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2021年11月

2021年11月27日 (土)

大峰から帰京

昨夜、民宿近くのバス停で下車した際に翌朝の時刻を確認して驚いたのは、朝7時半だと思っていた大和上市方面の発車時刻は平日用のもので明日の土曜は15時半になっているではないか(休日も同様)!その時刻では、当日中に帰京するのは難しいのではないだろうか?その旨を民宿の主人に話すと、明日の午前中に大和上市に用事があるので、連れて行ってくれるとなって一件落着となる。

 

宿の主人のご好意で車に乗せてもらい7時半に宿を出る。バスだと2時間以上かかる上、退屈してしまうが、車だと一時間半くらいで着くし、途中話しながら行くのて退屈もしない。宿の主人の方は昼には宿に戻ると言っていたが、行きだけは話し相手がいたので退屈しのぎにはなったろう。ただバス代相当を渡そうとしたのだが、受け取ってもらえないので、またまたご好意に甘えることきなる。

 

今日の行程は、大和上市から近鉄の吉野線、京都線、大阪線と乗り継いで伊賀上野で下車し、そこから伊賀鉄道、信楽鉄道、近江鉄道と乗り継いで米原まで行き、後は新幹線で帰京するのだが、伊賀上野と信楽の間は約24キロ離れているので自転車で移動するつもりだが、途中に標高差で200メートルほどの峠越えがあるようなので、米原到着は暗くなってからになるたろうが、本日中の帰宅はまずまちがいないと思われる。

 

伊賀鉄道への乗換駅である伊賀神戸では乗り継ぎ時間が1時間ほどあるのでネットに出ている飲食店二軒に行ってみるが、いすれもまだ営業前であった。グーグルマップでは営業中と出ているにもかかわらずである。やむを得ず開店していた酒屋でビールとつまみを買う。近辺にはコンビニもないが、終点の伊賀上野にはあるようなので、そちらで買うことにしよう。
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伊賀上野に着いて再度グーグルマップを見直すと、峠越えがあるのは旧道で、新道は峠はトンネルでくぐるため、距離も17キロと短くなり登りもさほどではないことがわかり、これならば遠回りしてコンビニで食料を買うこともあるまいと、そのまま前進することにした。それでもトンネル手前までは結構登りが続いたが、トンネルが見えてきた時には、これで登りは終わりだとほっとする。
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トンネルをくぐった後も結構時間がかかったが、タヌキの焼き物で有名な信楽の町に着く。
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ちょうどいいタイミングで信楽鉄道の貴生川行きが発車するので飛び乗る。そして終点の貴生川で近江鉄道に乗り込んだつもりだった。ところが乗り込んだ電車はJR草津線であった。最後の最後でポカをしてしまったが、近江鉄道は東海自然歩道の滋賀県コースを行く時に乗る機会もあるだろうから、今日は早く帰宅するということを優先してJRに乗ったということにしておこう。

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2021年11月26日 (金)

釈迦ヶ岳

何年か前に大峰奥駈北半分の縦走を目指して吉野から入山したが、百名山の八経ケ岳までで時間切れとなってゴールである二百名山の釈迦ヶ岳までは行けなかった。そこで、今回の二百名山を主たる目的とした計画の最後は釈迦ヶ岳を登ることとした。釈迦ヶ岳単独で目標とする場合は、西側からの方がアプローチが短いようだが、修行者が奥駈をする場合には一度前鬼に下りてから登り返すのが通例になっているようなので、あえてアプローチの長い東側の前鬼口から登ることとした。

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昨晩、宿坊に着いたのが遅かったこともあって、6時過ぎまで寝入ってしまい、あわてて仕度をして7時過ぎに出発する。登山終了後に民宿へ向かうバスが18:時過ぎに一本あるのみだが、これに間に合うには遅くとも12時には釈迦ヶ岳に着いている必要性があるが、歩きはじめのペースが遅く、このままではいけないとベースを上げて11時半に着くことができた。これで気が緩んだのか、頂上には30分ほど滞在する。頂上付近は雪が降ったようで冬景色であった。
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降りる途中に行者岳への分岐点に「修行以外の人は巻き道を行くように」と書いてあったので、もちろん巻き道を行く。
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稜線から前鬼に降りる地点には「これより南奥駈道」の標識がある。熊野本宮までは4、5日かかり、登山者が訪れることは稀だろうが、奥駈行者のために無人小屋はあるようだ。

