歩き

2020年3月26日 (木)

中国地方西部旅行 六日目 恐羅漢山

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今日は海岸を離れて島根・広島の県境にある両県の最高峰である恐羅漢山を登った。今回の旅行は日本列島海岸線走破とJR全線乗車の他に都道府県最高峰登頂もあり、山口県最高峰の寂地山も後半に登る予定である。 恐羅漢山の島根県側の登山口である亀井谷出合までは益田市からは36キロもあるが、公共の交通機関の便がないためマイカーかタクシー利用しかアクセスできないとされているが、今回無謀?にも自転車でのアクセスを試みた。朝8時に益田市の宿を出るが、途中に雪舟の石庭があるお寺があるというので、立ち寄ってみる。水墨画で有名な雪舟は益田で生まれたということで、あちこちに記念館等がある。朝見たお寺は石庭というには、ちょっぴり寂しいものであった。 登山口までは最初は緩い登りが続いていたが、次第に傾斜が強くなってきたお昼頃には前進するのが辛くなったきたが、いわゆる「しゃりバテ」だったようで、自販機の所でパンと飲み物を摂ったら元気がでてきた。そこから200メートルほどの高さを登ったトンネルから先は下りで、ほどなく登山口の亀井谷出合に着く。亀井谷に沿って、しばらくは舗装路がつづいていたので自転車を奥まで進め、砂利道になったところに自転車を置いて歩きだした。二時間半の歩きで登頂したが、結局誰にも会うことはなかった。東京近辺の有名な山ならば、平日でも登山者は必ずいるんだけど 下りは暗くなる前に自転車まで戻れたが、行きに苦労した登りを下り始めたあたりで暗くなってしまい、怖いのでスピードを出さずに降りたものだから、宿に着いたのは九時過ぎで連続13時間の行動となってしまった。連日の移動と伴に行うのは少しハードだったので、後半の寂地山を登る際は自転車以外のアクセスを検討してみよう。

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2020年2月24日 (月)

秩父七峰北部

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前回は外秩父七峰のうち南部の四つだけを縦走したので、残りの三山の完登を目指す。
11時半に小川町で下車して七峰の最初の山の官ノ倉山に向かう。駅前からジョギングで進んでいくと、七峰ハイキングの立札が要所々々に現れるので、地図を見ないでも進んでいく。ところが、そのうちに立札がピタリと現れなくなる。立札がないということは、道をそのまま進んで行けということなのだろうが、随分遠回りをするような気がしたし、スマホの地図では左折して沢通しに行けば最短距離で行けそうだったので、立札は無視して沢通しに進む。途中までは明瞭な道があったのだが途中から判然としなくなり、かすかな踏み跡を辿って急斜面を登っていく。所々に古い赤布が見られるので、道を踏み外したわけではなさそうだが、落ち葉で滑りやすい斜面をしばらく登ると立派な登山道に出くわした。ようやくハイキングコースと合流したわけだが、近道を選択したつもりが本島に近道になっていたかどうかは定かではない。

 

官ノ倉山は目と鼻の先であった。ポピュラーな山らしく3パーティーが頂上で休んでいた。頂上からは北側には寄居方面の大展望が広がり、南側には先日登った七峰南部の峰々が望まれる。時間の余裕がなかったので、遅い昼食を終えると早々に出発する。東武竹沢駅への下山口までは、何人かのハイカーとすれ違ったし、ハイキングコースの標識もそこそこあったのだが、そこから先は誰とも会わなくなったし、ハイキングコースの標識もなくなったので、果たして自分がハイキングコース上にいるのかどうかがわからないまま(現在位置はGPSと地図で確認済みであるが)、尾根の西端の臼土山に来てしまった。なかなか登りがいのあるピークであるにもかかわらず、七峰に入ってないのは、七峰のハイキングコースは違う尾根を通っているからだろうか?

