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2022年3月

2022年3月29日 (火)

東海自然歩道 岐阜県~三重県最終日

宿の車で駅に向かう妻と昔のバス停の所で別れて朝明渓谷方面に向かう。標高差300メートルほどを登って風越峠に着くと、朝明渓谷までは下り一方となる。渓谷が増水時は上流の橋のある所まで登らないといけないらしいが、今日は一ヶ所靴を脱いだ箇所以外は飛び石づたいに進むことができる。
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朝明渓谷も宇賀渓と同様に昔は有名な景勝地だったところだが、やはり寂れてしまったようで人影も見えない。お店もないので、持参したパンをかじって昼食とする。

 

朝明渓谷を過ぎると、前回宇賀渓を降りてきた時に菰野駅に向かうタクシーに乗り込んだ田光バス停までは下るだけである。途中、三重県民の森あたりには多少は観光客がいたが、特に見るべきものがあるわけではないようだ。

 

さらに一時間ほど舗装道路を進むと田光バス停に着き、ここから四日市行きのバスとJRを乗り継いで、名古屋からは新幹線に乗って帰宅することができた。今回は当初目的としていた鈴鹿峠まで達することはできなかったが、次回はテントを持参して、もう少し効率的に進んで三重県から滋賀県までを踏破することとしたい。

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養老

今日は妻と一緒に湯の山温泉に泊まる予定で、四日市で落ち合ってランチを食べることになっている。それまでの空いている時間で歩き残しの区間を踏破するということで、養老線の美濃高田駅から養老までを歩く。ただこれだけだと、1時間ほどしかかからず、まだ4時間ほど時間が余っている。そこで、二日目に岐阜県側から三重県側へ苦労して登った川原越えコースが廃止されて、代わりに養老山経由のコースが新たに設けられたということが、ホームページに掲載されていたので登ってみようかと思った。

 

養老山は養老山脈の盟主であり、標高も800メートル以上ある、このあたりでは有名な山なので登る価値はあるのだが、限られた時間内で登れるかどうかはわからなった。そこで、10時をタイムリミットとして、その時間になったら、たとえ登頂できなくても引き返すことにした。

 

前半部分は林道歩きが長く、これにかなり時間をとられたので、タイムリミットである10時になった時に高度計を見たら頂上までの標高差はまだ300メートル近くあったので、諦めて下山することにした。下り始めると、登りの時には気づかなかった養老平野の眺めが広がっていた。
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ただ登山口を経て林道を下りきってもまだ1時間ほど時間の余裕があったので、居酒屋チェーンの名前にもなっている養老の滝に寄り道することにした。 

 

平日だというのに子供も含めて観光客がたくさん来ていたが、滝まではかなりの登りが続き、一人また一人と追い抜いていく。だが「滝まで400メートル」の標識が見えた時にタイムリミットとなる。上部を窺ってみたが、屈折しているため滝は見えない。仕方がないので手前にある小さな滝を写してお茶を濁して駅に下る。
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なんとか予定の電車に間に合い、四日市で妻と落ち合い湯の山温泉に向かうことができた。

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今回の東海自然歩道は椿神社まで

昨日、湯の山温泉駅まで歩いた二キロ弱のところを今朝はタクシーを利用する。登り坂が連続するので、この選択は賢明だった。ゲート前で降りて宮妻口方面に向かうが、比較的平らな道で助かった。

 

宮妻峡の先で内部川を渡るところが、ややわかりにくく、飛び石づたいに渡っていくが、増水時にはどうするのだろう。川を越えた後も指導標がないので、地図を見ながらの前進となる。

 

しばらく歩くと椿神社に着く。日曜日ということもあり、大勢の観光客で賑わっている。ここまでが昨日の予定だったので、半日遅れの行程ということになる。午後からは池山を目指すことになるが、池山発の最終バスの時刻を調べたら、なんと2時過ぎと信じられない早さである。今回はまだ寒い時期でもあるためテントを持参せずホテル等の利用による移動を試みたが、路線や便数の少ない東海自然歩道のコースでは、行程の遅れをリカバリーすることが困難であることを痛感した。

 

