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2025年10月

2025年10月24日 (金)

上高地に全員集合

娘が1歳の誕生日の時に上高地に親族が全員集合したのに続いて、その二十年後にも上高地に集合したが、今年はさらに二十年たったので、三度目の全員集合となった。

 

10月18日

 

第一回の全員集合の時からの常宿である中の湯温泉に送迎バス、路線バス、マイカーとでバラバラに向かい、全員集合は4時半過ぎであった。夕食後にバースデーケーキで娘の41回目の誕生日を祝った。
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孫2人に星空を見せたかったが、あいにく雨模様となってしまった。明日の上高地は晴れてほしいものである。

 

10月19日

 

全員の日頃の行いが良かったせいか、雨は止み天気は回復傾向であった。宿の送迎バスで上高地に移動し、下車すると全員集合の記念撮影を行うべく河童橋に向かう。

 

河童橋に着くと、相変わらず観光客で賑わっていたが、まだ穂高の峰々は雲に覆われていたので、しばらく辺りを散策して天候回復を待つ。

 

小一時間もすると稜線も望めるようになったので、全員集合の記念撮影を行う。
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これで今回のスケジュールは成功裡に終わったが、しばらく時間を潰した後、子供たちは帰宅するためにバスに乗り込み、妻とその妹二人は平湯温泉に向かうので、ここで私は一人になって横尾のキャンプ場に向かう。

 

穂高周辺はほとんど歩き尽くしているが、まだ訪れたことがないところで、前から行きたかった氷河公園の天狗池を訪れるために横尾に泊まり、余裕があればさらに翌日に涸沢も往復してこようという欲張った計画である。

 

10月20日

 

夜中にかなり雨が降ったが、明け方になると天気は回復してきたので、7時に予定どおり出発する。天狗池と横尾の標高差は900メートルちょっとあるが、12時頃には到着し、4時頃には横尾に戻れるだろうと皮算用をしていたが、「取らぬ狸の」であることを思いしらされることになった。

 

必要最小の荷物しか持たず空身とかわらないほどの荷物鹿背負っていないにもき関わらず、まるでぺーすが上がらず、他の登山者に抜かれっぱなしになる。ここで、天狗池の到着予定時間を1時に変更せざるをえなくなった。

 

森林限界を越えると槍沢上部の視界が開けて素晴らしい眺めである。右側には若い頃に登ったことがある赤沢山の岩壁が望めて、嫌が上でも元気が出てくる。その割にはペースは依然として上がらないが・・・
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やがて道は槍沢と別れて天狗池方面に向かうことになる。到着予定時間の1時には目的地の高度近くまでは達したが、天狗池まではしばらくは高度はほとんど上げずに斜めに登っていくことになる。

 

振り返ると、今までは見えなかった槍ヶ岳の穂先が間近に望めて、ここまで来た苦労が報われた気がしてきた。間もなく天狗池に達したが、残念だったのは紅葉はほとんど終わっていたことである。こればっかりは仕方のないことである。
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わずかに残っている紅葉や池に映る逆さ槍を写したりしているうちにあっという間に時間は経ってしまい、下山を開始したのは2時半となってしまい、明るいうちに横尾まで降りられるかどうかは微妙になってきた。まあ暗くなってから下山したからといって別にどうということはないのだが・・・。熊の出没リスクは高まるが、熊ホーンという強力な武器もあることだし(登山者が通らない時間帯でないと、安易な使用には顰蹙を買いかねないが)

 

結局、横尾に戻ったのは6時を回ってしまい、真っ暗になっていたが、疲れ過ぎたためか食欲もあまりなかったため、小屋でロング缶を買い、中の湯から持ち越したツマミで無事成功を祝い、カップ蕎麦で締めることにした。

 

10月21日

 

当初の予定では、本日は涸沢まで往復するということでしたが、昨日の疲れも残っており、天狗池の様子から察すると、涸沢の紅葉も終わっている公算が強いので、涸沢までは行かずに途中の屏風岩の全容が望める地点まで行くことにした。

 

横尾から三十分ほど歩いた地点に屏風岩の全容が望める地点があったので、そこにしばらく滞在して、各ルートの確認をすることにした。四季を問わず通った岩場で10回近く登っているが、振り返れば懐かしい思い出ばかりで胸が熱くなった。30分ほど滞在してから、その場を後にしたが、もうこれで見納めかと思うと去りがたい気持ちで一杯であった。
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横尾から上高地までの下山は数え切れないほど通った道であるが、思い出に浸りながら歩いていると思いの外早く上高地に着くことができた。天気は下り坂であるにもかかわらず、河童橋からの穂高のパノラマは初日の時よりも見事であった。
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上高地のバスは今は予約制になっているので、帰りの時刻が未定で予約をしていなかったことから少し不安があったが、1時間ほど待ち合わせで乗ることができたし、ラストオーダー5分前に食堂に入れてランチにありつけたのはラッキーであった。

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2025年10月13日 (月)

