歩き

2021年10月12日 (火)

三方分山

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山梨百名山98座目は三方別山である。この山には何回か計画を立てながら、いずれも挫折している。それは、この山が難しいからではなく、逆に易しいために、他の山を登ったついでに登ろうとして、時間が足りなくなって登らず仕舞いが続いていたというのが本当のところである。そこで今回初めて、この山だけを単独で登ってみることにした。

 

山梨百名山登山でよく利用した身延線を今回も利用する。芦川駅から三方別山登山口までは11キロあるがバスは走ってないので、またまた自転車利用となる。ただその区間の標高差は200メートル程度なので、この位であれば、私でもさほど苦にならない。

 

地図上の登山口には11時過ぎに着いたが、登山道が見当たらない。地図で登山道が始まっている場所は民家(廃屋? )の庭先で、無断で立ち入ってみたか、行き止まりとなっている。やむをえず、少し下流まで行って見ると、駐車場の横に細い道が続いているのを発見。辿ってみると、上の方まで続いているので、どうやら登山道に間違いないらしい。

 

急な登りを2時間ほど続け、そろそろ釈迦ヶ岳が近いかなと思う頃に林道に飛び出す。五万図には記載されてない道だ。しかも、そこから先は地図には書いてある稜線上の道が見当たらない。やむをえず林道を進んでいくと、山頂を巻くように尾根を乗越すところに梯子がかけてあって、釈迦ヶ岳、三方別山方面と書いてある。林道をそのまま進んでも三方別山に続く稜線の鞍部に出られる気がしたが、なにしろ林道は地図に載ってない道なので、標識通りに進むことにした。

 

急な登りは釈迦ヶ岳直下の稜線まで続いていた。稜線を左に行くと釈迦ヶ岳山頂のようだが、気がせいていたのて、右に進んで三方別山を目指す。鞍部まで少し下ると、すぐ下に林道が見えてくる。林道まで下る道もあるようなので、帰りは近道を取ることとしよう。鞍部からの急登が傾斜を落としてコースが左に曲がったところに登山道という標識がある。帰り道の時にコースを右折せずに直進して尾根を取り違えてしまうという間違いをしやすい要注意の場所である。

 

ここまで来ると山頂は目前である。最後の急登を終えると98座目の山梨百名山の三方別山の頂上である。登山口からの標高差が900メートルちょっとなので3時間くらいで登れるかなと思ったが、休憩時間も含めて4時間近くかかってしまった。晴れていれば精進湖方面の展望も期待できたが、あいにくガスに覆われていて全く展望もなかったので、明るいうちに下まで下りたかったこともあり、早々に無人の頂上を後にする。

 

下りは先ほどの注意点を守り近道を通ったこともあり2時間で下山できたが、最後の所では足元が悪かったので念のためにライトをつけて下ることにした、登山口から芦川駅までは11キロで下り一方なのて、40分くらいで下れると思ったが、夜道を安全運転て行ったため1時間もかかってしまった。おかげで身延線の待ち時間が10分しかなく、自転車をばらすのにかなり焦ってしまった。

 

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2021年10月 5日 (火)

東海自然歩道 愛知県北部四日目

昨日、乗車したバス停まで行ってから、今日の行程が始まるが、そのバスは一時間に一本しか出てないので、頃合いを見てホテルを出発する。ついでに不要な荷物も駅のコインロッカーに預けておく。

 

バスを下車して勘八峡までは、GPS対応の地図とにらめっこしてようやく行けたが、次の広瀬までは完全に間違ってしまった。というのは広瀬方面に向けて北上していると、右側に東海自然歩道の 矢印があったので、広瀬方面の道であろうと歩を進める。しばらくは何の疑いもなく進んだが、どうも方向が東の方に向かっているようでおかしいと思い、次の標識をよく見てみると、行先が昨日、通行止めで行けなかった峠の先にある地名であることに気付き、反対方向に向かっていたことが判明する。昨日、正規のコースを進んでいれば、こんな失敗はしなかったろうに、約一時間のロスであった。

 