さあてどうする。しばらく考えていたが、今回はここで前進を打ち切ることにした。そのかわり、岐阜県に戻って歩き残した区間を順次踏破していくことにした。まずは大垣に戻り、ホテルに荷物を置いて軽装で歩くことにした。
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美濃赤坂から関ヶ原を目指して夜道を歩きはじめたが、半分ほど歩いて垂井に着くと、残りの関ヶ原までの行程は中山道を歩いた時とほとんど同じ行程となることに気づいた。通しで歩くのであれば、以前に歩いたことがある行程と重なっても、やむを得ないと思うが、歩き残し部分を歩くときには、別の目的であれ歩いたことがあるところをわざわざまた歩くこともあるまいと考えて、今夜はここで打ち切って、近くにある垂井駅から大垣のホテルに戻ることにした。

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2022年3月27日 (日)

東海自然歩道と藤内壁

前夜は小屋の窓から四日市方面の夜景がよく見えたのだが、今朝はどんよりとした曇り空で雨が降りだすのも時間の問題である。朝食を済ませるとザックは小屋に置いてすぐに出発する。

 

小屋を出てしばらくすると昔よくテントを張った兎の耳に着くが、天気はまます悪くなってくるようである。さらに少し先の藤内沢の出合いに着くと、期待していた藤内壁の展望はほとんどなく、前尾根の末端がかろうじて見えるだけであった。若い頃によく登った藤内壁の見納めと思って来たのだが、また来いよということなのだろうか
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しばらく待ってみたが、ガスが晴れる気配は全くなかったので、諦めて小屋に戻り荷物を回収して、湯の山温泉に下山する。途中で本降りとなり、バス停に降りた時は土砂降りとなっていた。唯一営業していたカフェで昼食をとるが、雨足が強いため出発するのが、ついつい遅くなる。

 

一時間ほどカフェに滞在していたが、勇気を奮って出発する。もっとも、当初予定していた椿神社までは無理なので、宮妻峡までに変更するが、それでも最終バスに間に合うかギリギリである。

 

まずは雲母高原を目指して歩きだすが、アップダウンの激しい道で、最終バスに間に合うのは絶望的になってきた。となると、雲母高原からエスケープということになるが、バスの時刻がわからず、不安をかかえたままの歩行となる。

 

やがて峠とおぼしきあたりまで登ったので、これからは下りとなるかと期待するが、右側に広い平坦な地形が見える。すり鉢の底のような感じだが、どこかに下へ下る道があるはずだと探し回るが、抜け道は発見できなかった。そこて、GPSと地図で調べてみると、鉢の底に降りたのが間違いで、左側を緩やかに登っていくのが正解だった。

 

そのまま前進すると、忽然と舗装道路が現れて、下り道がつづいていた。さらに地図で調べてみると、この道は湯の山温泉駅から比較的近い所で宮妻峡方面に曲がるが、その地点から自然歩道を離れて湯の山温泉駅に向かえば、一時間もかからずに駅に着くこともわかった。

 

駅まで一キロちょっとの所まで来たので、後は下り坂をそのまま行けば駅だろうと地図も見ずに進んでいたが、一向に駅が現れない。そこで、地図で確認すると、駅とは反対方向に進んでいるではないか。慌てて軌道修正して、無事に駅にたどり着いた。

 

その晩は四日市に泊まったが、前から気になっていた四日市を起点とするあすなろう鉄道の本支線に乗ってきた。車両幅の狭い軽便鉄道というやつで阿下喜でものったことがあるやつだ。
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2022年3月26日 (土)

東海自然歩道 宇賀渓

今日は若い頃によく訪れた御在所岳の麓の小屋までの今回で一番のロングコースである。ところが、歩きだしてすぐに体の異変に気づく。連夜の 深夜残業で疲労がたまっているのか、体に全く力がはいらないのである。そこで、コース予定のうち、前半の宇賀渓だけに止め、後半の朝明渓谷等は最終日に持ち越してショートカットして予約してある藤内小屋に向かうことにした。
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宇賀渓までは自然歩道は県道を離れた細い道を行くようであるが、途中特に見るべきものもないようなので、分かりやすい県道を行くことにした。若い頃に歩いた鈴鹿連山を眺めながらの楽しい行程である。

 

