれまいと必死で登る羽目になる。レスキュー隊員を従えて登るなんて経験は初めてだし、これならアクシデントにあっても心配ないなと考えていたら、彼らの姿が見えなくなってしまったのでどうしたのかと思ったら、頭上にヘリコプターのプロペラ音がして、どんどんと高度を下げてきた。きっと上空のヘリコプターとの連携でレスキュー訓練をしているのだろうと、彼らがレスキュー装備を持って登ってきた理由と途中から姿が見えなくなった理由が納得できた。

 

ブルースカイの下に緑の稜線が見えてくると頂上は近い。頂上に上がると、そこはすごい人の多さで三密に近い状態でもあったので早々に下山することとなった。もう時間的体力的に完走(完歩?)は無理なので、第二関門まで行き、そこから奥多摩側に下山するつもりであったが、地図で確認してみると第二関門から奥多摩湖に下りても、湖畔の道をバスの通っている青梅街道まではずいぶんと歩かねばならず、それならば三頭山から直接奥多摩湖に下りた方が早いことがわかった。
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奥多摩湖に下りる道は途中で二手に別れるて時間的に同じとなっているが、東の道を下りた方が、浮橋(ボート繋いだ橋)を渡ってバス停まで早く行けそうだったので、そちらの道を選択することにした。ただ道は思ったよりもたいへんで、前半は岩場交じりの下降、後半はアップダウンの連続といった具合でコースタイムの倍近くかかってしまった(大勢の人を追い抜いたので、ペースが遅かったはずはないのに、あのコースタイムは一体なんだったのだろうか)。さらに湖畔に着くと浮橋は通行止めの表示があり、西側に大きく回り込んで車の通る橋を渡ってバス停まで行かなければならないことになってしまった。

 

ハセツネのコースの約半分の所でリタイアしてしまったが、それでも距離としては52キロとなり、最近では1日で歩いた距離としては最長のものとなった。今回の山行でもうひとつ気がついたこととしては、20時間以上ストックを握っていたため指にしびれがきたことである。指の筋力が衰えてきたせいだろうが、指の筋肉のトレーニングをする必要があることも認識させてくれた。なお今回歩き損なったハセツネコースの後半部分はもう少し涼しくなったら、再チャレンジをしてみようかなという気にもなった。

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