歩き

2021年4月 7日 (水)

蛾ヶ岳と高川山

山梨百名山の登り残しの登頂を目指して、まずは93座目の蛾ヶ岳に向かう。始発電車で乗り換えをくり返して身延線の市川本町に8時過ぎに到着。ここから蛾ヶ岳に向かう尾根に取り付くつもりだったのだが、登山口がわからず、やむをえず自動車道をしばらくそのまま進む。標識には四尾連湖まで12キロとあり、蛾ヶ岳のすぐ近けにある湖まではこのままでも行けるのであれば、それでもいいかなとそのまま進んでいく。ところが小1時間ほど歩いた時に予定していま尾根道の方に向かって道が伸びておりテープや踏跡もしっかりついているので、尾根道に続く道かもしれない〈誓っていれば戻ればいいや〉と考え、半信半疑ながら進んでみる。しばらく行くとその道は木材伐採用の道であることがわかり引き返そうかと思ったか、左側の斜面が登りやすそうに思えたので、目的の尾根道まで登ってみることにした。

 

1時間ほど登って尾根道まで達することができたが、最初から正しい尾根地を行った場合と比べると30分以上は余計に時間がかかってしまったようである。途中まで歩いていた自動車道が四尾連湖まで通じているので、蛾ヶ岳に登る人はほとんど四尾連湖から登るだろうから前回の十谷峠の時と同様に尾根の末端からの道は荒れているかもしれないと思ったか、予想に反してしっかりした道であった。しかも尾根上のコブはすべて巻き道で通貨するようになっていたので、体力的にも楽な道であった。

 

蛾ヶ岳の手前で下山してくる女性二人とすれ違う。こんな地味な山に平日に登ってくる人はいないだろうと思っていたか、四尾連湖から登れはお手軽な山になるのだから、結構人気のある山なのかもしれない。蛾ヶ岳は山頂に着いた時にちょっとしたサペライズがある。それまでは南アルプス方面だけの展望しかないのだが、頂上にでた途端に反対側に富士山の雄大な山容が間近に眺められるからである。頂上で360度の展望を楽しんでから下山に移る。帰りは四尾連湖経由で下り、コースタイムよりもだいぶ早く下ったが、先程の女性パーティーには追いつかなかったところをみると、やはり四尾連湖から帰ってしまったのかもしれない。下りの最後のところでは地図の道とは違って東側に下っていたので、登りの時には見つけられなかったようだ。登山口の標識もなかったのは、四尾連湖から登る人がほとんどであるからのようだ。
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市川本町駅に戻って四時前の身延線に乗ることはできたが、94座目となる高川山の登り口となる初狩駅に着くのは5時半を回ってしまうことになり、一般的には山に登り始める時間ではないので、どうしたものかと思案したが、高川山さ1時間ちょっとで登れるハイキングの山であり、そんな山をわざわざ登りに来るのも面倒なので、ナイトハイクのつもりで登ってしまうことにした。

 

初狩駅を出発した時はまだ明るかったが、途中で暗くなることは明らかだったので、最初からヘッドランプを装着し、夜になると熊の活動が活発になるようなので、笛と鈴に加えて掛け声まで出して万全を期して登りだす。結構気合を入れて登ったにもかかわらず、頭頂には1時間半を要してしまった。予定していた1時間経っても頂上に着かないので焦り始め、暗くてまわりの状況が把握できないので、最後はGPS,地図と首っ引きで「頂上まであと標高差何メートル」と心の中で叫び続けることにより何とか気持ちをコントロールして頂上まで辿り着かせることができた。その代わり、頂上では中央線沿線の素晴らしい夜景を楽しむことができた。
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下りは1時間程度で下れるだろうと踏んで、その時間の上り電車を調べると、丁度1時間後に出発する電車があったので、それに間に合うようにペースを上げて下りだした。かなり下ってホームの灯りが見えてくるあたりまで降りてきた時点では、その電車に間に合うことを確信していた。ところか、どこでどう間違えたのか、無人の改札を通り抜けてホーム下の地下道を渡っている時に、電車のドアが閉まる音が聞こえて、30分後の電車まで待たなければならないことになった。一瞬ガッカリもしたが、よく考えて見ると、あのまま電車に間に合った場合には、途中で食料を買うこともできず、都内に戻ってからは9時過ぎになっているだろうから時短で飲食店も閉まっているという事態もありえたのだが、電車待ちの時間ができたおかげで、駅近くのコンビニで酒と食料を調達でき、電車が来るまでに食事も済ませるという待ち時間の有効活用もできた。「万事、塞翁が馬」と昔の人は上手いことを言ったもんだ。