どうも、この失敗で意気消沈してしまい、広瀬を経由して猿投神社まで行く正規のコースはパスして、猿投神社までは最短経路で 行くという安易な方法を取ることになってしまった。もっとも30度近い炎天下の車道を行くのも楽ではなく、熱中症にならないように気をつけながらの道中であった。

 

猿投神社に着くと、かなりの車がとまっており、大半は猿投山に登山する人のようであった。神社から猿投山までも自然歩道となっており、神社まではズルをしてしまったので、ここは気合いを入れて登ろうとしたので、コースタイムが2時間10分のところを一時間半で登ることかできた。

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自然歩道は雲興寺に向けて西に延びているので、そちらに足を踏み入れたが、こちらには向かう登山者はほとんどいないようである。今日は雲興寺まで行く時間はないので、途中から自然歩道と離れて最寄りの駅までの長い々々車道歩きをして、ひとまず東京に戻ることにした。

 

今回は一日も自然歩道を完歩することができなかったが、ポイントとなる地点は繋げることはできたので、それでよしとしよう。

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2021年10月 4日 (月)

東海自然歩道 愛知県北部三日目



今日の行程は短いので朝寝をしてしまったため、出発は10時となってしまった。ホテルの前の道が自然歩道のコースとなっているため、そのままコースを進んで行く。途中で自然歩道は右側の小道を下りて行くようになる。暗い感じの道であまり気が進まなかったが、昨日は最後の自然歩道をパスしてしまった負い目もあって、自然歩道を選択する。ところが、これが悪い道で、ぐちゃぐちゃして崩れやすいところがあったり、薮っぽいところでは虫が多くて、何カ所も蚊に刺されてしまった。選択を悔やんだが、途中でコースアウトは出来ないので、1時間以上の時間をかけて上の自動車道との合流点まで進む。上の道を行ってたら、もっと楽かつ早く行けただろうに。

橋を渡って対岸の大島というところに渡り、地図と標識を頼りに自然歩道の道を進んでいくが、峠への登り口に「崩壊のため、峠には通行不可」の表示があってガーンである。迂回路についての説明はないため、自分で迂回路を探すしかない。南回りのコースを行けば良さそうなので進んで行くと、「東海自然歩道迂回路」の表示はあり、一応正しい道は進んでいるようだ。

 

夏空の下、車道を荷物を背負って(といっても10キロ強程度だが)3時間近く歩くのは辛いものがあったが、夕方近くになってようやく自販機のある所に辿り着いたので、遅い昼食を摂り、動物園もある鞍ヶ池公園の先にはコンビニもあったので、アイスクリームを買って火照った体を冷やした。

 

当初の予定では、勘八峽近くの公園にテントを張って泊まるつもりだったが、暗くなる前に勘八峽に着きそうだし、観光地の近くで早々とテントを張るわけにもいかず、深夜までとなると時間を持て余すことになるのでので豊田市までバスで移動して、駅近くのホテルで泊まって、翌日に勘八峽まで戻って自然歩道歩き再開することにした。ついでに豊田市のコインロッカーに荷物を置くことにより、最終日は軽装で行動することも可能となった。となると、今日中に勘八峽まで行く必要はなく、豊田市からのバスが通る停留所まで行って豊田市に向かえばよいことになった。

 

と言うわけで、豊田市駅に早い時間に着いたので、ホテルでシャワーと洗濯をした後、ホテル近くの居酒屋で一年半ぶりに飲食を行った。店内は若い人中心に盛況だったが(三密というわけではなかったが)、勘定してみて盛況なわけがわかった。そこそこ飲食したにもかかわらず、二千円でお釣りが来たのである。

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東海自然歩道 愛知県北部二日目

初日の通行止めによる行程遅れ2時間の回復は、本来は残りの三日間で均等に負担すればよいのだが、ホテルを予約している関係で、二日目にホテルまで到達していなければならないということで、1日だけで回復しなければならないことになってしまった。しかも回復すべき時間は2時間にとどまらない。当初の予定では、寧比曽岳(1120メートル)の山頂付近まで登ってテントを張るところだったのが、夜間に途中まで登るのも億劫になって、池のほとりにテントを張ってしまったため、実質的な遅れは4時間となってしまった。その割りには出発時間は5時とそれほど早くはならなかった。

 