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宿坊に戻った時には、このペースで行けば、帰りのバスには 30分以上余裕があると思われたが、バス停が近くなってかは確認すると、なんと余裕時間がほとんどなくなってらではないか。あわてて走りだしたお陰でなんとか発車15分前に着いてバス停に着き、無事に民宿につくかことができた。

 

これで予定はほぼ終了し、明日は広島バスと電車を乗り継いで帰宅できることになった。

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和歌山から奈良大峰へ

昨夜は翌日分も頑張ろうと深夜まで自転車を走らせて日付が変わってから泉佐野のネットカフェに入り、バッテリーへの充電作業をすると歯も磨かずにバタンキューで寝入ってしまう。


翌朝は7時前まで熟睡し、目覚めてすぐに本日の作戦を練る。第一の目的は和歌山までのツーリングであるが、関西空港に連絡しているJRと南海のそれぞれの空港線に乗車することである。それぞれの始発駅は別なので、まずはJRの始発駅まで自転車で移動して空港に向かい、帰りは南海に乗車して終点からタクシーで戻ってくるという作戦である。1時間弱で戻ってこられたので、ここまでは成功である。


その後、南海鉄道に沿って和歌山を目指すが、南海鉄道は最後は海岸線を離れて和歌山市まで直行しているので、自分もそのつもりであった。ところが、海岸線を離れる岬駅で和歌山市までの距離を調べると13キロほどだが、JR和歌山駅の乗車予定の発車時刻まては1時間ちょっとしかない。平地であれば行けないことはないかもしれないが、おそらく峠越えがあるだろうから無理であると判断してツ#Gーリングはここで中止して、南海鉄道に乗車し和歌山市に向かった。


降車したのは南海の和歌山市駅で乗車するのは、JRの和歌山駅であるか、時間は40分ほどあったので大丈夫だろうと油断していた。そしてまず想定外だったのは、JRの和歌山市駅というのもあって、そこから発車する次の和歌山駅行きは和歌山駅から乗車予定の電車の発車時刻よりも後であるということだ。驚いて駅員にJRの和歌山駅の場所を聞くと、なんと3キロも離れているではないか。あわてて自転車を組み立てて、途中で何度も通行人に道を聞き、なんとか間に合ったが、おかげで昼を食べ損ねてしまった。


吉野口でのJRと近鉄の乗り換え時間が短かったので心配だったが、こちらは隣のホームだつたので問題がなかった。3時過ぎに大和上市に着き、コンビニで弁当や酒・食料も買えたので、まずは登山は順調に始められそうである。


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2021年11月25日 (木)

中国地方から近畿地方へ移動

昨夜は遅くまで行動したので、ホテルを出るのがチェックアウト最終の10時となる。そのため広島到着後に予定していた可部線の可部~あき亀山の未乗車区間の乗車は長崎新幹線が開業後にそれに乗車するために広島を通過する際にでも行くことにしよう。可部線は元々は可部よりもかなり奥まで通じていたのだが、かなり以前に可部より奥は廃線となり、私が乗車した時は可部が終点であった。その後に可部周辺の宅地化が進み、可部のひとつ先のあき亀山までが復活するという珍しいケースである。ただ1区間のためにわざわざ乗車しに行くというのは手間暇のかかる面倒なことではある。

 

ホテルを出発する時は青空も見えていたのに、広島方面を目指して北上するにつれて次第に雨模様となってくる。今回の季節風の張りだしは相当なもののようだ。昨日の寂地山があの程度の荒れ方で済んだのはラッキーだったのかもしれない。ただ昼近くになると雨も止んで薄日もさしてきて、虹もまじかに見られた。
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一昨日に戸田を出発以来、海岸線を離れたあ所を走っていたが、宮島が近づくと初めて海沿いを走るようになる。宮島は若いときに会社を辞めてヒマラヤに行った際に、直前に屋久島を登りに行く途中で立ち寄ったことがあるので、今回はスルーするが、修学旅行生や一般の観光客がかなり大勢来ていて、連絡船もひっきりなしに行き来していた。名物に美味いものなしとは言うが、せっかく広島にきた専用道路ことだしとカキカレーを注文し、宮島の遠景を眺めながら食事をするときは、少々だが観光気分を味わった。
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今回は広島駅には寄らずにやや東部の海田市駅を目指す。というのは海田市以西がまだ足を踏み入れてなかったので、海田市駅まで行くと、山陽道は全て走破したことになるからである。そのために広島市内に入ると進路を東向きに変えるが、これによって広島市内を南北に流れる全ての川と交差することになり、そのたびに道がアップダウンするので、なかなか大変である。