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2021年4月 1日 (木)

十谷峠

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山梨百名山の源氏山と富士見山はアプローチが長い上に分かりにくいのだが、源氏山は丸山林道経由がメインコースということがネットでわかったので、鰍沢口駅から丸山林道に向けての最短路を行こうと思ったら、すぐに砂利道となったので、これはまずいと引き返す。自動車モードで検索すると南から回り込んで行くようになっていたので、その道を進むが、どうもその道は富士見山の登山口付近を経由して行くようなので、急遽富士見山に目標を変更する。十谷の集落の駐車場に自転車を停めて登山口に向けて歩きだす。

 

5万図によれば富士見山登山口は温泉の裏手となっているが、あたりを探しまわっても一向に登山道は見当たらない。よーく観察するとかすかな踏跡らしきものはあるので、それを伝って登っていくが、およそ登山道とは言えない悪い道である。登りやすい所を選んで登って行くが、行程は捗らず時間ばかりがすぎていく。しばらくして林道を横切ったので、道が良くなるかと期待したが、相変わらずはっきりとしない踏跡が続く。

 

代わり映えしない登りが続いて少々飽きてきたが、尾根道の先にガードレールが見えてきたのでひと頑張りで自動車道に出て、右に少し登ると十谷峠であった。この時に気付いたのであるが、十谷峠までの登山道が悪かったのは、富士見山を登る人は車で十谷峠まで上がってから歩きだす人がほとんどで、下から登る人などはまずいないためだからだろう。

 

峠からは富士見山まで90分と表示されているので、6時までには峠に戻ってこれるだろうが、それだと最終電車には間に合わなくなる可能性が大きいので、今日はここで引き返すことにした。下りは登ってきた道か、大回りしている自動車道のいずれかということになるが、前者は距離的には近いものの、あんな悪い道を下りたくなかったし、次回は自転車で峠まで登るつもりなので道路の状況を見ておきたいということもあり、自転車を停めてある所までの12キロをジョギングで降りることにした。

 

自動車道は大きく蛇行しているだけあって、勾配はそれほどでもなく自転車でも十分登れそうであった。ただ道路上はかなり下の方まで倒木と落石で通過困難な所が多く、道が整備されるまではしばらくは止めておいた方がいいだろう。秋くらいに峠までテントを上げて、翌日に源氏山と富士見山を往復してから自動車道を降りるというのがいいかもしれない。山梨百名山も終わりに近づくと大変な所ばかりが残ってくる。源氏山と富士見山もそうたが、日本第二の高峰である南アルプス北岳の裏側にある小太郎山もなかなか登るのが大変そうである。

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2021年3月27日 (土)

達沢山ほか

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今回も山梨百名山であるが、達沢山と高川山はいずれも以前に計画しながら登れず仕舞いとなっていた山である。まずは達沢山であるが、以前に同じく山梨百名山の大栃山と釈迦ケ岳を登った際に一緒に登ってしまうつもりだったのだが、時間切れで登れなかったものである。ただ前回は登山口までの緩やかな登りを2時間近くかけて漕いで行ったものを今回は甲府から河口湖に向かうバスを利用したので、30分くらいで着くことができた。

 

立沢で下車して達沢山に向かう林道を1時間ほど登ると林道は終わり、左側の斜面を登っていくことになる。ここから先は5万図には道の表示がないのだが、ネットで見ると登られてはいるようであり、テープもある程度はあるのだが、踏跡は不明瞭であまり登られてはないようだ。予定ではバス停から1時間ちょっとで登頂できるだろうと思ったのだが、結局は2時間近くかかってしまった。

 

思いがけず時間を要してしまったので、立沢のバス停から2時間で往復してぎりぎり間に合うバスで石和温泉に戻るという目論見か外れたが、このまま同じ道を戻るとなると、バス停で次のバスを1時間半近く待つことになりそうだし、林道まで降りる道もあまり良くない道であるのに対し、達沢山から尾根を西に延びる道はしっかりした道で快適な尾根歩きを楽しめそうだし、尾根の途中からバスの通っている道に降りる道も5万図に記載されていて、時間的にも十分に次のバスに間に合いそうなので、急遽予定を変更することにした。