 

そこからは一度下の谷間まで降りてから次のピークに向かう。本当は前回最初に登った笠山の登山口まで行き、その次に最後に降りた林道まで行って、そこから登り出すと道が繋がることになるのだが、時間が迫っているので直接七峰六番目の皇令山を目指すことにする。ある程度登ってから地図で確認すると、道を取り違えて一本南側の道を登っていて、しかもその道は稜線まで達せず途中で消えているではないか!ただ正しい道に戻るとなるとかなり時間を要してしまう。さてどうするか。結論としては、このまま道を進んで行くことにした。というのは地図上では道は消えているが、おそらくその先も踏み跡程度の道は稜線まで続いているだろうという予感がしたからである。もし、宛が外れて道が途絶えている時は潔く引き返すまでだと心に決めた。そして地図上の道の終了点手前まで来ると、右から上に続く道が合流しており、車が進入できないようにロープが張ってあるが、赤テープがずっと上まで続いているので、稜線に繋がる道であることを確信した。

 

30分ほど登ると稜線に達し、左に少し登れば皇令山の頂上であった。もう日が傾いている時間なので誰もいないだろうと思ったら観光客がいるではないか。頂上直下まで自動車道が来ているので、車を停めて歩いてきたらしい。そう言えば、前回七峰南部の山を登ったときも、稜線直下を自動車道が平行して通っていたことを思い出した。この次は七峰最後の山である登谷山だ。大したアップダウンもなく着いたが、丁度夕日が秩父ぶの山に沈むところであった。頂上直下まで自動車道が通っているので、その道を目指して降り始めたら下から人が登ってくる。普通はこんな時間に山に登りにくる人はいないものだが、自動車道が頂上直下まで通っているこの山域特有の現象のようだ。

 

自動車道まで降りて寄居駅までの距離を調べると十キロ弱だった。以前ならば、そんな長い自動車道を歩くとなるとウンザリしたものだが、最近は山はトレランもどきで走っているので(と言ってもジョギング程度だが)、あまり苦にならなくなった。下り始めてしばらくすると、夜の帳が降りて寄居方面の夜景が見事である。昼間に見た展望とは一味違った趣である。やがて高度を下げて荒川を渡ると寄居駅はもうすぐである。駅に着いてみると、駅近くにはお店が皆無であるのにはガッカリした。ただ次の電車の出発までには30分あったのでコンビニまで走ってビールと弁当をゲットできたのはラッキーだった。

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2020年2月11日 (火)

ハルラ山登頂

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11年ぶりのハルラ山リベンジに行って来ました。城山岳尾根からの

韓国最高峰(1950メートル)の登頂は北八ヶ岳の山旅を思い出させるものであった。市内に戻ってからは海鮮料理に舌鼓をうって、チェジュ最後の夜を終えた。

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2020年2月 4日 (火)

外秩父ハイキング

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日曜日に急遽、秩父のハイキングに行ってきた。寄居から登山口までは自転車を利用するつもりなので、寄居までの東上線乗車は始発駅の池袋からではなく、途中駅の成増まで自転車で行くことにした。中村橋までは真っ直ぐな道があるが、そこから成増までは道に迷いながら行ったので時間がかかり、登山口に着いたのは11時半となってしまったので、大霧山から笠山まで馬蹄形に縦走するのは時間的に厳しいので、関東百名山の大霧山と笠山をピストンすることにした。 登山口に駐輪して、まずは笠山への登山を開始する。ハイキングコースなのに誰も登ってないなと思ったら、途中で何度も林道と交差するので、大半のハイカーは山頂近くまで車で行って山頂を目指すようだ。そのため、山頂近くには大勢のハイカーがいて、子連れの家族まで休んでいた。頂上からは関東平野が一望できる素晴らしいロケーションで人気があるのも頷ける。 稜線に出てから山頂まではかなり南下したので、ここから登山口まで降りて大霧山まで登り返すのだったら、このまま馬蹄形に大霧山まで縦走しても大差ない気がして、当初の予定どおり縦走をすることにした。すぐ隣の堂平山に向かうと途端にひと気がなくなると思ったら、山頂にドームが設置してある堂平山の頂上直下の平坦地はパラグライダーをやる人で大にぎわいであった。そこからしばらくは自動車道路と平行したり車道を歩いたりで、ちょっと興ざめであった。 白石峠から城峰峠までは縦走路の山道と山腹を巻く林道に別れるが、時間を短縮するために後者の道を走って行くことにした。城峰峠から先は林道と別れて稜線を行き大霧山に向かう。大霧山に着いたのは日没直後で勿論誰もいなかった。、山頂で衣服を着込んでから下山を開始し、粥新田峠からは林道に降りて登山口まで走って戻る。当初の予定では寄居まで戻って寄居北方の関東百名山の鐘撞堂山も登るつもりだったが、時間的に無理なので途中の八高線折原駅から帰ることとなった。自転車、歩き、走りとフル回転のなかなかたいへんな「ハイキング」だった。