寧比曽岳は高度はあまりない割りには登る距離は長い(つまりダラダラ登りが続く)ので、コースタイムでも3時間半となっているが、古傷の左足の関節が温まるまではゆっくり歩いたために登頂まで4時間半もかかってしまったために先行きは多難であった。寧比曽岳の頂上はかなり賑わっていたが、これは頂上近くの北側に道路が通じているため、そちらからの登山者が多いのだろう。

東海自然歩道は頂上から西に延びているが、そちらに足を踏み入れると、途端に人の気配がなくなる。金蔵連峠までは3時間近くかかるが、今日の行程の時間だけで考えれば、やっと半分に過ぎない。峠には車が数台停まっており、ここから寧比曽岳までピストンする人も結構いるようだ。ここで下山できる人がうらやましいが、先を急ぐことにする。

 

峠から綾渡集落までは2時間程度かかるが、集落の手前で自動車を横切るところで思案する。このまま自然歩道を進むと香嵐渓までは4時間近くかかるが、この自動車道を進むと3時間近くである。自然歩道の方が距離的には短いが、アップダウンが多くて1時間多くかかる計算となり、現在の時間3時半からすると自然歩道を選択すると途中で日没となるのは目に見えているので、自動車道を選択することにした。自然歩道をまた離れてしまうことになるがやむを得ない。

 

長い長い自動車道歩きを続けて香嵐渓に着いた時は真っ暗になっていた。自然歩道の出口を通過したが、あのまま自然歩道を行ってたらどうなっていただろうかと考えてしまった。今夜のホテルは香嵐渓の中心からさらに30分以上も歩かなければならない所で、今日の行程時間は休憩も含めて15時間というハードなものであった。

 

 

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2021年10月 2日 (土)

自然歩道 愛知県北部 1日目

緊急事態宣言明け、台風一過を狙って東海自然歩道の愛知県北部踏破に出掛けたのが、出鼻をくじかれてしまった。

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というのは、前回のゴールの田口バス停から西に向かって歩きだしたのだが、すぐに「道路工事のため東海自然歩道は巻き道を進んでください」との標示が飛び込んでくる。富士川から西に向かった時も同じような状態があり、自然歩道のための巻き道が作られていたので、今度も同じだろうと思っていたので、通行止めの標示の所にいる係員に巻き道について聞くが、わからないという。どうも自然歩道利用者のための巻き道はなく、既存の道を利用して巻くしかないらしい。そこで地図を調べると、北側の道から行けないこともないが、大巻き道となってしまい、どれだけ時間がかかってしまうかわからないという有り様だ。しかし、他に行き方かない以上は、そちらから行くしかない。初日だから、明日以降で遅れは取り戻せるだろうと気を取り直す。

 

結局、二時間近く余分に時間をかけて、自然歩道に合流することができた。そのため、今日登ろうと思っていたピークの登り口近くまできた時に暗くなってしまったので、池のほとりにテントを張ってしまった。

 

どうせ明日は早くから目が覚めるだろうから、暗いうちから登って、日の出をみながら登頂することにしよう。

 

 

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2021年7月18日 (日)

高所順化

レーニン峰(7035m)の高所順化を目的として富士山登頂と頂上付近で一夜を明かすことは6月からほぼ毎週続けてきたが、最終回となる六回目はキルギスへの出発直前に富士宮コースから行うことになった。
妻がネットで評判を聞き付けて行きたがっていた富士宮北方にある船山温泉に宿泊してから富士山に向かうことにしたが、ここである計画を思いつく。それは数年前に富士山に登った時に利用した村山古道のうち、まだ歩いていない吉原から村山浅間神社を踏破しておくことである。村山古道というのは、江戸時代に東海道から富士山を登る際に利用されたもので。交通機関の発達とともに村山浅間神社から上は廃道化したものを、近年になって整備されて再び歩けるようになったものである(といっても利用する人は稀であるが)。

 

前回は、村山浅間神社までは富士宮からタクシーを利用したが、吉原から歩くとなると17キロ近くとなる。距離的にはたいしたことはないが、炎暑のなかを歩くのはつらいので涼しい夜間に歩くことにした。吉原をスタートしてしばらくは市街地の道を進むので古道を忠実に辿るのは難しいが、古道のGPS軌跡をネットからダウンロードしたものを読み込んだGPSに対応した地図をタブレットに保存してあるので迷う心配もない。