 

海田市駅に近づくにつれて、だんだん道がわかりづらくなる。グーグルマップには自転車モードはないので、歩行者モードにすると、えらく遠回りをしたりするので、自動車モードにすると、自動車専用の橋に通じているので、引き返さざるをえなくなったりした。また自動車専用道路ではないが横断歩道のない道の歩道を走っていたのだが、海田市駅に行くには反対側に行かなけれはならないのだが、その方法がわからず、あちこち探し回ったところ、道路脇の薄ぐらい階段を下りて行くと反対側に通じることがわかったりした。なにしろ目的地まで五キロほどに近づいてから目的地に着くまでに1時間近くかかるという迷路のような道であった。

 

これで今回の中国地方の旅はほぼ予定どおり終えて、次の目的地の近畿地方までは新幹線で移動することになるが、時間的には広島まで戻るのが早いものの、急ぐ旅ではないので普通で三原まで行き、そこから新幹線に乗ることとした。ところが、三原駅にはホームにも構内にも売店がなくて駅弁が買えないのである。新大阪まで我慢しなければならないかと思ったが、次のこだまが岡山止まりだったので、それに乗って岡山まで行き、弁当をゲットしてから、次のさくら新大阪行きに乗ることで、弁当が買えただけでなく、新大阪にも1時間近く早く着くことができた。

 

新大阪からは堺に移動し、明日の和歌山までのツーリングの一部を残業してこなしておいたので、明日は楽になるたろう。

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2021年11月24日 (水)

寂地山

本日は、今回の計画の中で最も難度の高い寂地山(山口県最高峰)である。というのは、最寄り駅から登山口まで25キロもあって利用可能な公共交通機関がないため、今回は往復とも自転車利用を予定しているので行動時間は11時間必要なのに体して(自転車往復6時間、登山往復5時間)、最寄り駅始発と最終の間の時間が約12時間しかなく、余裕時間が非常に厳しいからである。

 

登山口までは勾配が2%以下と少ないため、予予時間4時間に対して3時間と一時間の貯金ができる。ところが予定してきた寂地峽コースでななく、犬戻しコースを登りかけてしまったため、寂地峽コースに戻るのに約30分をロスしてしまう。

寂地峽コースは最初の30分ほどは観光客用の遊歩道(ほとんどが手すり付きの階段)だが、観光客は祭日だというのに一組しか出逢わなかった。季節風の吹き出しで小雨模様だったこともあるが、あまり人気のないエリアなのだろうか?
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遊歩道の先からが登山の対象となるが、しばらくすると雨が雪に変わり先行きが懸念される。撤退の文字が頭をよぎるが、とにかく稜線までは登り、稜線が風雪で吹きさらしになっているようならば、撤退することにした。

 

稜線に上がると雪も小降りになっており、樹林帯が続いているため、吹きさらの心配もないようなので、前進することにした。ただ引き返すタイムリミットを3時半(その場合でも予定時間を30分オーバすることになるが)と決めて前進することにする。頂上にはタイムリミット前には着いたが、一面の雪景色で誰もいなかった。結局、この日は休日にもかかわらず、登山者は自分一人だけのようであった。
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すぐに下山を開始したが、雪道の下山のために思ったより時間がかかったりして、最寄り駅に向けて自転車で出発できたのは、余裕時間を30分残すのみであった。おまけに最初の5キロほどはそこそこの傾斜だが、夜道の上にブレーキの効きが甘くて(路面とブレーキ自体が濡れているため)スピードが出せないため、最寄り駅に着いたのは出発15分前で滑り込みセーフという有り様であった。

 