 

麓の集落を眺めながら行く稜線歩きは低山歩きの楽しさを満喫させてくれるものであったが、稜線を離れて自動車道に向かって急降下するあたりから状況は一変する。GPSで確認する限りは5万図上の道を降りているはずなのだが、テープも踏跡もないので廃道となってしまった道を降りているのかもしれない。と言っても、下降自体には問題はないのだが、眼下の集落が間近にあるにもかかわらずちっとも近づかずに時間ばかりが過ぎていき、次のバスに間に合うかどうかが微妙になってくる。

 

ようやくバス停まて辿り着くと、通過時間を10分ほど過ぎている。バスは多少は遅れてくることもしばしばなので、しばらく待ってみるが、一向に現れないので、次のバスまでさらに1時間半近く待たされることが避けられなくなった。これで、もう一つの百名山を今日登ることは不可能になったが、こんなことなら稜線をそのまま歩いて中央線の駅まで行けばよかったと思ったが後の祭りである。

 

次のバスは通過時間を過ぎてもなかなか来ず、15分近く遅れてやっと来たが、前のバスもこのくらい遅れてくれれば間に合ったんだけどとグチもでてしまう。もつとも石和温泉駅でのバスと電車の接続が悪く(18切符利用のため接続している特急には乗らなかっただけのことであるが)、石和温泉駅では30分以上の待ち時間があったので焦ることもなかった。そして遅れて到着したにもかかわらず駅前の足湯につかりながら、ビールを飲むという経験も味わうことができた。

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電車に乗り込んだのはまだ4時前であり、こんな早い時間に山から帰るのは珍しいのであるが、今日はこの後にもう一つの目的があったのである。それは毎週金曜夜に首相官邸前で開かれていて、私も時々参加していた原発反対の集会が本日をもって最終回になるというので、それに参加することである。原発事故直後には20万人も参加して官邸前の道路を完全に封鎖してしまったこともあったが、熱しやすく冷めやすい国民性からか、次第に参加者が減ってしまって100人前後までに減ってしまったため、運動の行き詰まりを生じてしまったからであろうか。もっとも最終回ということで、今回は久々に千人以上の参加者があったが、運動を継続させることの難しさを考えさせられた。

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2021年3月24日 (水)

千頭星山と日向山

緊急事態宣言のために夫婦旅行のキャンセルが続いたが、ようやく解除されたので、大手を振って出かけることが出来るようになった。そこで感染リスクの少ない地域で手近でもあるところとして、甲府のひとつ先の竜王にある神の湯という温泉に一泊することにした。ここは以前にも一回泊まったことがあるのだが、住宅地の中にポツンと1軒だけ温泉宿があるという変わった立地で、甲府の夜景が売り物となっているようだが、とても100万とは言えないかなりショボイ眺めである。その代わりと言うか、富士山、南アルプス、八ヶ岳、奥秩父と山の眺めはすばらしい。前回は秋だったので、今度は雪をいただいた峰々を眺めてみたいという願いを実現することになった。

ついでに山梨百名山の千頭星山(90座目)と日向山(91座目)の登頂も行うことにしたので、私一人だけで始発で韮崎に向かう。途中何回か乗り換えがあり、特に大月駅では乗り換え時間が3分しかないので、乗り換えには注意をしているつもりだった。ところが不覚にも大月到着直前で睡魔に襲われて大月駅では寝過ごして乗り換えに失敗!次の電車に乗ったため30分弱の遅れとなってしまった。この時は30分くらいの遅れはどうにでもなると思ったのだが・・・

千頭星野の手前には甘利山という同じく山梨百名山の山があり、南アルプス前衛の山として有名だったので数年前に登ったのだが、当時は山梨百名山には関心が無かったため、奥まったところにある千頭星山まで足を伸ばそうという気は起こらなかったのは今にして思えば惜しいことをしたものである。

甘利山の頂上直下にある駐車場までは舗装道路が伸びているが、標高差にして千メートル近くを自転車で登るとなると大変な労力を要することになり、少し傾斜がきつくなると自転車を降りて歩きだすものだから、滅茶苦茶時間がかかってしまった。前回はどうだったかはブログを読めはわかると思うのだが、体力低下の事実を知るのが怖いので読まないことにしておこう。