 

最初しばらくは東海道を西に進むが、名所となっている「左富士」の碑の横を通る。これは東海道を西に進むと、富士山を右手に眺めながら行くことになるが、富士山との距離が近い吉原付近では道がやや東側にカーブすると左手に見えるというものである。夜道では関係ないと思ったが、山小屋の明かりで富士山の位置が確認できるこの時期ならではのお陰で「左富士」を体験できた。

 

やがて市街地を抜けると上り坂となり、村山古道の指導標も要所々々に表れてくる。村山浅間神社に着いたのは夜明け前だったので、神社のベンチでしばらく仮眠を取り、明るくなってから行動を開始する。神社付近にはパス停はないが、13キロほど離れた白糸の滝からは富士宮行きのバスが出ているので、途中でバスが通っている道と合流すれば、そこから白糸の滝まではバスに乗って行けばいいやと歩き出す。

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やがてバスが通っている道とは合流したが、始発バスまでは1時間待たなければならないようだったので、もうしばらくは歩くことにする。終点まで2キロ近くまで来たところで始発バスに乗り、白糸の滝に向かう。富士山の伏流水が横一面に流れ出る景観は他では見られないもので一見の価値はあるといえるだろう。
その後は富士宮経由で内船駅で妻と落ち合い、その夜の泊まり場の船山温泉に向かう。

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船山温泉でのんびりと一晩を過ごした後、11時のチェックアウトまで宿に滞在する妻と別れて、9時に宿を出て富士宮からバスで富士宮口五合目に向かう。今年の富士山は吉田口ばかりだったので(前回は須走口だったが、上部では吉田口と合流)、多少は目新しい気がしないでもない。もっとも過去には何度も登っていいるコースではあるが、いずれも雪が残っている時期だったと記憶しているので、真夏に登るのは初めてかもしれない。来年の夏に小学2年生になる孫を連れて富士宮口から登るつもりなので、今回はその予行練習を兼ねることにした。

 

今回は荷物が軽いこともあり、コースタイムどおりに4時間で頂上に着くことができた。山小屋に泊まるのは久しぶりであるが、コロナの影響によるのか宿泊者も多くなく、娘が小学生の時に富士山に連れて行った時のようなすし詰め状態を味わうことがなかったのはラッキーだった。ただ7時消灯というのは普段と生活パターンが違い過ぎていて、かえって安眠ができなかった。

 

翌日は今年の富士山では初めてとなる経験をいくつかすることができた。まずはご来光である。今までは梅雨空で縁がなかったが、梅雨明け直後だったせいか久々のご来光を見ることができた。次はお鉢巡りである。これも過去5回は天候が悪かったせいもあるが、下りを考えると時間を割けなかったというのが本当のところである。そしてお鉢巡りの副産物とも言えるが、富士山の最高地点となっている旧測候所にも足を伸ばすことができた。

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下りは富士宮をそのまま下るのは能がないし、早く下りすぎてしまうので、宝永山経由とすることにした。宝永山は江戸時代に大災害をもたらした噴火の名残で、御殿場口から富士山を往復していた時から気になっていた山である。ただそうでなくても長いコースの御殿場口では宝永山に寄り道するのは難しいため登らず仕舞いとなっていたのだが、御殿場口を七合目まで下ってから宝永山方面に分岐し、山頂から富士宮口へつながる道があることを知って、行ってみることにした。

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ほぼ順調に行動でき、圧倒的な火口壁も眺めることができたが、唯一の誤算は七合目から宝永山への分岐点までの道が前回の須走口同様に小石混じりの砂道だったために靴の中に砂と小石がたくさん入ってしまったことである。須走口の時はそれに備えてスパッツという靴覆いを用意していったのだが、今回は想定外とななってしまったのは調査不足のためであった。それでも午前中には五合目に下りられ、各駅停車でも明るいうちに帰宅することができた。

 