やがて宇賀渓に近づいたが、ここらでは名の知られた景勝地のはずなのに全然観光地っぽくないのである。渓谷に降りる道は私有地を通るらしくて立ち入り禁止となっているのである。ただ自然歩道と合流してしばらく歩くと、自然歩道は渓谷の方へ降りていったので、そこでしばらく休憩する。
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渓谷を離れて峠を越えて福王神社方面に下り、菰野駅方面につながるバス停まで歩いた。ところが、バスは菰野駅方面には向かわず、直接四日市まで行くようである、四日市経由で湯の山温泉まで行くと随分と遠回りになるので、タクシーを呼んで菰野駅に向かうことにした。

 

菰野駅から近鉄に乗り終点の湯の山温泉駅に着くと、最終バスは出てしまった後なので、またもやタクシーを使って湯の山温泉上部の青瀧大橋に向かう。途中通行止めがあって、最後は歩いて青瀧に降り、しばらく歩いて藤内小屋に到着する。客は私一人だったが、小屋の主人と昔話をして楽しい時間を過ごす。

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2022年3月24日 (木)

東海自然歩道 川原越え

昨夜は目的地の美濃津屋まで達せず、二つ手前の美濃高田止まりだったので、本来なら美濃高田からスタートすべきだが、今日は長丁場なので、美濃高田からのコースは最終日回しとし、美濃津屋スタートとするつもりだったが、美濃津屋周辺にはコンビニがなかったので、中間の養老駅スタートとすることにした。

 

美濃津屋まで歩いて川原越えに向かう。ところが、コースが目茶苦茶に荒れていて、一時間の予定が五時間もかかってしまった。岐阜と三重の県境である川原越えに着くと、岐阜県側のコースは廃止との立て札が。登り口にはそんなものはなかったぞ
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川原越えに予想外に時間をくったため、今晩も連日の残業となってしまった。

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東海自然歩道初日(松尾山)

今年初めての自然歩道歩きである。前回は関ヶ原の手前まで達し、三重県間近まで来ているが、今回は諸般の事情から初日の行動時間が短いため、関ヶ原の手前の道は最終日に回して、関ヶ原からスタートすることにした。関ヶ原の古戦場は過去にも二回来たことがあるのだが、当初は西軍に属したにもかかわらす、裏切りによって西軍敗北を決定づけた小早川秀秋が布陣した松尾山は頂上までいくとなると、多少は時間がかかりそうなので行かず仕舞いだったのだが、自然歩道自体が松尾山を経由していくということで、図らずも松尾山を目指すことになった。

 

松尾山は関ヶ原古戦場跡からは結構あり、一応は山登りなので観光客が気軽に来れるところではないようだ。山頂からは関ヶ原が一望でき、去就の決断に苦悩した小早川秀秋の気持ちを味わうことができる。というのも、決戦前に東軍に内通していて裏切りの機会を狙っていた小早川ではあったが、眼下の戦況は西軍が思いがけない善戦を展開したため、裏切りの決断がしづらかったものと思われる。
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関ヶ原の戦いに思いをはせた後に松尾山を後にする。人家のある自動車道にはすぐに降りられたので、養老鉄道まではすぐだろうと思ったら、実際は遠いこと遠いこと、桑名行きの最終にも乗れるかどうか怪しくなってきた。自分なりに頑張って歩いてみたのだが、最終は絶望的に成ってきた。
ただ大垣行きの最終は桑名行きよりも40分ほと後に発車するので、駅での仮眠というような最悪の事態は免れることができた。

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2022年3月16日 (水)

最後の難関

最終日となり、長崎空港から飛行機で戻るだけだった。長崎空港はだいぶ以前に仕事で何度か利用したことはあるのだが、すっかり忘れてしまっており市内から遠いのにビックリした。仕方ないのでJRで大村まで行き、そこから自転車で空港まで行こうかなと思ったが、空港のある島に渡る橋が自転車走行禁止になっているではないか。まあ自転車を降りて歩道を引いていく分にはかまわないらしいか、随分と時間がかかりそうた。一番楽なのは大村駅からタクシーに乗って行くことだが、タクシー代がかなりかかるだろう。

 