甘利山の頂上からは千頭星山の雄大な山容が間近に望めるのだが、遠近感が取りにくく簡単に登れるのではないかと錯覚してしまった。たた実際に登ってみると一向に近づかずに時間ばかりが空費していく。さらには、雪が次第に深くなり、膝までズボズボと埋まってしまい、遅々として行程が捗らなくなる。そのため一度は途中で引返すことも考えたが、ここで悪魔の誘惑に乗ってしまった。それは同じ道を引き返すのだから、下りは踏み跡を辿ってくれば、潜ることもなく短時間で降りられるだろうというものである。

雪が降り出して展望のない頂上に着くと証拠写真だけを撮ってすぐに下山を開始する。ところが、登りの時につけた踏み跡がすぐに見失ってしまう。どうも風に飛ばされて踏み跡が消えてしまったらしい。広い斜面を下って行くので、踏み跡なしでは登りの時のルートが全くわからない。そこでやむをえず、正しいと思われる方向に向かって降りていくのだが、登りとは違う所を下って行くので、登りの時ほどではないが潜ってしまい、思ったような速さでは降りられなかなってしまった。

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1時間ほど格闘して6時頃に甘利山まで降り立つことができた。これで帰りの時間もある程度読めるようになったので、妻に電話して夕食の時間には間に合わないので先に食べてもらうよう伝えた。
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後はわかっている道を進むだけなので気は楽だが、宿まではなかなか遠かった。ようやく宿まで辿り着いて妻に電話すると、感染予防のために手配しておいた部屋食が後10数分で片付けに来るという。急いで部屋に向かい、10分程度であらかたの料理を食べて片付けにはなんとか間に合う。朝の寝過ごしによるタイムロスの付けを思わぬところで払わされる羽目になった。

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翌日は日向山に向かうので、チェックアウトまで宿でゆっくりする妻と別れて竜王駅に向かう。中央線で日野春駅まで行き、ここから登山口のある駒ケ岳神社に向かう。ところか、神社の手前で林道が分岐していて、その終点から登るのが今は普通になっているようなので、標高差は400メートルほどあるが頑張って登ってみる。終点には何台か車が停まっていて人気のある山のようである。

昼食を食べていると数パーティーが下山してくる。だいぶ出遅れてしまったことになるが、標高差600メートル弱の登りなので、ゆっくり登っても1時間半もあれば登れるだろうと見当をつけて登りだす。途中には1から10までの番号がふってあるし、樹間からは鳳凰三山や甲斐駒ヶ岳が眺められるので、退屈せずに頂上に着くことができた。

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頂上は樹木に覆われているので、360度の展望というわけにはいかないが、樹間から甲斐駒ヶ岳が間近に見れるのは嬉しい。急登を重荷に喘いだ黒戸尾根や赤石沢奥壁、摩利支天中央壁、黄蓮谷と言ったバリエーションルートも懐かしい。特に真正面に見える黄蓮谷は実際に登ったのは雪のない時期だけであるが、冬のアイスクライミングも何度か計画しながら、登らず終いだったことは残念であった。
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展望を楽しんだ後、下山に移るが、登山口まではすぐであった。そこからは自転車で釜無川まで一気に下降する。日野春駅よりも長坂駅の方が近そうなので、そちらに向かうことにするが、数百メートルの標高差を登らされるのにはまいった。それでも6時前には駅に着き、無事に目標達成を祝ってビールで喉を潤した。。

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2021年3月19日 (金)

棚横手山・源次郎岳

山梨百名山も未踏峰は残り少なくなったので、1日で三座を登ってしまって90の大台に乗せるつもりで出かけたのだが、甲斐大和駅に着いてバス停の時刻表を見ると、何たることかバスの運行は4月からと表示されている。ホームページにはそんなことは書いてなかったぞと文句をつけたかったが、文句を言う相手もいないので善後策を考える。その結果、登る順序を逆にして下山予定駅であった勝沼ぶどう郷駅から棚横手山に登り、そこから北上して源次郎岳を目指し、源次郎岳からはまた勝沼ぶどう郷駅に戻ることにした。三座目の高川山は次回に回すことになるが、やむを得ないと考えた。

 