今回を含めた六回の富士山頂上付近での宿泊により、四千メートルくらいまでの順化は終わっていると考えられるが、従来は三浦雄一郎さんの低酸素室で六千メートルまでの順化を行っていたのが、コロナによる需要減で休業となって利用できなくなってしまったのは痛い。そのため、従来は利用してこなかった高山病の薬を処方してもらえる医療機関を探し出したので、出発前に行ってみることにした。

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2021年4月 7日 (水)

蛾ヶ岳と高川山

山梨百名山の登り残しの登頂を目指して、まずは93座目の蛾ヶ岳に向かう。始発電車で乗り換えをくり返して身延線の市川本町に8時過ぎに到着。ここから蛾ヶ岳に向かう尾根に取り付くつもりだったのだが、登山口がわからず、やむをえず自動車道をしばらくそのまま進む。標識には四尾連湖まで12キロとあり、蛾ヶ岳のすぐ近けにある湖まではこのままでも行けるのであれば、それでもいいかなとそのまま進んでいく。ところが小1時間ほど歩いた時に予定していま尾根道の方に向かって道が伸びておりテープや踏跡もしっかりついているので、尾根道に続く道かもしれない〈誓っていれば戻ればいいや〉と考え、半信半疑ながら進んでみる。しばらく行くとその道は木材伐採用の道であることがわかり引き返そうかと思ったか、左側の斜面が登りやすそうに思えたので、目的の尾根道まで登ってみることにした。

 

1時間ほど登って尾根道まで達することができたが、最初から正しい尾根地を行った場合と比べると30分以上は余計に時間がかかってしまったようである。途中まで歩いていた自動車道が四尾連湖まで通じているので、蛾ヶ岳に登る人はほとんど四尾連湖から登るだろうから前回の十谷峠の時と同様に尾根の末端からの道は荒れているかもしれないと思ったか、予想に反してしっかりした道であった。しかも尾根上のコブはすべて巻き道で通貨するようになっていたので、体力的にも楽な道であった。

 

蛾ヶ岳の手前で下山してくる女性二人とすれ違う。こんな地味な山に平日に登ってくる人はいないだろうと思っていたか、四尾連湖から登れはお手軽な山になるのだから、結構人気のある山なのかもしれない。蛾ヶ岳は山頂に着いた時にちょっとしたサペライズがある。それまでは南アルプス方面だけの展望しかないのだが、頂上にでた途端に反対側に富士山の雄大な山容が間近に眺められるからである。頂上で360度の展望を楽しんでから下山に移る。帰りは四尾連湖経由で下り、コースタイムよりもだいぶ早く下ったが、先程の女性パーティーには追いつかなかったところをみると、やはり四尾連湖から帰ってしまったのかもしれない。下りの最後のところでは地図の道とは違って東側に下っていたので、登りの時には見つけられなかったようだ。登山口の標識もなかったのは、四尾連湖から登る人がほとんどであるからのようだ。
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市川本町駅に戻って四時前の身延線に乗ることはできたが、94座目となる高川山の登り口となる初狩駅に着くのは5時半を回ってしまうことになり、一般的には山に登り始める時間ではないので、どうしたものかと思案したが、高川山さ1時間ちょっとで登れるハイキングの山であり、そんな山をわざわざ登りに来るのも面倒なので、ナイトハイクのつもりで登ってしまうことにした。

 

初狩駅を出発した時はまだ明るかったが、途中で暗くなることは明らかだったので、最初からヘッドランプを装着し、夜になると熊の活動が活発になるようなので、笛と鈴に加えて掛け声まで出して万全を期して登りだす。結構気合を入れて登ったにもかかわらず、頭頂には1時間半を要してしまった。予定していた1時間経っても頂上に着かないので焦り始め、暗くてまわりの状況が把握できないので、最後はGPS,地図と首っ引きで「頂上まであと標高差何メートル」と心の中で叫び続けることにより何とか気持ちをコントロールして頂上まで辿り着かせることができた。その代わり、頂上では中央線沿線の素晴らしい夜景を楽しむことができた。
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下りは1時間程度で下れるだろうと踏んで、その時間の上り電車を調べると、丁度1時間後に出発する電車があったので、それに間に合うようにペースを上げて下りだした。かなり下ってホームの灯りが見えてくるあたりまで降りてきた時点では、その電車に間に合うことを確信していた。ところか、どこでどう間違えたのか、無人の改札を通り抜けてホーム下の地下道を渡っている時に、電車のドアが閉まる音が聞こえて、30分後の電車まで待たなければならないことになった。一瞬ガッカリもしたが、よく考えて見ると、あのまま電車に間に合った場合には、途中で食料を買うこともできず、都内に戻ってからは9時過ぎになっているだろうから時短で飲食店も閉まっているという事態もありえたのだが、電車待ちの時間ができたおかげで、駅近くのコンビニで酒と食料を調達でき、電車が来るまでに食事も済ませるという待ち時間の有効活用もできた。「万事、塞翁が馬」と昔の人は上手いことを言ったもんだ。

