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2023年6月14日 (水)

板東33ヶ所札所巡り(最難関の茨城県を終える)

茨城県は板東33ヶ所札所巡りにおいて最難関の県であると言える。千葉県との境に位置する土浦の札所が隣の銚子の札所から90キロ以上離れていて、板東33ヶ所札所間では最長となっている外、最北にある21番の日輪寺が隣の札所との距離はいずれも70キロ前後と長い上に往復10キロ以上の急坂を有しているのである。

 

今回はその日輪寺を目指すことになるのだが、初日は前回男体山から下山した上小川駅から日輪寺麓の常陸大子駅までの10キロ程度の短い行程である。今夜の宿はその常陸大子の駅前にある昔ながらの旅館だが、これより奥に進んでも町はなく集落が点在して雑貨屋が数軒あるのみなので、時間的には勿体ない気はするものの、ここに泊まらざるをえないのである。

 

常陸大子はシャモの名産地だそうなので、地元の専門店に行ってみる。シャモを名産品として売り出したのは、そう古いことではなく、地元の仕掛人の発案が当たって、今では60店もがシャモ料理を扱っているとのことである。焼鳥のコースを注文したが、一見したところではブロイラーのものと区別がつかないが、食べてみると気のせいか独特の味わいが感じられた(ということにしておこう)。ニコル氏の色紙も飾ってあったので地元でも有名な店らしかったが、値段の方もそこそこであった。
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翌日は長丁場が予想されたために5時には宿を出る。人家もまばらな田園地帯を進んでいくと、栃木県方面から来る道と合流する。明日はこの道を栃木方面に進むので、ここにテントを含めた荷物を置いていってもいいのだが、この先にあるはずの雑貨屋で食料を補給する予定なので、そのまま荷物を担いでいく。

しばらく歩いて雑貨屋に着いたので、今日の行動食とテント泊時の飲食物を買い足す。ここから札所までは往復22キロあるので不要な荷物は置いておきたいところだが、まわりには人家もそこそこあるので、道端に荷物を置きっぱなしにしておくのも憚れると思って、もうしばらく進むことにした。すると郵便局があって庇の下は雨もあたらず荷物を置くには絶好である。しかも今日は日曜日で郵便局はお休みだし、まわりに人家もないとお誂えむきである、

荷物を二つに分けて軽い方を担いで出かけようとした時に郵便局の隣に屋根付き駐車場なのか倉庫なのかわからないが、雨が降ってもテントが濡れずにすむ場所があるのを発見する。郵便配達の車が昼間は出払っていて夜になると戻ってくるのかもしれなかったが(事実、その後に郵便配達車と道で出会った)、その場合は別の場所にテントを張ればいいやと、札所を目指して出発する。

しばらく進むと人家もなくなり、那須方面への道と別れて札所に向かう往復16キロの道に入る。下の方は傾斜が緩かったが、次第に傾斜がきつくなってくる。前回は自転車を利用したのだが、よくこんな坂を登ったものだと感心する。札所に近づいてくると雨も強くなってくる。お寺の前には車が一台停まっているが、外に参拝者もいないようなので住職のものだろう。

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参拝を済ませて長い々々を下っていると、さきほどの住職の車に抜かれる。寺には泊まらずな麓から毎日通っているのだろう。郵便局に戻ってきた時はもう暗くなっていたが、隣の建物は相変わらずからっぽだった。途中で出会った配達車はどこへ行ってしまったのだろうと思ったが、有り難くテントを張らしてもらい、夜中の雨にもテントが濡れずにラッキーであった。
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翌朝は薄暗いうちから出発して、茨城から栃木への県境越えを目指す。今日は30キロ弱のほぼ下りだから楽勝だろうと思ったのだが、足が重くて行程がはかどらず、昼食時までにスーパーに辿り着けるかどうか心配になってくる。もちろん、途中には飲食店もコンビニも一切ないのである。いやになるほど歩いて栃木県に向かう国道に出て一安心するが、道は緩やかながら登りになってくる。ここまで来て登りかよと思ったが、その先は峠で栃木との県境であつた。ようやく茨城県を抜けられたという喜びもあったが、空腹となってきていたので、早くスーパーに着いて弁当でも買いたかった。
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重い足取りでスーパーがあるはずの地点まて下りたのだが、あるはずのスーパーが見当たらない。ぐーぐるマップではスーパーがあるはずの場所はなんと空地になっているではないか。やむを得ず持参していた干し芋で空腹を充たしてバス停に向かう。バス停からJR氏家駅まては乗りでがあったが、駅での接続も良く宇都宮行きに乗り換えて、宇都宮で名物の餃子にありつくことができた。
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