棚横手山は歩いて行くとなると長い林道歩きを余儀なくされる。一番大きく迂回する箇所はショートカットできないかと思ったら、沢を横断する箇所で沢沿いに踏み跡があり赤テープも続いていたので、ショートカットをすることにした。しばらく登ると、左側のかなり上部にガードレールが見えたので、このまま沢沿いに行くよりも林道に這い上がった方が早いのではないかと考えたため、沢を離れて林道を目指すことにした。登るにつれて足場が悪くなってきたため慎重に登って林道に這い上がる。このショートカットは距離的にはともかく時間的にもショートカットとなったのかどうかはなんとも言えない気がした。

 

林道をしばらく進むと登山道の分岐点があり、そこをしばらく登ると稜線に出て棚横手山は眼の前であった。棚横手山は富士山を正面にした展望の良い山で山梨百名山に選ばれているのも納得できる。残念ながら逆光のため富士山の写真は撮れなかったが、登頂の証拠写真だけを撮って源次郎岳を目指して北上する。

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大滝山までは稜線通しに行くが、その先をしばらく下降すると舗装道路に出て、源次郎岳直下まては緩い登りが続く。やがて嵯峨塩温泉から登ってくる道と合流するが、その道は当初の計画では午前中にバス降車後に登ってくる予定の道であった。ここまで来ると源次郎岳までは目と鼻の距離なのだが、結構アップダウンがあって思いの外時間がかかってしまった。
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源次郎岳から勝沼ぶどう郷駅までは8キロ近い距離かあるが、まだ3時前なので、久々に明るい時間に下山できそうである。途中で5万図では尾根道と沢沿いの道に分かれるようになっており、距離的には後者の方が短いのでそちらを選択するつもりであったが、沢沿いの道と思われる所にはテープも明瞭な踏跡もないので廃道になってしまったのかもしれない。ただよく観察すると、所々に踏跡らしきものはあり、地図で判断する限りは悪場もなさそうだったので下ることにした。比較的順調には下れたものの思った以上に時間がかかってしまい、朝方と同様に尾根道を行くよりも早かったかどうかは?のままであった。

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2021年3月11日 (木)

石巻追悼式

今日は10年前に地震が発生した2時40分過ぎに慰霊のセレモニーがあるはずなので、それまでは時間の余裕があるため、牡鹿半島先端近くの鮎川港まで行ってくることにした。実は牡鹿半島先端付近までは過去にもトライしたが、時間不足で途中リタイアしたことがあったので、今回はそのリベンジということになる。前回トライしたのは、日本列島海岸線踏破というプロジェクト達成のためには半島先端まで到達しなければならないために行ったのだが、半島周遊の道のアップダウンを過小評価して時間設計を誤ったために断念したものである。もっとも、他の半島でも先端まで行っていない所はたくさんあるが、伊能忠敬のように地図作りという使命があるわけではないので、そのあたりはさほど厳密には考えてはいないのである。

 

朝のバスで鮎川港行きのバスに乗車するが、途中の古積浜で下車して歩き始める。実は前回はこのあたりまで自転車で来て引き返したので、ここから鮎川港まで約15キロを歩いてしまおうという計画である。昨日の歩きの疲れもあってゆっくりと歩いていたが、これでは間に合わなくなるとベースをあげたため、なんとか帰りのバスの発車20分前には鮎川港に着く。鮎川港の先はさらに道は続いているので、できれば金華山が見えるあたりまで行きたかったが、登り下りで1時間近くはかかりそうなので断念して石巻に戻ることにした。
鮎川港

追悼式が開かれる日和山公園は石巻駅から徒歩20分ほどの小高い丘の上にある。公園に着くとかなりの人が集まっている。この日和山のふもとには当時は小学校かあって避難場所に指定されていたため大勢の人が集まったが、次第に危険を感じて日和山をゾロゾロと登って難を逃れたそうである。ボランティアの際にも何度か来たことかあるが、その時は眼下には壊滅した廃墟か眺められたが、今はすっかり整地されてはいるものの、もう人は住めない場所になってしまったようである。

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やがて2時46分になると市内全体にサイレンが鳴り響いて黙祷が行われ、その後は参加者は三々五々山を降りて追悼式は終わる。駅に戻る途中、記憶を頼りにボランティアで訪れた家の前を通ったり、活動の拠点となったセンターまで行って思い出にふけったりした後に石巻を後にした。