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2021年4月 1日 (木)

十谷峠

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山梨百名山の源氏山と富士見山はアプローチが長い上に分かりにくいのだが、源氏山は丸山林道経由がメインコースということがネットでわかったので、鰍沢口駅から丸山林道に向けての最短路を行こうと思ったら、すぐに砂利道となったので、これはまずいと引き返す。自動車モードで検索すると南から回り込んで行くようになっていたので、その道を進むが、どうもその道は富士見山の登山口付近を経由して行くようなので、急遽富士見山に目標を変更する。十谷の集落の駐車場に自転車を停めて登山口に向けて歩きだす。

 

5万図によれば富士見山登山口は温泉の裏手となっているが、あたりを探しまわっても一向に登山道は見当たらない。よーく観察するとかすかな踏跡らしきものはあるので、それを伝って登っていくが、およそ登山道とは言えない悪い道である。登りやすい所を選んで登って行くが、行程は捗らず時間ばかりがすぎていく。しばらくして林道を横切ったので、道が良くなるかと期待したが、相変わらずはっきりとしない踏跡が続く。

 

代わり映えしない登りが続いて少々飽きてきたが、尾根道の先にガードレールが見えてきたのでひと頑張りで自動車道に出て、右に少し登ると十谷峠であった。この時に気付いたのであるが、十谷峠までの登山道が悪かったのは、富士見山を登る人は車で十谷峠まで上がってから歩きだす人がほとんどで、下から登る人などはまずいないためだからだろう。

 

峠からは富士見山まで90分と表示されているので、6時までには峠に戻ってこれるだろうが、それだと最終電車には間に合わなくなる可能性が大きいので、今日はここで引き返すことにした。下りは登ってきた道か、大回りしている自動車道のいずれかということになるが、前者は距離的には近いものの、あんな悪い道を下りたくなかったし、次回は自転車で峠まで登るつもりなので道路の状況を見ておきたいということもあり、自転車を停めてある所までの12キロをジョギングで降りることにした。

 

自動車道は大きく蛇行しているだけあって、勾配はそれほどでもなく自転車でも十分登れそうであった。ただ道路上はかなり下の方まで倒木と落石で通過困難な所が多く、道が整備されるまではしばらくは止めておいた方がいいだろう。秋くらいに峠までテントを上げて、翌日に源氏山と富士見山を往復してから自動車道を降りるというのがいいかもしれない。山梨百名山も終わりに近づくと大変な所ばかりが残ってくる。源氏山と富士見山もそうたが、日本第二の高峰である南アルプス北岳の裏側にある小太郎山もなかなか登るのが大変そうである。

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2021年3月27日 (土)

達沢山ほか

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今回も山梨百名山であるが、達沢山と高川山はいずれも以前に計画しながら登れず仕舞いとなっていた山である。まずは達沢山であるが、以前に同じく山梨百名山の大栃山と釈迦ケ岳を登った際に一緒に登ってしまうつもりだったのだが、時間切れで登れなかったものである。ただ前回は登山口までの緩やかな登りを2時間近くかけて漕いで行ったものを今回は甲府から河口湖に向かうバスを利用したので、30分くらいで着くことができた。

 

立沢で下車して達沢山に向かう林道を1時間ほど登ると林道は終わり、左側の斜面を登っていくことになる。ここから先は5万図には道の表示がないのだが、ネットで見ると登られてはいるようであり、テープもある程度はあるのだが、踏跡は不明瞭であまり登られてはないようだ。予定ではバス停から1時間ちょっとで登頂できるだろうと思ったのだが、結局は2時間近くかかってしまった。