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2020年1月10日 (金)

甲府南方の山梨百名山

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昨年は甲府北方の山梨百名山を集中的に登ったが、年が改まって今度は甲府南方の山梨百名山を登ることにした。甲府北方の山梨百名山は点在しているので一回の山行で多くの登頂はしづらいが、甲府南方の山梨百名山は稜線上かその近辺にピークがあるので、効率的に登れそうだ。 甲府から路線バスで滝戸山の登山口に一番近いバス停で下車する。と言っても、バス利用の場合は明確な登山口というものがないし、一応登山口とおぼしき所までも一時間以上歩かなければならない。アプローチは長いが、南アルプス北部や八ヶ岳の展望が素晴らしいので退屈はしない。 金比羅神社方面の道を分岐したつもりだったが、途中で道を取り違えたようで踏みあと程度の道となってしまい、神社下でまたしっかりした道と合流する。神社から山頂までも急登が続くが、背後の展望に励まされて山頂に達する。 山頂で昼食後に春日山に向かうが、東に向かわなければならないのに、尾根を取り違えて南に向かってしまい、しばらくして気づいて引き返したが30分強のロスとなってしまった。正しい道をしばらく進んでいくと道は林道に降り立った。すぐ先で林道は二手に分かれ、左手の林道には進入禁止のゲートがある。ここでGPS地図を取り出して確認しようとするとすると、設定を間違ってしまったのか画面がくるくる回ってしまい、ルートの見定めがしづらくなってしまった。おまけに林道がくねくねと曲がっていてますますわかりづらくなっているが、なんとかルートを見定めて降りていくと、どんどん下降していく。変だなと思いつつ20分ほど進んだところで止まって、GPS地図が回転しないように固定して確認すると、道は稜線を外れて南側に進んでいることがわかった。距離にして二キロ、標高差で160メートルも登りかえさなければならなくなる大失敗であった。 林道の分岐点まで戻りルートを再検討すると、進入禁止となっている道を進まなければならないことがわかった。進入禁止と云っても車が進めないだけで、人は関係ないだろうからと進んでいく。二度の道の取り違えで春日山までの行程がタイトとなってきたのでジョギングで進むことにした。春日山の手前で暗くなってしまったが、山頂まで林道が続いているので前進には問題はない。 山頂からは距離的には尾根道を行くのが早そうだがコースの状況がわからないので、遠回りではあるが、確実に下れる林道を降りることにした。距離は20キロ近くあるが、眼下に広がる甲府盆地の街明かりに慰められて石和温泉駅にたどり着くことができた。
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2019年12月15日 (日)

曲岳、黒富士

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金峰山

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瑞牆山

 