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2021年3月 6日 (土)

白鳥山・實ケ岳

緊急事態宣言が出ている間は大人しくステイホームしているつもりだったか、2週間も延長されるということで、我慢できずに山にいってしまう。もっとも私の行く山は誰も登らない不遇の山ばかりなので、感染リスクは皆無に近いのだが・・・。

今回は昨年末に山梨百名山を登りに行った際に登り損ねた白鳥山(86座目)と實ケ岳(87座目)を登ることにした。天気予報は下り坂であったが、いずれも千メートルに満たない山であり、ネットで調べると両方の山を繋げて登っても6時間程度と出ていたので、気軽なハイキング気分で出かけてしまい、後になって苦労することになった。

18切符を利用して出かけたので、始発で出かけても登山口の芝川駅に着いたのは10時近くになってしまった。5万図では芝川駅から白鳥山に登る道は書いてないが、ネットには記録はあったので多分道はあるのだろうと思ったのだが、案の定しっかりした道はついていた。ただかなり急な登りにもかかわらず、そこをマウンテンバイクで降りてくる人がいたのには驚いた。

頂上まではネットの記録では50分とあったが、かなり頑張って登ったにもかかわらず1時間半もかかってしまい、この記録は信用しないほうがいいかなという気がしてきた。頂上から反対側に降りるとすぐ舗装道路に出たので、さきほどマウンテンバイクで降りてくる人がいたことも納得できた。道はゴルフ場の間を縫って進んで行き、實ケ岳登山口まで延々と舗装道路が続く。

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實ケ岳登山口の標識には頂上まで2時間半と書いてあるが、ネットの記録は1時間10分であり、完全にトレランペースである。自分はその中間くらいの時間で行ければいいやと思ったが、こちらも白鳥山以上の急登の連続である。途中から雨も降り出したが、1時間40分休まずに登って頂上に着く。展望のない頂上は証拠写真だけとってすぐに下山に移る。結局、3時間弱で往復できたので、まずまずであった。

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各駅乗り継ぎの最終までは1時間半あるが、ネットの記録では50分で下っているので楽勝かなと思った。ところが距離を調べてみると、8キロ近くあるではないか。いくら下りとはいえ8キロを50分だなんて、ランニングペースである。私の持ち時間1時間半でもギリギリであり、とんでもない記録を参考にしてしまったものである。

急ぎ足で下り、駅近くまで降りてきた時に道が2つに分かれていてどちらに行けばよいのかわからなくなってしまった。そこでグーグルマップで調べようとスマホを取り出したところ、雨で画面が濡れてしまったせいで、画面にタッチしても反応しないのでグーグルマップを見ることが出来なくなってしまった。そこでやむを得ずカンで右の道を進んだのだが、しばらく進むとどんどん道が右の方に曲がって行くので、これはおかしいと思い引き返すことにし、もう一度グーグルマップを取り出すと、今度は作動して左の道が正しいことがわかった。この間違いで10分ほど時間をロスしてしまったが、これが命取りとなって予定していた電車に乗り損ねてしまった。まあ三島から新幹線に乗れば最終では帰れるのだが、18切符がありながら新幹線を利用するのは悔しいと思っていたところ、小田原から小田急を利用すれば新幹線を利用しなくても今日中に帰れることがわかり、新幹線に乗るよりはましかなと、こちらを選択することにした。どうも最終電車の時刻が繰り上げられたことの影響はいろいろとあるようた。



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2021年2月23日 (火)

鳥ノ胸山

緊急事態宣言中ではあるが、人気のない山ならば人との接触もなく問題ないだろうと、山梨百名山の鳥の胸山に出かけることにした。ただ問題となるのはアプローチである。多少歩くことにはなるが、バスも本数は少ないなからは走ってはいる。しかし、午前中の便しかないので、日帰りは無理で現地で一泊しないといけないが、この山のためにわざわざ一泊する気にはならない。そこでアプローチに自転車を使うことにした。片道で30キロ近くあるが、山自体はコースタイムでも3時間程度なので十分日帰りで行ってこれそうである。

出発点の藤野駅から鳥の胸山がある道志渓谷まではひと山越えて行かなければならないが、朝のうちの元気な時だったので、さほど苦労せずに道志渓谷に降り立つことができた。道志渓谷沿いの道は多少のアップダウンを交えながら全体としては緩やかな登りたなっている。今日は祭日(何の日だったけ?)なので、大勢のサイクリストが走っていてハイペース で飛ばして追い抜いていくが、気にせずにマイペースで進んでいく。