ぎりぎりでの予定達成を祝って居酒屋で祝杯を上げたいところだが 時間が遅かったので、コンビニで買った酒とつまみで我慢することになった。翌日は広島までツーリングしてからは、中国地方を後にして近畿地方まで新幹線で移動することを予定している。

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2021年11月22日 (月)

錦帯橋

予想どうり朝から激しい雨である。チェックアウトは10時までなので、それまではホテルでのんびりすることにした。今日は岩国までなので、半島部分をショートカットすれば50キロ程度の行程となり、遅い出発でもなんとかなりそうである。チェックアウト後は、駅の駐輪場に自転車を置いて待合室で雨が小降りになるのを待つ。

 

完全に降り止む気配はないので正午前に駅を出る。ホテルで地域振興券として1000円券二枚をもらったので、それが使える牛肉料理店に入る。
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写真のメニューはボリューム満点で、味もそれなりに美味しかった。もう一枚の1000円券は近くの酒屋で使う。今日はまだ50キロほど自転車で移動しなければならないので、中瓶以上はパスして小瓶とつまみだけを買う。
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下松から南下して光を経由して海岸線を行くルートは午後発のルートとしては時間がかかりすぎるのでパスし、岩徳線に沿って直接に錦帯橋を目指すこととする。そのため、峠越えと狭いトンネルなどもあって、なかなか大変なルートでもあった。

 

錦帯橋は6年前の夏に広島から長崎への原爆慰霊日を訪れる旅で岩国で乗り換えた時に立ちより損ねて以来であったが、明るいうちには辿りつけず、今回もペケかと思いきや、ライトアップがされていてバッチリ観光することができた。
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そこからホテルまでは一足であった。

 

明日は山口県の最高峰である寂地山登山であるが、登山自体よりも錦川鉄道終点の錦町から登山口までの約25キロのアプローチの方が大変な気がする。日帰り登山に適したバスの運行がないため、自転車で行こうとしているからである。タクシー利用という選択肢もないわけではないが

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三瓶山

今回の200名山二番目となる三瓶山の登山口に向かうために早朝に出雲市駅から大田市駅に移動する。自転車は駐輪場、不要な荷物はコインロッカーに入れて身軽な格好でバスに乗り込む。登山口までは1時間ちょっとの乗車で1200円強であった。昨日はもっと長く乗っても一律200円だったので、やけに高く感じる。最高峰の男三瓶に直登するのは、ハイキングの割にはキツすぎるので、女三瓶経由の楽なコースを選択する。三瓶山は火山の外輪山で構成されて、この他に子三瓶、孫三瓶まである。田中陽希君なら全部登ってしまうだろうが、今日の所は後二山は省略である。
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1時間強の登りで達する女三瓶山は電波塔が林立する殺風景な所であるが、ここから眺める男三瓶山は雄大な山容を見せていて二百名山の名に恥じない景色である。男三瓶山との間にはちょっとしたコルがあるが、そこを後ろからトレランモードで飛ばしてくる人がいたので、こちらも煽られて少しピッチを上げたら、熊避けスプレーを落としてしまった。ケースのボタンが錆び付いて、緊急時には直ぐには開かない状態となっていたので、ボタンを外して(落ちないように)手で押さえながら歩いていたのだが、ペースを上げた時に押さえるのがお留守になったようである。ちょっと引き返してみたが、見つからないので諦める。先日はヘッドランプを落としてしまったし、最近は落とし物が
多いようである。見つけた人が使ってくれるのであればいいが、そうでないと(結果的に)山に不法投棄してしまったことになってしまう。 

 

男三瓶山の山頂は平日たというのにすごい人の数である。それも小学生未満と思われる子供連れの人が多い。まさにハイキングの山である。360度の展望が得られ遠くは日本海も望め、足元は一面のなだらかな草原である。展望を満喫したので、山頂から登山口まで一直線に下る最短路をいく。コースタイム1時間10分のところを50分ほどで下りたので、バスの発車時刻まではまだ1時間半も余裕が
あった。
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登山口付近にはそばの店とハンバーガーショップがあったが、いずれも観光客で長蛇の列であった。さすがに行列する気にはならなかったので、持参した行動食で腹を満たした。その代わり、バスで大田市駅まで戻ると、直ぐにコンビニで酒と食料の買い出しに出かけた。駅での待ち時間が1時間程度と中途半端なのでどうしたものかと思ったが、コンビニが駅からそこそこ遠かったので、時間潰しにはちょうど良かった。