他のアクセス方法を調べてみると、長崎郊外の船着き場からフェリーで行く方法と、長崎のバスターミナルからリムジンバスに乗って行く方法もあった。これだとバスにはトランクがあるので自転車を運ぶこともできるようだ。ただいずれの方法も、昨日乗った特急かもめの続きである黒かもめには乗れなくなる。それにフェリーだと船着き場にたどり着くのもたいへんそうだ。さらに調べてみると、諫早駅からも空港行きのバスが出ていることがわかり、これなら黒かもめに乗ることも出来るので一石二鳥だということになり、これを選択することにした。

 

長崎駅に着くと先発の白かもめが既にホームに停車していたが、もちろんそれは見やって開業間近の新幹線ホームを眺めたりして時間を潰す。見たところではほとんど完成しているようにも見え、なぜ秋まで開業を待っているのだろうと不思議に思えてしまう。しばらくして入線した黒かもめに車内清掃が終わってから乗り込むが、違いは白かもめにあったようなデッキがロビーのように広いスペースはないことだった。新幹線開業後に走るリレーかもめはどういう車両が走るのだろうか。どうも今回、わざわざ長崎まで来て宿泊したのはかもめに乗るためだけだったような気もするが、まあいいか!
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諫早駅に戻ってバスターミナルに行くと、なんと諫早からは空港行きのリムジンバスは通っておらず(長崎駅行きはあるのだが)、空港行きのバスは路線バスで当然トランクはないとのことである。ただ車内持ち込みは認めてくれたので(二人分の料金は必要だったが)、車椅子用のスペースに置くことにした。途中、病院にも立ち寄った際には車椅子の人も見かけたが、乗り込んでくることはなかったのでホッとした。
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路線バスだけに空港までは随分と時間がかかったが、早めに出発したので、フライトのチェックインには余裕をもって間に合った。これでトラブルはもうないと思いきや、土産を買って早々と保安検査をすませてしまうと、その先には売店しかないではないか。ちょうどお昼時だというのに大失敗であった。なんとか腹の足しになりそうなものを選んで、夕方に羽田に着くまで我慢することにした。トラブル続きだった今回の旅は最後にもトラブルを残してくれていた。

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島原半島一周でツーリングを終える

前日の島原半島一周の続きを小浜から再開する。第一段階は半島南部を回って、半島東側を走る島原鉄道の終点の島原港駅までの54:キロ、これで半島一周の最低限は達成できたと言える。第二段階は半島を一周する小浜からの道と島原からの道が合流する島原鉄道愛野駅付近までの31キロ、これで半島一周は完成する。第三段階はさらに長崎駅までの30キロ、これで鹿児島から長崎までのツーリングは完璧になる。

 

今日は雲ひとつない快晴で水平線まではっきりと見渡せる。昨晩、ヨレヨレの体で雨に濡れながらのツーリングをしなくてよかった。
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半島を南下するにつれて、熊本方面の陸地が見えてくる。熊本県内をツーリングしている時は全く見えなかった有明海も、今日はずっと視界の中である。さらに進むと島原の乱で有名な原城址が現れる。天草四郎をリーダーに祭り上げてキリシタンが幕府に反乱した事件である。城郭は取り壊されていて石垣と空堀が残っているのみである。
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正面の天守閣は絵

 

ここからひと頑張りで島原港駅に着き、目的の第一段階はクリアできたが、時間はまだ一時過ぎなので愛野駅まで頑張ることにした。
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愛野駅には5時前に着き目的の第二段階までは果たすことはできたが、さらに長崎駅まで向かうと到着が遅くまでなりすぎるので、愛野駅を今回のツーリングのゴールとすることにした。
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その代わり、今秋の長崎新幹線開通で廃止されてしまう在来線特急に乗って長崎駅に到着することにした。特急かもめは白い車体と黒い車体があるので、今夜の長崎着は白かもめで行き、明日の空港行きは黒かもめに乗ることにした。
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今晩はツーリングの打ち上げということで、ホテル近くの中華料理店でチャンポンと紹興酒を注文する。チャンポンはどこでも食べられるが、まあ本場ということで、長崎まで 無事に到着したことを祝うことにした。
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2022年3月14日 (月)