 

登山口にはほぼ予定どおり昼過ぎに着く。ここから頂上までの標高差は約500メートルだか、最近経験したことがないくらいの急な登りであった。誰にも会わずに登れたので人気のない山かと思ったら、頂上には先客がいたし、下山中にも登ってくる親子連れにあったので、そこそこ登られてはいるようである。

 

頂上では山梨百名山登頂(85座目)の証拠写真をとり、反対側の雪煙が上がっている富士山(強風であることを表している)も撮りたかったのだか、逆光のためうまくは撮れなかった。行動食の残りを食べてすぐに下山に移って急な山道を駈けるように下ったので、早く降りられると思いきや、途中で林道に迷い込むという失敗をしてしまったので、登りと大差ない時間となってしまった。そのまま林道を降りても下山はできるのだが、登りの時と同じ道に戻らないと自転車が回収できないので、登りの時の道までは強引に山腹を横切っていったので、結構時間がかかってしまった。やはり「急がは回れ」で間違えた所まで戻るべきであった。

 

今回の目的は達したので後は戻るだけであったが、藤野駅までの30キロの道は事前のイメージでは下り一方というものであったが、午前中の印象では結構アップダウンが多いようだったので、峠を越えて都留市まで下ることにした。峠下のトンネルまでの5キロほどの登りはあるものの、全体の距離自体は10キロ以上短くなるからである。

 

疲れが溜まっている時の登りはキツくて太ももが痙攣しそうになり、トンネルが見えてきた時は思わずホッとしてしまった。トンネルから先は長い長い下りで体力的には楽だったが、日が落ちた後の冷気がこたえ、都留市で温かい食事ができて生き返った気になった。

 

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2021年2月20日 (土)

墓参りと山登り

   今月は父の40回目の命日と母の20回忌に当たっていて、いずれも法事の対象となるものではないが、節目になることには違いないので、緊急事態宣言下ではあるものの高尾に墓参りに行ってくることにした。

この時期に来たのは初めてなので、今まで経験したことのないことも経験した。ますは、広大な墓地に人っ子一人いないことである。今までは多少時期をずらしても誰かはお参りに来ていたものだが、緊急事態宣言下ということが影響したのであろうか。次に驚いたのは、花を差す水差の水を代えようとしたのだが、水が出てこない。あれっと思ったらカチンカチンに凍っているのである。しばらく握っていたら、手のひらの熱で溶けて氷の固まりが落ちてきた。
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墓参り後は高尾駅には戻らずに、中央高速沿いに歩いて甲州街道旧道に出て小仏峠に向かう。大分前に甲州街道踏破を目指した時も歩いたことがあるが、思った以上に時間がかかってしまった。ただ途中に何ヵ所か梅が咲いているところがあって、多少は気が紛れた。
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峠には数パーティーが休んでいたが、多分、景信山に登るのだろう。小仏峠は高尾山から陣馬山までのトレランのトレーニングで数えきれないほど通っているところで、今さら景信山に登ってもしょうがないので、すぐに相模湖側に降りて中央線の南側の山を登ることにする。

相模湖から四方津まで電車で移動して、高柄山を登ることにする。コースタイムは調べてこなかったが、たかだか標高700メートルちょっとの山であり地図で見た限りは三時間もあれば往復できるだろうと見当をつけて登りだす。

取り付きから急登の連続でかなり高度を上げたので、頂上も近いだろうと思ったが、実際には等高線ではわからないようなアップダウンの連続で五時間以上もかかってしまい、最後はヘッドランプも出す有り様だった。途中で気づいたのだが、四方津駅からはもっと近道があったようで、わざわざ遠回りをしてしまった結果となった。まあ遠回りした結果、変化に富んだ山並みが見られたことが収穫といえばいえるかもしれない。
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今回の登頂で山梨百名山は84座目となる。残る16座は日本第二の高峰である南アルプス北岳の峰続きにある小太郎山を除けば、いずれも日帰りで登ってこられるところばかりなので、遠出のしづらい今の時期にできるだけ多く登っておきたい。