 

昨日の中国勝山駅のように待ち時間が3時間もあれば、世界遺産の石見銀山にでも行ってくるのだが、1時間では無理だ。昨春に山陰をツーリングした時も石見銀山は時間がなくてスルーしてしまったか、今回もまたスルーとなってしまった。さほど魅力が感じられないということだろうか。その代わり、閉店直前の駅の売店に石見銀山と銘打った日本酒のワンカップがあったので、すかさずゲットした。
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昨夜、長男の第1子が来夏に誕生予定との連絡を受けたが、知ったのはネットカフェに入ってからだったため祝杯を上げられなかったが、遅まきながら車内で祝杯を上げたのはもちろんである。

 

予定では前回の山口県の海岸線ツーリングで戸田駅までしか行けなかったため、そこから先を行くということで、まずは10数キロ先のネットカフェまで行く予定であったが、あいにくの天気で今晩から明日の午前中までは雨模様とのことなので、運よくゲットできた徳山駅前のホテルに明日の午前中までは滞在し、明日は天候が回復次第、戸田まで戻って、岩国までのツーリングを行うことにした。

 

ところが山陽側に来てみると、路面は濡れているものの、予想に反して雨は降っておらず、雲間から月も見え隠れしているではないか。そこで当初の予定通り、戸田から夜道を1時間近くかけて徳山のホテルまで行くことになった。、

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2021年11月21日 (日)

蒜山

5、6年ほど前に日本百名山登頂を達成し、次は二百名山に向かう人も多いと思われるが、自分の場合はそういう気にはならなかった。というのは百名山の時は北海道の山でのヒグマの恐怖にはなんとか耐えたが、もう一度あの恐怖を味わう気にはならなかったので、はなから二百名山登頂達成はあきらめていたのだ。しかし、その後二百名山の山をいくつか登って、百名山を除く二百名山の登頂済みの山が70近くになったこともあって、北海道を除く二百名山を全て登頂することを目標にすることにした。そこで今回は少し足を延ばして中国・近畿地方の二百名山3山と都道府県最高峰のうち、本州で唯一登っていない山口県の寂地山を登り、併せて日本列島海岸線走破の旅のうち、山口県から広島県にかけてと大阪府から和歌山県にかけても自転車で走破しておくことにした。

 

旅の最初は伯耆大山の南東に位置する二百名山の蒜山である。山自体は1200メートルほどしかないが、中国地方のほぼ中央に位置しているため、登山口までのアプローチが非常に長いものになる。まずは岡山までは新幹線である。大人の休日倶楽部の三割引の切符のため、のぞみには乗れずにひかりとなるが、静岡や名古屋まで何回か利用した時は、のぞみに追い越されるのは停車駅では一回だけだったと記憶しているけれども、相生駅では二回も追い越されたのには驚いた。次の岡山駅がひかりの終点なのだから、岡山駅で追い抜いてくれよと言いたくなった。

 

岡山からは津山線で津山に向かう。去年の山陰行の際にも乗っているはずだが全然記憶になく、川に沿って奥深く入っていく情景が新鮮に感じられて旅情を誘うものであった。タレントの六角精児ならば、早速かばんからビールを取り出すはずであるが、残念ながら岡山でビールを買い忘れたので六角さんにはなれなかった。

 

津山駅周辺には津山城、電車庫など見るべきものはあるのだが、近くからじっくり見るにはそれなりの時間がかかり、今回は時間が足りないので遠くか眺めるだけにとどめた。残りの時間で津山駅のコンビニで翌日の行動食までまとめて買い、待合室で遅い昼食を食べる。姫新線に乗り換えて中国勝山で下車。ここからバスで蒜山高原に向かう。バスは学校帰りの高校生で満席て、乗車時に整理券が出ないので変だと思ったら一律200円であった。1時間以上の乗車でもこの料金というのは多分市が補助しているのだろう。
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バス停で下車したときは真っ暗になっており、今晩のホテルまでは1時間近く歩かなければならないのだが、幸か不幸か今晩は部分月食のため、ライトなしでは前進は困難であった。ホテルでは風呂に入った後、コンビニ弁当で夕食を済ませて明日のために早めにベッドに入った。