 

思いがけず時間を要してしまったので、立沢のバス停から2時間で往復してぎりぎり間に合うバスで石和温泉に戻るという目論見か外れたが、このまま同じ道を戻るとなると、バス停で次のバスを1時間半近く待つことになりそうだし、林道まで降りる道もあまり良くない道であるのに対し、達沢山から尾根を西に延びる道はしっかりした道で快適な尾根歩きを楽しめそうだし、尾根の途中からバスの通っている道に降りる道も5万図に記載されていて、時間的にも十分に次のバスに間に合いそうなので、急遽予定を変更することにした。

 

麓の集落を眺めながら行く稜線歩きは低山歩きの楽しさを満喫させてくれるものであったが、稜線を離れて自動車道に向かって急降下するあたりから状況は一変する。GPSで確認する限りは5万図上の道を降りているはずなのだが、テープも踏跡もないので廃道となってしまった道を降りているのかもしれない。と言っても、下降自体には問題はないのだが、眼下の集落が間近にあるにもかかわらずちっとも近づかずに時間ばかりが過ぎていき、次のバスに間に合うかどうかが微妙になってくる。

 

ようやくバス停まて辿り着くと、通過時間を10分ほど過ぎている。バスは多少は遅れてくることもしばしばなので、しばらく待ってみるが、一向に現れないので、次のバスまでさらに1時間半近く待たされることが避けられなくなった。これで、もう一つの百名山を今日登ることは不可能になったが、こんなことなら稜線をそのまま歩いて中央線の駅まで行けばよかったと思ったが後の祭りである。

 

次のバスは通過時間を過ぎてもなかなか来ず、15分近く遅れてやっと来たが、前のバスもこのくらい遅れてくれれば間に合ったんだけどとグチもでてしまう。もつとも石和温泉駅でのバスと電車の接続が悪く(18切符利用のため接続している特急には乗らなかっただけのことであるが)、石和温泉駅では30分以上の待ち時間があったので焦ることもなかった。そして遅れて到着したにもかかわらず駅前の足湯につかりながら、ビールを飲むという経験も味わうことができた。

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電車に乗り込んだのはまだ4時前であり、こんな早い時間に山から帰るのは珍しいのであるが、今日はこの後にもう一つの目的があったのである。それは毎週金曜夜に首相官邸前で開かれていて、私も時々参加していた原発反対の集会が本日をもって最終回になるというので、それに参加することである。原発事故直後には20万人も参加して官邸前の道路を完全に封鎖してしまったこともあったが、熱しやすく冷めやすい国民性からか、次第に参加者が減ってしまって100人前後までに減ってしまったため、運動の行き詰まりを生じてしまったからであろうか。もっとも最終回ということで、今回は久々に千人以上の参加者があったが、運動を継続させることの難しさを考えさせられた。

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2021年3月24日 (水)

千頭星山と日向山

緊急事態宣言のために夫婦旅行のキャンセルが続いたが、ようやく解除されたので、大手を振って出かけることが出来るようになった。そこで感染リスクの少ない地域で手近でもあるところとして、甲府のひとつ先の竜王にある神の湯という温泉に一泊することにした。ここは以前にも一回泊まったことがあるのだが、住宅地の中にポツンと1軒だけ温泉宿があるという変わった立地で、甲府の夜景が売り物となっているようだが、とても100万とは言えないかなりショボイ眺めである。その代わりと言うか、富士山、南アルプス、八ヶ岳、奥秩父と山の眺めはすばらしい。前回は秋だったので、今度は雪をいただいた峰々を眺めてみたいという願いを実現することになった。

ついでに山梨百名山の千頭星山(90座目)と日向山(91座目)の登頂も行うことにしたので、私一人だけで始発で韮崎に向かう。途中何回か乗り換えがあり、特に大月駅では乗り換え時間が3分しかないので、乗り換えには注意をしているつもりだった。ところが不覚にも大月到着直前で睡魔に襲われて大月駅では寝過ごして乗り換えに失敗!次の電車に乗ったため30分弱の遅れとなってしまった。この時は30分くらいの遅れはどうにでもなると思ったのだが・・・