帰りは高尾で東京行きに乗換えようと思ったのが7時過ぎだったが、家の近くで食事しようとすると、飲食店は早じまいしているに違いないということに気づき、高尾駅で下車して食事をとることにする。妻と墓参りに行ったときにいつも寄っていくお気に入りの店があるので行ってみたら、なんと店はがらんどうになっていた。コロナの影響の深刻さが身に染みてわかる出来事であった。

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2021年1月 3日 (日)

初山行

 

年末年始はステイホームのつもりだったが、急遽日帰りで山梨の山登りに出掛けることになった。というのは、感染拡大で正月明け早々にも緊急事態宣言が出る可能性が強まったための駆け込み登山であるが、一人であまり人と会わない登山をしても感染リスクはほとんどないものの、さすがに宣言直後に不要不急の外出をするのは気が咎めるからである。

 

今回の目的は最近足しげく通っている山梨百名山の踏破である。身延駅の東に位置する三石山、続いて西の身延山、さらには時間が許せば、前回登り損ねた山梨南部の百名山もと、またまた欲張った計画を立てたが、時間的に最初の二つだけで精一杯であった。

 

今回の最初の難関は甲府駅での身延線への3分以内での乗り換えである。中央線下りと同じホームではあるが、前後に少し離れているので少し心配したものの、問題なく乗り換えられた。次は三石山登山口までの林道の勾配が15パーセント以上あって、これが5キロ近く続くことである。ほとんどは自転車を降りてしまったが、帰りが楽だろうと登山口まで引っ張っていったので2時間近くかかってしまった。三石山までのコースは登りだしてすぐに尾根道となり比較的歩きやすい道であった。展望台まで登りつめると富士山が真正面に見えるが、年末には雪がなかったのに今日は真っ白になっているのは、その後の寒波の影響なのだろう。
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頂上直下に社があったので、静かな初詣をしようと思ったが、賽銭箱がなかったので、身延山までお預けすることになった。山梨百名山の標柱が立っている所よりも少し奥の方が高いように見えるので行ってみたか、樹木に遮られて展望が得られないためか、頂上の痕跡は何もなかった。

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展望台のあたりまで下ってきた時に、今日初めて他の登山者とすれ違った。登山口までのアプローチは どうしたんだろうと思ったら、登山口には先程はなかった車が駐車してあったので、やはり車以外でこんな所まで来る人はいないんだらうなと思った。肝心の下りの方は、一応舗装はされているものの、デコボコが多くてスピードが出せないので、先程のパーティーの車に抜かれるんじゃないかと気がかりであったが、なんとか抜かれずに下まで降り立つことができた。

 

次は身延山に向かうが、時間は3時を回っており、帰りはライトを着けることを覚悟する。身延山は正月ということもあって結構な人出であったので、なるべく人とは接触しないように進んだ。着いた時はまだ登りのロープウェイが動いている時間であったが、密空間を避けるために参道を登ることにした。こちらも20パーセント近い勾配があるため、早々と自転車を降りてしまう。ただ帰りは間違いなく夜になるだろうから、夜道ではスピードも出せないし、自転車を引きながら登っているとスピードも出ないので、早めに自転車を置いて登り出す。

 

有名な久遠寺を過ぎて、車止めとなっている所にあるお寺で初詣を済ませ、夜間の最後の登りに備えてから登り出す。頂上付近に着いた時は真っ暗になってしまい、山頂の標柱が見つからない。うろうろしたあげく最高点より少し下がった展望の良い広場に標柱があるのを見つけた。これで山梨百名山は79座目の登頂となった。

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下りは参道を駆け足で下ったので、自転車がなくてもそこそこ早く降れた。ただ道端に置いた自転車を見つけられるかが心配だったが無事に見付けられ、駅の近くで飲食物を買って最終電車に間に合うことができた。だが、試練は終わってなかった。甲府駅での高尾行き最終への乗り継ぎ時間が朝同様3分しかないのだが、朝と違って隣のホームへの移動が必要となる上に、乗った電車の甲府到着が3分も遅れてしまったのである。ある程度は遅れた電車を待ってくれるだろうと思いつつも、先頭車輌から自転車を抱えてホームをダッシュし、エスカレーターも駆け登り、駆け下りで車輌に乗り込んだ直後にドアがしまって辛うじてのセーフだった。もっとも正月早々に年甲斐もないことをしてしまったと反省もしたが・・・

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