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翌日はコースタイムでは7時間程度の行程だが、12時過ぎのバスに乗らないといけないため、余裕を見て4時過ぎにホテルを出発する。月食は終わっており、満月の明かりの中を歩けたのはラッキーであった。登山口から中蒜山までの標高差は700メートルほどしかないが、そこに一合目から順番に合目の表示がされていて次の合目がさほど時間を置かずに現れるので精神的には楽であった。

 

八合目あたりで明るくなってきたのでライトを外してザックにしまっていると、かなり早いピッチで登ってくる後続者に追い抜かれる。この登山者には中蒜山の山頂で一度は追いついたが、その後は姿を見ることはできなかった。中蒜山の山頂に着いた時はあたりはすっかりガスに包まれて全く展望はなかった。最高峰の上蒜山まではなだらかな草原が続いていて、天気が良ければ気持ちの良い所だろうが、今日は残念であった。
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上蒜山山頂には8時半過ぎに着き、これで帰りのバスには余裕で間に合うことが確信できたので、山頂から少し離れた所にある三角点まで往復してくる。せっかく東京から来ながら三角点を踏んでないことを後で悔やみたくなかったからである(山頂1203メートルに対し、三角点は1199メートル)。
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上蒜山から蒜山高原まで下る途中では弱いながらも雨まで降り出す。雨が降るなんて聞いてなかったぞと言いたくなったが、上下雨具にザックカバーまで付けたので、少々の雨ならばへいっちゃらである。登山口までは一時間半ほどで下りられたが、バス停までは30分以上歩かされた。バス発車時刻までは一時間半ほどあったので、近くのレストランで食事をしたりして時間を潰して予定のバスに乗る。今日は学校がお休みなので、料金体系が違うのかと思ったが、やはり一律200円であった。

 

中国勝山まで帰る途中、いかつかの温泉街を通るが、途中下車して次のバスに乗ると予定の電車に乗れなくなるので、やむを得ず中国勝山まで乗っていく。ただ中国勝山では次の列車までは3時間近くの待ち時間があるので、時間潰しを考えなければならない。昨日ちらっと駅前を歩いたら「町並み保存地区」という看板を発見したので、そこに行ってみることにした。

 

全国各地にある昔の町並み風景と格別変わりはないが、時間潰しには最適だった。その中に作り酒屋があったので、六角さんではないが寄ってみた。あいにく試飲は感染対策で中止となっていたのは残念だった。かといって瓶で買うのはツーリングでは携行が無理なので諦めた(六角さんなら一列車で飲み干してしまうかもしれないが)。結構観光客も出ていて、何人かはレンタルサイクルを利用していたか、自分の自転車は早々と袋にしまってしまい、もう一度組み立てる気にはならず、午前中の山はハイキングに毛が生えた程度のもので疲れもほとんど残っていなかったので、歩いての観光はノープロブラムであった。
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その後は新見で乗り換えるため下車して街に出て、駅近くの店で備中そばなるものを食す。あんかけ風の肉野菜そばといったら良いだろうか。
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その後はコンビニで酒とつまみを買って駅に戻り、出雲市行きの特急に乗る。本当は今夜は明日の三瓶山の最寄り駅となる大田市駅まで行き最寄りのホテルに泊まりたかったのだが、大田市だけでなく出雲市でも今夜は全てのホテルが満室だった。感染が下火になってからの初の飛び石四連休の初日だからやむをえない。そこで今夜は出雲市駅近くで、コロナ流行以来、利用を控えてきたネットカフェの利用を解禁することにした。ネットカフェは熟睡はしがたいが、明日の三瓶山はコースタイムが今日の半分以下の本当のハイキングなので問題ないだろう。

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2021年11月13日 (土)

白峰南嶺の空白部分を埋める

湯の島温泉は今春の桜(タイミングが合わず)に続いて紅葉を狙ってやってきた。ただそれは表向きの理由で、本当の目的は日本アルプスを日本海に突き出た山稜から太平洋に落ち込む山稜の末端まで縦走する計画の仕上げとしてやってきたのである。

