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2021年3月10日 (水)

常磐線沿線

今日3月10日は東京大空襲から76年目、明日3月11日は東日本大震災から10年目のそれぞれ記念すべき日である。東京大空襲は歴史上の一事件として風化させてはならないことであるが、東日本大震災は過去の出来事というにはあまりにも生なましい記憶が蘇る災害である。震災発生時は、日本列島徒歩縦断として冬の北海道を「最果ての地」宗谷岬を目指して歩いている最中だったが、この非常時にこんなことをしてていいのかという思いから、帰京後は石巻を皮切りに半年間で延べ1ヶ月以上を現地の災害ボランティアに従事したことが、その後のボランティア活動や市民運動参加に繫がったという意味で、自分にとっては原点ともいえるものなので、10年目の節目の際にはまた現地を訪れてみようと前々から思っていた。   

 

石巻に向かうには新幹線で仙台まで行けば早いのであるが、昨年春に常磐線が全線復旧したのに伴い立入禁止が解除された双葉周辺の状況を見ておこうと18切符を利用して行くことにした。水戸、いわきで乗り換えて原町田行きに乗車する。昨春よりも前は富岡から先は代行バスに乗り換えたものだが、オリンピック開催を控えて復興が進んだ印象を与えたいがために駅周辺だけの除染を行って、なんとか全線復旧の形だけは実現させたようである。とは言っても、原発から数キロしか離れていない途中駅では、駅のまわり以外は全て立入禁止区域なので、乗降客は皆無で駅の存在意義は全く無いといってよい。

 

双葉駅から先は海沿いに行けば立入禁止区域を通らずに歩けそうなので、双葉駅で下車することにした。現在、大詰めに差し掛かっている日本列島海岸線踏破のうち、太平洋側は福島第一原発周辺だけが未踏となつていて、山側を大回りしてなんとか繋げてはいるのだが、海岸線近くの未踏区間も可能な限り踏破しておこうと双葉駅から北上することにした。

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双葉駅では他に数人が下車したが、いずれも私と同様に立入禁止が解除された双葉の町を見に来た人のようである。双葉駅で放射線量を測定すると安全基準内の数値が示されるが、駅から少し離れると数値は安全基準(年間1ミリシーベル)をオーバーしてどんどん上がっていく。幹線道路も車の往来は可能だが、南へ向かう道は歩行者は立入禁止となっている。駅から1時間程度海側へ行くとなんと安全基準の10倍近くまでになってしまう。これでも立入禁止が解除されているのは、国が従来の安全基準の20倍の数値を住民帰還の安全基準としてしまったからであるが、この20倍の安全基準というのは原発作業員に適用されるもので、これを子供を含めた住民に適用するというのは無茶苦茶な話である。福島県では子供の甲状腺ガンが異常に高い割合で発生しているらしいが、こんな線量の高い地域に住民を帰還させるというのはとんでもないことである。もっとも、双葉町へ帰還した住民は皆無に近いらしいく、作業員以外には全く人影は見当たらず、目に入るのは、除染した汚染残土の山だけである。地元への執着の強い高齢者はともかくとして、若い人にとっては双葉は残念ながら帰るべき土地ではないように思う。補償も含めた対価で土地を東電が買い取り、そこに太陽光や風力といった一大再生エネルギー発電の供給地域を作るのが現実的ではないだろうか。

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前回、到達している磐城太田駅までは20キロ以上あるが、ジョギングも交えて進んでなんとか予定の電車に間に合った。今回の行動によって原発周辺の未踏部分は15キロだけを残すだけになったが、私の元気なうちに立ち入りが可能となる可能性は限りなく小さいであろう。石巻に向かう途中、乗り換えのために下車した仙台で名物の牛タン料理を食べるが、時間がなかったので初日の目標達成を祝う乾杯は石巻のホテルまでお預けとなった。
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