山梨百名山のうち、甲府北方で未登の8山を年初から登り出したが、曲岳と黒富士山が残ってしまったので、年内に片付けようと登りに行った。この2山は甲府からは20キロほど離れている上にバスもないので、マイカー利用でないと行きづらい山である。前回は猛暑日に太刀岡山を加えた三山を、一度に登ってしまおうと目論んで、アプローチに自転車を利用したのだが、暑さにやられてグロッキーとなり、太刀岡山のみの登頂で終わってしまった。今回はトレーニングを兼ねて、竜王駅から曲岳登山口までの距離20キロ、標高差1100メートルの登りと黒富士下山口から竜王駅までの16キロの下りをランニングでやってみることにしたが、スピードは別として何やら一筆書きで百名山を登っている田中陽希君めいてきて年甲斐もなくと思わないでもなかった。

 

8時半に竜王駅を出て4時間で登山口に着く予定だったが、観音峠直下が急傾斜で走ることはできなかったので、4時間半かかってしまった。登山口から曲岳山頂までは200メートルの登りだけなのだが、ロードを走ってきた(つもりの)疲れで苦しい登りとなってしまった。山頂の少し手前に展望台があったが、山頂で眺めればいいやと展望台には寄らなかったところ、山頂は樹木に覆われてほとんど展望はきかなかった。

 

ここから黒富士までは大したアップダウンはないのだが、黒富士手前でミスを犯してしまった。それは今まで通ってきた道が急に不明瞭となり、左側に分岐する道に標識があって「升形山 黒富士」とあったので、地図には書いてないが、升形山という小ピークがあって、それを越えて黒富士にたどり着くのだと勘違いしてしまった。実際は升形山はまったくの寄り道で、一見不明瞭な道をそのまま行くと黒富士にたどり着くのであった。枡形山に着くと黒富士が正面に見えたので、それを目指して進んだつもりだった。実際は来た道を戻っていたのだが、黒富士の方ばかり見ていたので、うかつにもそのことに気がつかなかったのである。

 

黒富士山頂も樹木に覆われてはいたが、八ヶ岳や奥秩父方面の展望は得られた。特に奥秩父の金峰山や瑞牆山は間近に見られて迫力があった。展望を楽しんだ後、来た道を戻ったが、枡形山の分岐点では、寄り道した山だということには気づいていないので、また登りだして、山頂から先の道を歩きだした。一応踏跡はあったし赤テープもあったので先に進んでみたが、どうもこんな不明瞭な道を歩いた記憶はないので、元の場所に戻り地図と磁石を総動員して検討したところ、枡形山は寄り道であることに気づき正しいコースに戻れたが、かれこれ一時間近くは時間をロスしてしまったことになった。なんとか真っ暗になる前には下山口に降りられ、16キロのロード走に移ることができた。体は疲れていたが、下り一方なので、なんとか走り通すことはできた。竜王駅に着いたのは8時半で、ちょうど12時間の50キロ近い耐久レースとなってしまった。

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2019年12月10日 (火)

入笠山

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南アルプスの主要なピークや縦走路は踏破しているが、北部の前衛峰のうち300名山にもなっている入笠山は以前から登ろうと思いながらチャンスがなかったもので、今回ようやく登ることができた。入笠山は頂上直下まで自動車道路が通じているし、ロープウェイもあるので、下から登る人は稀なようだが、トレーニングを兼ねてすずらんの里駅から標高差千メートル以上を登ることにした。

 

地図に載っている道を登っていくが、「この道は自転車専用です。入笠山には登れません」という注意書きが何ヵ所もでてくる。自転車専用と言ったってこんな急な砂利道はマウンテンバイクでもたいへんな道であり、何のための注意書きなのか理解に苦しむので、無視することにした。やがて道は消えて急な斜面の踏跡を登っていくようになる。山慣れしていないと前進は困難なので、「入笠山には登れません」という注意書きはそういう意味だったのかと納得する。やがて尾根の上に出ると歩きやすい道となってくる。

 