 

南アルプス第二位の高峰である間ノ岳から南に延びる稜線は白峰南嶺と呼ばれているが、赤石山脈という名前の起源ともなっている赤石岳を盟主として多数の三千メートル峰を連ねる南アルプス主稜と比べると訪れる人も少なく地味な存在である。しかし、南アルプス主稜は太平洋に近づく前に山稜の形が失われてしまうのに対して、白嶺南嶺は海岸線ちまで山稜の形を保っている貴重な存在である。

 

白峰南嶺は山伏より北は踏破してあるが、南側は踏破したところと未踏破がまだら模様となっているので、今回は青笹山より北側を全て踏破することを目的としている。先ずは山梨百名山ともなっている山伏と八紘嶺を結ぶ稜線については今春に片付けるつもりが、山伏の手前で時間切れとなってしまったため、その部分だけをトレースするために、わざわざ山伏を登る羽目となってしまった。

 

後半の食料等は登山口付近にデポしておくことにした。結果的にはその時間帯だけだったのだが、結構下山者が通ったので、万一デポ品を持ち去られたら大変なので、葉っぱや木の枝でカムフラージュしておいた。もっとも自分自身がわからなくなっては困るので、現場は写真を撮っておくのも忘れなかった。

 

デポして担ぐ荷物が軽くなったので、明るいうちには避難小屋に着けると思ったのだが、思ったほどにはペースは上がらず、小屋に着いた時は真っ暗になってしまった。最近は簡易テント(ストックシェルター)のことが多いが、やはり居住性は小屋が断然いい。ただ一人で無人小屋に泊まると薄気味悪いのも事実だ。出口の開き戸が固くて開け閉めに苦労していたことが記憶に残っていたのか、扉が独りでに開いてしまいゾッとしたら夢だった。そんなわけで熟睡はなかなかできなかった。

 

翌朝は3時半に小屋を出発、山伏山頂を経て未踏の尾根に足を踏み入れると問題が起きた。ネットからダウンロードした地図でも紙の地図でも稜線上に登山道が通っているのに、テープや布によるマーキングを辿っていく道をGPSで確認すると稜線を離れて支尾根に迷いこんでいるように見えるのである。山頂まで戻って「正しい」道を探すも発見できず、明るくなるまで待機することにした。

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明るくなってから、「正しい」道があるはずの稜線上を探すが踏跡さえ見当たらない。これはやはり、マーキングされた道が正しい道で、何らかの理由で地図上の道とは異なってしまったのだろうと考えたが確信が持てないので、とりあえず稜線上を進んでみて、マーキングされた道と合流するのを待つことにした。しばらく稜線上を進むと案の定マーキングされた道と合流したので、無駄な時間をかけてしまったが問題は解決されたことになった。

 

前回の到達地点までは間もなく到着したので、そこから引き返し山伏を経て来た道を戻り、デポ品も無事回収でき、予定したバスにも乗れて、湯の島温泉で妻と合流することとなった。
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翌日は朝は雨模様であったが午後には晴れるという予報なので、予定どおり安倍峠から南下する稜線歩きに向かう。雨のために出発を遅らせて様子を見るが、一向に止みそうもないので、予定より1時間遅れの9時半に宿を出発する。

 

安倍峠までの自動車道は崩壊のため通行止めだが(4年前から通行止めのままで復旧するつもりがないのかしら)、八紘嶺方面への登山道は登れるので、途中から安倍峠に向かうことにする。傘をさしながらストックを突いて登るが、どうも調子が上がらず、安倍峠手前までのコースタイム1時間20分のところを2時間もかかってしまう。こんなことては宿の夕食時間に間に合わなくなるのでぺースを上げることにした。

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林道から安倍峠に降り立つといよいよ本格的な登りがあ始まる。雨もほとんど上がり傘も必要なくなったので、ペースも上がってきてコースタイムの7~8割で歩くことができ、下降点である奥大光山の手前には3時に着いたので、宿には5時頃には着くかなと思えた。ところが気が緩んだわけでもないのにベースが上がらず、宿に着いたのは予定よりも1時間遅れの6時となってしまい妻からお目玉をくらう羽目となってしまった。

 