雲仙岳(二百名山、長崎県最高峰)登頂

ゴールの長崎を目の前にして、やり残したことが二つある。ひとつは二百名山でもあり長崎県最高峰でもある雲仙岳に登頂することと、もうひとつは島原半島を一周することである。この二つを同時に行おうと、半島を一周する道路の途中にある小浜温泉まで自転車で行き、そこから諫早方面発のバスに乗り込んで雲仙温泉に向かい、雲仙温泉から雲仙岳を往復後に小浜温泉に戻って半島一周の続きを行うつもりだった。

 

雲仙温泉行きの小浜温泉発のバスは10時27分というのがあるので、小浜温泉までの距離30キロから逆算して、7時半にホテルを出発する。毎度のことながらのアップダウンを繰り返して予定時間内に小浜温泉に到着。裏通りの神社入口に自転車をデポして雲仙温泉行きのバスに乗り込む。雲仙温泉までは標高差500メートルほどの急な登り坂で、自転車で登ったら半日がかりとなりそうで、山に登る余力が残っているかどうか。

 

雲仙温泉は山の中腹にある温泉街で、箱根や湯の山温泉よりも奥深いところながら、ひなびた感じはしないところである。たくさんの○○地獄があって、それらをめぐる遊歩道が縦横に走っている。ネットで調べたところでは登山口である仁田峠までは、遊歩道の途中から分かれるとなっていたが、遊歩道には仁田峠の標識はなく、一時間ほどうろうろした挙げ句、元の所に戻ってしまった。そこで地元の人に聞いて、なんとか仁田峠への道がわかったが、ほとんどの人は車で仁田峠に向かい、歩いて登る人は希なようである。峠から山頂までは1~2 時間であるが、途中から急登となる。平日ということもあるか、天気が今一つということもあり、登山者はほとんどいなかった。

 

雲仙岳の最高峰は雲仙噴火の時に出現した平成新山であるが、立ち入り禁止となっているため、隣の普賢岳に登頂し、3時半過ぎのバスを目指して急いで下山する。
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予定のバスにはなんとか間に合ったが、半島一周を終えるには五時間以上はかかりそうなので、疲労具合も考慮して自転車は小浜温泉に駐輪したままで今夜は諫早のホテルに戻り、明日出直すことにした。

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2022年3月13日 (日)

経ヶ岳(佐賀県最高峰) 登頂と長崎県到達

経ヶ岳へは海岸線を10キロほど進んでから内陸部に入っていく。登山口までは距離は約10キロ、標高差は約500メートルなので、平均勾配は5%ということになるが、終盤の勾配は10%以上の所も出てくるので 自転車を降りて引いていくことも多かった。

 

日曜日ということもあり、登山口には車がたくさん停まっていたのでそこそこ人気のある山なのだろうが、マーキングは随所にあるものの指導標はほとんどないので、初心者向きの山とは言えない気がする。自分も頂上から下山する際に南側に降りるべきところを、うっかり北側の道に紛れ込みそうになってしまった。
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登山口まで戻って、そこからのダウンヒルは快適だったが、登りと違ってにすぐに終わってしまい、後はまた海岸線に沿って諫早までの30キロのアップダウンが続いていた。途中で雨が降ってきて、一時は土砂降りになってきたので、平行しているJRに乗って帰ろうかとも思ったが、長崎県に入るまで頑張ろうとしたところ、雨も小降りになってきたので、そのまま諫早まで頑張ってしまった。目標の長崎県まで到達できたので、まずは一安心である。
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2022年3月12日 (土)

一気に佐賀県へ

今日の行程も100キロ近くあるが、最初の田原坂付近を除くとほぼ平らで走りやすいコースである。田原坂は西南戦争の激戦地で史跡にもなっているが、熊本ボランティアの時に立ち寄ったので今回は素通りする。

 

昼前には大牟田市に入り、県境を越えて福岡県に入ったことになる。
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その後に柳川を通過し、筑後川を越えると一気に佐賀県である。こんなに短い時間で県を通過できるところも珍しい。
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この日は佐賀県をさらに南下して、長崎県に向かって、佐賀県の半分くらいまで進んだが、大牟田から先は有明海をほぼ半周したにもかかわらず、一度も海を見ることができなかったことは残念であった。

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2022年3月11日 (金)

