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2021年2月

2021年2月23日 (火)

鳥ノ胸山

緊急事態宣言中ではあるが、人気のない山ならば人との接触もなく問題ないだろうと、山梨百名山の鳥の胸山に出かけることにした。ただ問題となるのはアプローチである。多少歩くことにはなるが、バスも本数は少ないなからは走ってはいる。しかし、午前中の便しかないので、日帰りは無理で現地で一泊しないといけないが、この山のためにわざわざ一泊する気にはならない。そこでアプローチに自転車を使うことにした。片道で30キロ近くあるが、山自体はコースタイムでも3時間程度なので十分日帰りで行ってこれそうである。

出発点の藤野駅から鳥の胸山がある道志渓谷まではひと山越えて行かなければならないが、朝のうちの元気な時だったので、さほど苦労せずに道志渓谷に降り立つことができた。道志渓谷沿いの道は多少のアップダウンを交えながら全体としては緩やかな登りたなっている。今日は祭日(何の日だったけ?)なので、大勢のサイクリストが走っていてハイペース で飛ばして追い抜いていくが、気にせずにマイペースで進んでいく。 登山口にはほぼ予定どおり昼過ぎに着く。ここから頂上までの標高差は約500メートルだか、最近経験したことがないくらいの急な登りであった。誰にも会わずに登れたので人気のない山かと思ったら、頂上には先客がいたし、下山中にも登ってくる親子連れにあったので、そこそこ登られてはいるようである。 頂上では山梨百名山登頂(85座目)の証拠写真をとり、反対側の雪煙が上がっている富士山(強風であることを表している)も撮りたかったのだか、逆光のためうまくは撮れなかった。行動食の残りを食べてすぐに下山に移って急な山道を駈けるように下ったので、早く降りられると思いきや、途中で林道に迷い込むという失敗をしてしまったので、登りと大差ない時間となってしまった。そのまま林道を降りても下山はできるのだが、登りの時と同じ道に戻らないと自転車が回収できないので、登りの時の道までは強引に山腹を横切っていったので、結構時間がかかってしまった。やはり「急がは回れ」で間違えた所まで戻るべきであった。 今回の目的は達したので後は戻るだけであったが、藤野駅までの30キロの道は事前のイメージでは下り一方というものであったが、午前中の印象では結構アップダウンが多いようだったので、峠を越えて都留市まで下ることにした。峠下のトンネルまでの5キロほどの登りはあるものの、全体の距離自体は10キロ以上短くなるからである。 疲れが溜まっている時の登りはキツくて太ももが痙攣しそうになり、トンネルが見えてきた時は思わずホッとしてしまった。トンネルから先は長い長い下りで体力的には楽だったが、日が落ちた後の冷気がこたえ、都留市で温かい食事ができて生き返った気になった。 Img_20210223_140105_copy_250x334Img_20210223_140159_copy_334x250

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2021年2月20日 (土)

墓参りと山登り

   今月は父の40回目の命日と母の20回忌に当たっていて、いずれも法事の対象となるものではないが、節目になることには違いないので、緊急事態宣言下ではあるものの高尾に墓参りに行ってくることにした。

この時期に来たのは初めてなので、今まで経験したことのないことも経験した。ますは、広大な墓地に人っ子一人いないことである。今までは多少時期をずらしても誰かはお参りに来ていたものだが、緊急事態宣言下ということが影響したのであろうか。次に驚いたのは、花を差す水差の水を代えようとしたのだが、水が出てこない。あれっと思ったらカチンカチンに凍っているのである。しばらく握っていたら、手のひらの熱で溶けて氷の固まりが落ちてきた。
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墓参り後は高尾駅には戻らずに、中央高速沿いに歩いて甲州街道旧道に出て小仏峠に向かう。大分前に甲州街道踏破を目指した時も歩いたことがあるが、思った以上に時間がかかってしまった。ただ途中に何ヵ所か梅が咲いているところがあって、多少は気が紛れた。
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峠には数パーティーが休んでいたが、多分、景信山に登るのだろう。小仏峠は高尾山から陣馬山までのトレランのトレーニングで数えきれないほど通っているところで、今さら景信山に登ってもしょうがないので、すぐに相模湖側に降りて中央線の南側の山を登ることにする。

相模湖から四方津まで電車で移動して、高柄山を登ることにする。コースタイムは調べてこなかったが、たかだか標高700メートルちょっとの山であり地図で見た限りは三時間もあれば往復できるだろうと見当をつけて登りだす。

取り付きから急登の連続でかなり高度を上げたので、頂上も近いだろうと思ったが、実際には等高線ではわからないようなアップダウンの連続で五時間以上もかかってしまい、最後はヘッドランプも出す有り様だった。途中で気づいたのだが、四方津駅からはもっと近道があったようで、わざわざ遠回りをしてしまった結果となった。まあ遠回りした結果、変化に富んだ山並みが見られたことが収穫といえばいえるかもしれない。
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今回の登頂で山梨百名山は84座目となる。残る16座は日本第二の高峰である南アルプス北岳の峰続きにある小太郎山を除けば、いずれも日帰りで登ってこられるところばかりなので、遠出のしづらい今の時期にできるだけ多く登っておきたい。

帰りは高尾で東京行きに乗換えようと思ったのが7時過ぎだったが、家の近くで食事しようとすると、飲食店は早じまいしているに違いないということに気づき、高尾駅で下車して食事をとることにする。妻と墓参りに行ったときにいつも寄っていくお気に入りの店があるので行ってみたら、なんと店はがらんどうになっていた。コロナの影響の深刻さが身に染みてわかる出来事であった。

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