翌日は午前中のバスで妻と一緒に宿を後にする。今日中に帰京するため静岡まで行く妻と別れて、六郎木で下車し十枚山に向かう。昨日と異なり天気は良いし時間にしばられることもなく、のんびりと景色を眺めながら登っていく。だか、呑気な気分は長続きはしなかった。肝心の登山口が見つからないのである。紙の地図上で登山口と書いてある付近まで行って見るがそれらしきものは見当たらない。そこで手前に林道と交差していたのを思いだして戻って見る。だが林道の入り口には登山道についてのことが何も書かれてない。おかしいとは思ったが、登る尾根はわかっているので、林道の適当なところで尾根に取り付けば正しい道と合流するだろうと進んで行くと、案の定、正しい道と合流した。登山口は地図に書かれている地点よりももう少し奥の方にあったらしい。

 

一件落着と言いたいところだが、次の難題が待ち構えていた。尾根の途中で山腹を巻き気味に登る道が分岐しているが、そちらの方は沢を横切る所で水を補給できるようなので、炊事用の水は持たずにきていた。ところが、巻き道の方は崩壊箇所があるということで通行止めになっているでさないか、どうすべきか思案した結果、通行止めとなっていると言っても、今までの経験上では全く通れないという可能性は低いし、仮に通れそうもないと判断した時は、崩壊箇所は沢を横切る所だろうから、そこで水を補給してから戻って尾根コースを歩けば言いだろうということになった。

 

巻き道コースに入ると直ぐに一ノ沢の出合で、上流からの土石流が登山道を押し流したようで、あたりは岩が散乱していた。ただ下の方まで続く巻き道が作られていて、ローブも張り巡らされていたので通過は特に問題はなかった。「自己責任でご利用ください」との注意書きはあったが。巻き道からも水を汲むことは可能であったが、まだ時間は早かったし、次の沢で汲めばいいやと素通りする。

 

一ノ沢を過ぎるとジグザグの道が続いて高度を上げていき、なかなか二ノ沢に着かない。薄暗くなった頃にようやく二ノ沢に着いたが、そこには予期せぬサプライズで避難小屋があった。地図には記載されてなかったので、簡易テントを張るつもりだったのだが、いい意味での想定外だあった。

 

最終日は暗いうちに小屋を出る。夜道だとどうしてもベースが上がらず、コースタイムをだいぶオーバーして十枚峠に着く。重い荷物は峠に置いて軽装で十枚山の山頂を目指し、標高差200メートル弱の緩やかな登りで99座目の山梨百名山に登頂する。前二回は時間不足等から登れなかった山にようやく念願が叶って登ることができた。だが、前回は十枚山手前の所で引き返したので、そこまで行かないと白嶺南嶺の縦走はつながらないのである。

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前回の到達点の記憶は定かではないが、このあたりだろうという所で引き返し、十枚山を再び越えて峠を目指す。途中で軽装のパーティーとすれ違い、こんな早い時間にどこから来たのだろうと思って地図を見たら、これから向かう地蔵峠のすぐ下まで林道が延びていて、小一時間の登りで稜線に達することができるので、十分日帰り可能な山になるようだ。

 

十枚山のすぐ南には下十枚山という山があって、こちらの方が十枚山よりも20メートルほど高い上、地蔵峠からの眺めも雄大で立派な山容なのだが、なぜか山梨百名山には十枚山が選ばれてしまい、山名もおまけのような名前となってしまった不遇な山である。下十枚山から先は下り気味にアップダウンを繰り返して岩岳まで下りると、後は地蔵峠までは急降下が続く。その間にも二人の単独行者とすれ違った。

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地蔵峠から南下して青笹山に達するまでは以前に歩いているので安倍川方面に下山する。30分ほどの下りで林道に降り立つが、バス停まではまだ2時間近く歩かなければならない。バス停近くにわさび飯で評判となっている店があるとのことでぜひ行ってみたかったが、営業が3時までということでのんびりとはしていられない。途中、近道をしようと思ったら行き止まりとなっていて引き返すというアクシデントもあったが、なんとか閉店30分前に間に合い、看板メニューのサビ飯定食を注文し、
Dsc_0243_copy_430x242 食後は近くのバス停から静岡方面に向かうことができた。

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