熊本  ボランティア思い出の地

今日は熊本までの比較的短い行程なので、のんびりと出発する。熊本までの途中に三角半島があり、海岸線踏破のためには一周しなければならないが、それだと時間がかかり過ぎるので、三角線に乗車して先端まで往復するだけにしておく。三角駅に到着すると、すぐに折り返して発車してしまうが、それだと行っただけということになるので、一本遅らせてその間に海の幸を味わうことにする。
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駅から少し離れた所に海鮮料理の店があり、海鮮丼と鯛茶漬けは同じ値段だったが、珍しい後者の方を注文する。結果は大成功だった(海鮮丼はどこでも食べられるし)。
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食後は海辺を散策してから駅に戻る。帰りの列車が発車して間もなく、東日本大震災発生の時間となり、1分間の黙祷を行う。
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震災の年は延で1ヶ月ほど現地のボランティアを行い、その後も、毎年3月11日は現地を訪れたり、都内の集会に参加したりしたが、一応10年がたったことでもあり 、自分としては区切りをつけることとした。いまだ避難したままの方も大勢いらっしゃるし、復興も半ばであることは重々承知してはいるのだが

 

三角から電車で戻り、熊本へのツーリングを再開する。熊本に着くと、真っ先に熊本城に向かう。熊本地震の時も何度か現地ボランティアに参加したが、その時は熊本城は崩壊寸前の悲惨な状況にあったが、天守閣は見事に復旧されていて、観光客もたくさん訪れていた。着いた時間がクローズ間近だったので、城内には入らず、外の売店で城を見ながら、おつまみセットを楽しむ。
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その後 は自転車で城の回りを一周する。観光客は気づかないところだが、城全体がいかに広大であるかを実感した。また天守閣あたりの復旧はほぼ終わっているが、全体としては手付かず状態といってよく、完全復旧にはまだ相当の時間がかかるように思えた。
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その晩は、熊本名物の馬刺と球磨焼酎やトンコツラーメンを味わった。
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2022年3月10日 (木)

釈迦ヶ岳(福岡県最高峰)登頂

今日は福岡県の最高峰である釈迦ヶ岳(1231メーオル)を登るために羽犬塚駅を始発バスで出発する。1時間半ほど揺られて終点の手前で下車する。自分が下車すると、バスは空席で終点に向かう。いつまでこの路線は存続するだろうか

 

登山口までは2時間弱の歩きである。アプローチを歩くのはこのくらいが限界かな・・・。ここからは、御前岳を経由して釈迦ヶ岳に達するコースと南側から直接に釈迦ヶ岳に登るコースがあるが、コースタイムがよくわからないので、時間が足りなければ釈迦ヶ岳のみで帰るということで後者から登ることにした。

 

後者のコースはしばらくは林道を辿ってから山道となる。頂上までは急登が続くが、山自体が高くはないので少しの頑張りで頂上に達する。さすがに県内最高峰だけに平日にもかかわらず、そこそこの登山者があった。 
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思ったよりも早く登頂できたので、御前岳経由で下りることにした。登山口におりてからの林道歩きも急ぎ足で下ったのて、予定よりも一本早いバスに乗ることがてきた。これで都道府県最高峰登頂は41座となり(県境に位置する山があるため、都道府県数より少ない)、残すは九州の三座のみとなった。

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2022年3月 9日 (水)

出水から八代

ホテルを出発して、しばらく上り坂を登って峠に着くと熊本県との県境であった。「不要不急」の県外移動を行った先の熊本県はまだ蔓延防止の延長期間中であった(鹿児島県は解除済み)。ワクチン三回接種済みの自分にはあまり関係のないことで、基本的な感染対策を続けるだけである。
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熊本県の南端は水俣病で有名な水俣市である。水俣病というのは、チッソという企業がメチル水銀を工場廃水として海に放出し、それによって汚染された魚を食べた地元の人か神経の麻痺が生じて多くの人が亡くなった公害病である。日本の公害の原点は明治初期の日本の近代化に先だって起きた足尾鉱毒事件であるが、水俣病は高度成長とともに起こった各地の公害病の先駆けである。

 

自分が若い頃に水俣病患者支援の運動に加わったこともあり、ぜひ水俣は訪れなければならないと思い続けたことがようやく実現することとなった。水俣病資料館というのがあるはずだが、なかなか見つからない。地元民にとっては負の記憶という意識があるのか、外部の人にはあまり知らせたくないのかもしれない。