急な尾根道を登って行くと、右からロープウェイが近づいてくる。人工スキー場がオープンしていて、平日だというのにそこそこ利用客はいるようだ。ロープウェーの終点で道は合流するが、あたりはだだっ広いところで、入笠山頂上に向かう道が判然とせず、近道をしようとしたら見事に失敗して元いた所に戻ってきてしまった。そこで、先程は遠回りになると思って敬遠した湿原に一度降りてから頂上に向かう道が急がば回れで正解のようであった。湿原は初夏にはすずらんが美事で大勢のハイカーが訪れるようだが、今は静まりかえっている。

 

頂上に向かう途中で2バーティーに出会ったが頂上は独り占めで、北アルプス、南アルプス、富士山、八ヶ岳と360度の眺めが得られ、この眺めだけでも300名山の価値はあると思われた。頂上は寒かったので長居をせずに下山に移ると、しばらくして舗装道路に出て、後は富士見駅までの10キロばかりの長い々々ランニングが待っていた。

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2019年11月11日 (月)

陣馬トレラン

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今年7月に北丹沢で十数年ぶりのトレランに挑戦したが、コースコンディション不良でまともなレースができず、関門リタイアとなったため、リベンジとしてもう少しマイルドな陣馬トレイルにチャレンジすることにした。今回で19回目の大会だが、距離22.5キロと短いため、昔はエントリーしようとも思わなかった。ただ今の自分の体力にはちょうど合っているかも。今回は確実に完走すべく三週間前にコース試走も行ったが、制限時間4時間半のところを5時間かかってしまったので、よほど頑張らないと完走は難しいことがわかった。また土砂崩れでコースが変わり、距離は2キロ弱短くなったが、獲得標高は100メートル以上増えたことがタイムにどう影響するかも心配であった。 レース当日は抜けるような青空の絶好のレース日和であった。9時にレースはスタートし、車道からすぐに山道に入るが、そこが隘路となって5分ほと待たされる。ようやく登りに入ると快調なペースとなり、陣馬山には試走時よりも20分早く着く。頂上には休まずに落合に向けて下りだしたが、試走時よりもペースは上がり、関門は制限時間30分前に通過できた。ここまでは予定通りの時間である。 ここからはまた登りが始まり、標高差は600メートルである。関門まで頑張ったのが影響したのか足に痙攣が起きそうになり、スプレーをかけたり痙攣しそうな足には荷重しないようにしたりしてダマシダマシ登ったので、登りきった奈良子峠に着いた時は予定時間を10分遅れてしまった。遅れを取り戻すためには下りで頑張らなければならないのだが、年のせいで動体視力が衰えたのか木の根っこに足を引っかけて転倒するのが怖くなり、昔のように坂道を一気に駈け下ることができなくなってしまった。そのため、後続ランナーに抜かれ放しとなってしまったが、このままでは制限時間に間に合わなくなることに気付き、昔取ったキネヅカではないが、ギアチェンジしてスピードを上げて制限時間に間に合う可能性がでてきた。結果的には、制限時間を1分少々オーバーしてのゴールだったが、完走証をもらうことはできた。 会場は中央本線の藤野駅と相模湖駅の中間にあり、藤野駅の方がやや近いので行きは藤野駅から歩いたのだが、帰りは3キロほどはあるが相模湖駅まで歩くことにした(藤野駅までのシャトルバスはあるようだが)。というのは、相模湖周辺の東海自然歩道で未踏の部分(自動車道を通ってしまった)をこの際に歩いてしまうつもりなのだ。 東海自然歩道が自動車道に降り立つ部分には一時間に一本のバスがあるが、そこまでの相模湖発のバスには乗り遅れたので、バスは帰りに乗ることとして、反対側の登り口までは歩いていく。すると、登り口には「台風で道が崩壊しているため通行不能」の立て札があったのでどうしたものかと思っていたら、上から大勢の人が降りてくるではないか。これなら問題ないだろうと登り始める。 嵐山までけっこうな登りを疲れた足で登りきると、前方には縄が張ってあり通過できないようになっている。ここまで来て引き返すのもシャクなので、とりあえず前進してみることにした。すると、大規模な崩壊が起きていて前進不能となっていたが、ずっと上の方まで行けば突破可能なようなので、やってみることにした。時間をかけて向こう側まで渡り時間を確認すると、なんとか相模湖駅行のバスには間に合いそうであった。 ところが、しばらく進むとまた崩壊により前進できない場所があった。先程と同様に時間をかけて高巻きをすれば突破できるだろうが、バスには間に合わなくなるのは間違いなかった。 バス停まで下りてみると、次のバスまではかなり時間があり駅までは三キロ弱なので、走れば次のバスよりも早く駅に着くことが出来そうなので走ることにした。トレラン終了後に山を越えてさらにランニングをするなどとは正気の沙汰ではなかったが、頑張ったお陰で次のバスに乗るよりも1本早い電車に乗り込むことができた。