ハセツネカップ

奥多摩72キロを走る日本山岳耐久レース(通称、ハセツネCUP)には二十年ほど前はほぼ毎年出場していたが、寄る年波には勝てず、今回は応援のみに出かける。

まずは刈寄山経由で入山峠に向かうが、早く着きすぎたので選手の到着まで1時間半ほど待たされる。やがてやってきたトップの選手は昨年の優勝者で2位以下を大きく引き離して早くも独走態勢である。


その後は次第に選手の間隔が狭まり数珠つなぎとなる。2時間ほど応援し、選手もまばらとなってきたので、今熊山方面に下りだす。最終走者とスイーパーを見送ると山はまた静けさが戻ってくる。



五日市駅に戻る途中で以前東側からアプローチして辿り着けなかった網代城山を西側からの登路近くを通るので、すでに暗くなりかけていたが標高差100メートルちょっと登るだけなので寄り道することにしたので、五日市駅に戻った時は真っ暗くなっていた。その時急に思いついたのだが、今年からスタートとゴールが駅前に変わって1時間ちょっと待てば、トップの選手のゴールが見られるので、コンビニ弁当を食べながら、ゴールを待つ。


トップでゴールしたのは、入山峠を1位で通過した岩間大和選手で2連覇、3回目の優勝で、2位には30分以上の差をつけた圧勝だった。

















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2025年10月 4日 (土)

関東ふれあいの道 茨城県NO1〜5

だいぶ涼しくなってきたので平地での行動も可能と判断して、関東ふれあいの道の茨城県コースの仕上げに向かうことにした。まずは北部のコースのNO1から5までを1日でつなげないかと考えてみた。単純に各コースの参考タイムを合計すると20時間以上となってしまうが、本来のコースは度外視して各コースの撮影ポイントを繋げるだけならば、舗装路だけで60キロ程度なので、多少はアップダウンはあったにしても、自転車ならば1日で行けるだろうとはんだんした。ただ長丁場になることも考えられるので、前夜に小山駅周辺で一泊して、1日をフルに活用することにした。

 

10月4日
朝8時半に真岡鉄道茂木駅を出発して約10キロ先の那珂川に下っていく。那珂川沿いに5キロほど緩やかに下って御前山青少年旅行村への分岐点で那珂川を渡る。旅行村まで300メートルの所から傾斜が急になるので、自転車は置いて歩き始める。旅行村にはほどなく着いたが、撮影ポイントは展望台とのことなので階段を登り始めるが、これが長いったらありゃしない。性根もついた頃にようやく展望台に到着する。

 

ここから本来のNO1のコースは御前山を越えていくのだが、NO2のコースの撮影ポイントである仏国寺に向かってショートカットするために反対側の御前山ダムに向かう。

 

御前山ダムに沿ってしばらくは平坦な道が続くが、そのうちに登りが現れるのだろうと思っていたところ、気が付かないうちに下りに変わって仏国寺の階段下まで来てしまったのには拍子抜けしてしまった。ただ仏国寺の階段がまた長くて往生してしまった。

 

仏国寺からコースNO3の徳蔵寺までは基本下りで楽であった。徳蔵寺にも少し登りがあるだけで辿り着けるが、撮影ポイントである大師堂の建物がどこだかわからず、参拝している人に聞いて、なんとかわかった次第である。

 

ここからは本来はNO4のコースに入るべきであるが、NO5のコースの撮影ポイントである楞厳寺(リョウゴンジ)がコースの始めにあって、そちらに先に寄った方が効率的なので、順序を違えて行くことにする。

 

楞厳寺へは久々に登りとなって、間もなく山門に着く。まだこれから登らなくてはならないのかと思って資料を見てみたら、撮影ポイントは山門とのことなので、ショートカットと決めている本日はこれ以上は登らなくていいことになったのでホッとする。

 

本日の最後のコースとなるNO4の撮影ポイントである佐志能神社に向かって移動するが、途中通過する笠間稲荷神社付近は土曜日といつこともあって、かなりの観光客でにぎわっている。

 

喧騒を逃れて佐志能神社を目指して坂道を登りだすが、途中で雨が降り出してくる。神社の下の駐車場に自転車を置いて神社を目指して登りだすが、神社のすぐ下に天守跡の石碑かあり、こちらも撮影ポイントのようなので、写真を撮っておく。

 

これで降りてもいいようなものだが、佐志能神社はすぐ上にあるようなので、足を延ばしてみる。すると「崩壊の危険があるので立入禁止」の立札がある。ここで思い出したのは、神社のある場所は関東百名山(ただし、同名書籍の新版のみで取り上げられている)の佐白山の山頂でもあり、数年前にも山頂手前までは来たものの、立入禁止ということで引き返してしまい後悔したことがあり、今回登らないと永久に登る機会がないだろうということから、自己責任で登ることにした。

 

立入禁止の柵を越えて神社まで登ってみると、たしかに神社は崩壊寸前だが、東日本の震災以来そのままに放置されているようで、有力な氏子がいないためなのだろうか?まあ建物によりかかりでもしない限りは危険はないが、立入禁止としているのは、万一の場合の責任逃れなのだろう。
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関東百名山(新版分だが)の登頂という思いがけない成果も得て下山し、笠間の駅に着いて自転車を解体すると、それを見計らったように小山行きの電車もやってきて、早い時間に帰宅することができた。

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