千頭星野の手前には甘利山という同じく山梨百名山の山があり、南アルプス前衛の山として有名だったので数年前に登ったのだが、当時は山梨百名山には関心が無かったため、奥まったところにある千頭星山まで足を伸ばそうという気は起こらなかったのは今にして思えば惜しいことをしたものである。

甘利山の頂上直下にある駐車場までは舗装道路が伸びているが、標高差にして千メートル近くを自転車で登るとなると大変な労力を要することになり、少し傾斜がきつくなると自転車を降りて歩きだすものだから、滅茶苦茶時間がかかってしまった。前回はどうだったかはブログを読めはわかると思うのだが、体力低下の事実を知るのが怖いので読まないことにしておこう。

甘利山の頂上からは千頭星山の雄大な山容が間近に望めるのだが、遠近感が取りにくく簡単に登れるのではないかと錯覚してしまった。たた実際に登ってみると一向に近づかずに時間ばかりが空費していく。さらには、雪が次第に深くなり、膝までズボズボと埋まってしまい、遅々として行程が捗らなくなる。そのため一度は途中で引返すことも考えたが、ここで悪魔の誘惑に乗ってしまった。それは同じ道を引き返すのだから、下りは踏み跡を辿ってくれば、潜ることもなく短時間で降りられるだろうというものである。

雪が降り出して展望のない頂上に着くと証拠写真だけを撮ってすぐに下山を開始する。ところが、登りの時につけた踏み跡がすぐに見失ってしまう。どうも風に飛ばされて踏み跡が消えてしまったらしい。広い斜面を下って行くので、踏み跡なしでは登りの時のルートが全くわからない。そこでやむをえず、正しいと思われる方向に向かって降りていくのだが、登りとは違う所を下って行くので、登りの時ほどではないが潜ってしまい、思ったような速さでは降りられなかなってしまった。

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1時間ほど格闘して6時頃に甘利山まで降り立つことができた。これで帰りの時間もある程度読めるようになったので、妻に電話して夕食の時間には間に合わないので先に食べてもらうよう伝えた。
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後はわかっている道を進むだけなので気は楽だが、宿まではなかなか遠かった。ようやく宿まで辿り着いて妻に電話すると、感染予防のために手配しておいた部屋食が後10数分で片付けに来るという。急いで部屋に向かい、10分程度であらかたの料理を食べて片付けにはなんとか間に合う。朝の寝過ごしによるタイムロスの付けを思わぬところで払わされる羽目になった。

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翌日は日向山に向かうので、チェックアウトまで宿でゆっくりする妻と別れて竜王駅に向かう。中央線で日野春駅まで行き、ここから登山口のある駒ケ岳神社に向かう。ところか、神社の手前で林道が分岐していて、その終点から登るのが今は普通になっているようなので、標高差は400メートルほどあるが頑張って登ってみる。終点には何台か車が停まっていて人気のある山のようである。

昼食を食べていると数パーティーが下山してくる。だいぶ出遅れてしまったことになるが、標高差600メートル弱の登りなので、ゆっくり登っても1時間半もあれば登れるだろうと見当をつけて登りだす。途中には1から10までの番号がふってあるし、樹間からは鳳凰三山や甲斐駒ヶ岳が眺められるので、退屈せずに頂上に着くことができた。

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頂上は樹木に覆われているので、360度の展望というわけにはいかないが、樹間から甲斐駒ヶ岳が間近に見れるのは嬉しい。急登を重荷に喘いだ黒戸尾根や赤石沢奥壁、摩利支天中央壁、黄蓮谷と言ったバリエーションルートも懐かしい。特に真正面に見える黄蓮谷は実際に登ったのは雪のない時期だけであるが、冬のアイスクライミングも何度か計画しながら、登らず終いだったことは残念であった。
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展望を楽しんだ後、下山に移るが、登山口まではすぐであった。そこからは自転車で釜無川まで一気に下降する。日野春駅よりも長坂駅の方が近そうなので、そちらに向かうことにするが、数百メートルの標高差を登らされるのにはまいった。それでも6時前には駅に着き、無事に目標達成を祝ってビールで喉を潤した。。

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