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2019年11月 2日 (土)

ボランティアと200名山 後半戦

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ボランティア二日目はグループの人数が前回の4人から6人に増えた上に、堆積しているヘドロの量もさほど多くはなかったこともあって、依頼された仕事は午前中で終ってしまい、午後は予定外の倉庫の床の清掃まで終わらしてしまった。屋外作業は終了のようであるが、屋内の片付けはまだまだのようで、元の生活に戻れるには時間がかかりそうであった。 最終日は長野市近郊にある飯綱山という200名山を登ってきた。この山は他界した母が子供の頃に長野市内に住んでいて、自分の父親に連れられて登ったことを懐かしそうに話していたので印象に残っていたが、東京からわざわざ登りに行くほどの山ではない気がして登らずじまいとなっていた山である。今回、最終日に登りに行くにはピッタシの山である。 今回登ろうとしている一ノ鳥居経由のコースは標高差800メートルを一気に登るもので、1週間後に行われるトレランレースの絶好の練習になると力を入れて登ったつもりだったが、頂上間近で本物のトレランランナーにあっさりと抜かれての彼我の実力差を思い知らされた。 登りではゆっくりと景色を眺める余裕が無かった分、頂上では360度の展望を楽しんだ。東の方の山の名前はわからなかったが、西の方は手前にはビラミダルな山容の高妻山とそれに続く戸隠連山の岩峰、その奥には雪化粧している北ある。充分に展望を楽しんだ後に下山に移り、行きと同じ道を下る。下りもそこそこのペースで降りたので、予定していたバスよりも早いバスに乗ることができた。長野駅に早く着きすぎても時間をもて余すので、途中下車して初日に続く善光寺の観光を楽しみ、さらに銭湯にまで入って時間潰しを行った。

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2019年10月31日 (木)

岩菅山

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湯田中でバスに乗り換えて志賀高原にある200名山の岩菅山登山に向かう。途中の志賀高原山の家でバスを乗り換えたが、あたりはまだら模様ながら紅葉が見られて、これから行く奥志賀の紅葉が期待されたが、高天ヶ原に着いてみると、すでに紅葉は終わってしまったのか、広葉樹が少ないためかはわからないが、紅葉は全然見られずにガッカリした。 高天ヶ原からは一時間あまり用水路に沿った平坦な道を進み、一ノ瀬からの道と合流した少し先から本格的な登りとなる。二時間程度で頂上に着いたが、平日にもかかわらず数人の登山者に会ったのには驚いた。さすがに200名山の山である。頂上からは360度の展望が得られたが、この辺りの山には詳しくないのでほとんどの山名はわからなかったが、すぐ近くにある尾根続きの裏岩菅山が岩菅山よりも70メートル近く高いのは一目瞭然で、この際は裏岩菅山まで往復してしまおうかという気持ちにもなった。ただ往復すると、一時間以上かかることは間違いなく、明日からの行動を考えるとやはり自重すべきだという結論になり3時前には下に降りることができた。明日はまた土方仕事である。

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