 

グーグルマップで場所を探し出して訪ねてみると、感染防止のために休館中であった。残念だが仕方がない。ただ資料館は旧チッソ工場の隣接地にあり、石牟礼道子さんの小説「苦海浄土」の舞台となった不知火海が見渡せる所だったので、患者の方々に思いをはせることはできた。
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水俣市から今日のツーリングの目的地である八代駅まではアップダウンが連続してなかなかたいへんだったが、途中に水仙が群生している公園で休憩したりして目を楽しませることができた。夕方には八代駅に着いたが、今日の旅はこれでおわりではない。

 

自転車を駅前の駐輪場に停めて鹿児島本線に乗って福岡県に向かう。今回の旅のもう一つの目的である各都道府県の最高峰登頂を目指して福岡県最高峰の釈迦ヶ岳の最寄り駅である羽犬塚駅に向かうためである。距離的には熊本駅あたりまで自転車で移動してからの方が近いのだか、五日間連続で自転車を漕いだので、骨休め?のため、明日は自転車でなく、山登りとしたかったのである(使う筋肉が違うため)。また八代駅から切符を買うと、往復は200キロを超えて大人の休日クラブの三割引きが適用されて、熊本からよりも安く済むのである。

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加世田から出水

今日の行程はアップダウンこそ少ないものの距離では今回で一番長いためにそれなりの意気込みで臨む。走り出してすぐに自転車専用道に出会ったので、海岸沿いを23キロ以上走れるかと期待したら、すぐにゴールに到達してしまう。実は全長2.3キロを見誤ったのであった。
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仕方なく国道に戻るが、こちらも時々は海岸沿いを走るので南国気分を味わうことができる。今朝は早出だったので、11時過ぎに道沿いにあるラーメン屋に入る。食後に目的地までの距離を調べてみると、50キロくらいかと思ったらなんとまた70キロもあるではないか。一瞬ガツカリしたが、まだ昼前なので十分時間があることに気づいて気を取り直す。
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午後も延々と走り続けて今日のゴールである出水の手前まで来る。ここで地図でよく調べると、ゴールまで数キロは短く行けるコースを発見したので、躊躇なくそちらを選んだが、ジェットコースターのようにアップダウンの激しいコースで、距離的には短かかったものの、時間的には早かったかどうかはわからなかった。それはともかく、長いコースをクリアでき、熊本県との県境まで目の前まで迫ることができた。

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2022年3月 7日 (月)

西大山~加世田

昨夜泊まった枕崎から西大山まで戻ってツーリングを開始する。西大山は日本最南端の駅ということで鉄っちゃんが何人かが下車したようだ。ただ一度下車してしまうと次の電車まで何時間も待たなければならないので大変だが私は自転車なのですぐに出発する。
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鉄道は開聞岳の北側を通るが、自転車では南側を回っていったので結構時間がかかった。その後も海岸線を通っていこうしたが、時間がかかり過ぎるので諦めて幹線道路を進むことにした。枕崎には昼過ぎに戻り、漁港が見えるレストランで食事をとる。枕崎といえばカツオが有名なので、さしみ定食を堪能する。
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今夜の泊まり場の加世田までは最短経路だと2時間弱だが、それだと近すぎるので海岸沿いにしばらく進む。半島の先まで行こうとすると時間がかかり過ぎるので、坊津まで進んでから山を越えて加世田に下る。半島をショートカットしたため6時過ぎにはホテルに着くことができた。
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2022年3月 6日 (日)

桜島から根占

鹿児島市内のホテルを出発してフェリーで桜島に戻り大隅半島の南下を再開する。
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桜島の南回りの道もそこそこアップダウンがあったが、垂水までは比較的平坦であった。鹿屋方面には海岸線を行くものと市街地を経由するものがあり、当初は海岸線を行くつもりだった。ところがうっかりして市街地経由の道を進んでしまった。途中で気付くも、戻るのも面倒だったし、市街地経由の方が昼食をとれる場所もあるだろうと、そのまま
進んでしまったが、なかなか登りがきつくてたいへんだった。

 

昼食後に海岸線に降りて、薩摩半島へのフェリーが出ている根占に向かう。順調に進めて早めのフェリーに乗れそうだと喜んだのも束の間、船着き場が閑散としているのに不吉な予感がした。案の定、近づいてみると、本日欠航の案内がでているではないか。私が到着した時間は海は穏やかに見えたのだが、朝は荒れていたらしく、そのために今日1日はすべて欠航としてしまったらしい。
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さあどうする。明日までここで待つとすると、明日以降のスケジュールがかなり狂ってくるし、今晩の宿探しからしてたいへんだ。それでは桜島まで戻るか、もちろん自転車では体力的にも時間的にも無理なのでタクシーということになるが。地図をもう一度調べてみると、桜島の手前の垂水からも薩摩半島にフェリーが出ていることを発見し、早速電話してみると、平常どおり運行していることもわかり、タクシーを呼んで垂水に向かう。
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無事に海を渡って南鹿児島駅から今夜の予約地の枕崎まで最終で向かえることになり、明日のスケジュール遅れも最小限に止めることができた。

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2022年3月 5日 (土)

桜島展望台(現在登れる最高地点)まで自転車で

ネットカフェを出発してしばらくすると錦江湾が見えてきた。
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さらに進むと遠くに桜島も望めてくる。また途中には廃線となった志布志線の鉄橋も見られた。
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やがて道は桜島の周回路に分岐するが、それとともにアップダウンに苦しめられるようになる。
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なんとか桜島港まてたどり着くが、鹿児島港へ向かうフェリーに乗り込む前に一仕事が残っている。それは二百名山である桜島の展望台である湯の平まで登ることである。標高差370メートルをあえぎながら登って達する湯の平展望台は桜島の噴火のために制限されている上限である。三百名山一筆書きの田中陽希君もそこまでしか行ってないはずである。
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下りは自転車だとあっという間である。明日も大隅半島を南下するため、自転車は駐輪場に停めて空身でフェリーに乗り込み、鹿児島市内のホテルに向かう。シャワーを浴びてさっぱりしてから居酒屋に出かけ、鹿児島ならでわの焼酎を飲みながら、さつま揚げときびなごで舌鼓をうった。
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鹿児島へ

今回の鹿児島からの日本列島海岸線の旅は当初は1月の沖縄県名護市長選挙に合わせて沖縄を振り出しに海路で鹿児島に渡り、熊本あたりまで行く予定であったが、コロナ感染が猛威を振るい、特に沖縄は米軍基地由来の感染がひどかったこともあり、中止を余儀なくされたものの仕切り直しである。今だ東京の蔓延防止は解除されてないが、鹿児島県は来週から解除予定であり、三回目のワクチン接種から二週間経過して抗体も十分できているであろうということから、出発することにした。ただ沖縄からの海路経由は今秋予定されている県知事選挙の応援で沖縄を訪問する予定のため、その時までお預けとし、代わりに余った日程で長崎まで足を延ばすことにした。

鹿児島までは新幹線を乗り継いで行くこともできるが、新幹線経由は時間も費用もかかる上、長時間の乗車は感染リスクも高いことの他、今秋には長崎新幹線が開通するので、新幹線はその時に乗ることとし、今回は飛行機を利用することにした。飛行機に自転車を乗せるのは、北海道やアメリカに行って以来で久しぶりだが、前は比較的頑丈なマウンテンバイク仕様だったのに対して、今回は華奢なロードレーサーなので、無事に運べるかどうかが心配だった。飛行機の荷物収容スペースは多少減圧しているとのことなので、細いタイヤのロードレーサーでは破裂する場合もあるとのことで、ある程度空気を抜いてから預けることにした。それが効果があったのか、鹿児島空港では無事に戻ってきたが、その代わりに空港から先ではタイヤの空気不足で快適な走行とはならなかった。 

今回は最初は始発便を予約してあったのだが、直前に運休の連絡があって振替する必要に迫られた。一本後らせることも考えたが、そうすると一日目の行程がキツクなるので、思いきって前の日の最終便に振り替えることにした。なぜかというと、空港から1時間ほど進んだ所にネットカフェがあるので、そこに泊まれば翌日の行程も楽になるし、始発便に乗るために早起きする必要もなくなって一石二鳥だと考えたからである。ただ実際には道に迷ってしまい、ネットカフェまでは2時間ほどかかってしまったが・・・

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