原爆慰霊の旅は終わったが、せっかくはるばる西日本まで来ているので、今までにやり残したコースをトレースしておこうと思った。
最初は10年前に戦後70年の原爆慰霊の旅の、ついでに日本百名山として九重山を登った際に、最高峰中岳山頂から望めた坊ガツルの展望が印象に残り、今度はぜひ坊ガツルにキャンプしたいと思ったことから、今回も坊ガツルにキャンプして300名山の大船山に登りたいと思っていた。
ところが本年は九州地方には線状降水帯が居残り、登山には不向きな天気が続いたので、登山は諦めて高森から阿蘇市への阿蘇高原縦断を行うことにする。もっとも、長崎原爆式典の時のような豪雨の場合には峠越えは厳しいだろうから、大人しく往路を戻って立野から豊肥線に乗り換えるつもりだったが、思ったほどの悪天にはならなかったので、予定どおり阿蘇高原縦断に向かうことにした。
8月10日
まずは高森までは南阿蘇鉄道で行かなければならないが、10時過ぎの電車に乗車する予定なので、宿をゆっくりと出発する。高森行きの電車は結構混んでいて人気のある路線のようである。高森駅で下車すると、観光客はあちこちに向かってのバスに乗り込んでしまい、自転車の組み立てが終わった頃には誰もいなくなってしまった。
乗り始めてしばらくは北上する道がわからず右往左往してしまい時間をロスする。正しい道を進みだしても、心配したほどには傾斜はなく順調に進んでいける。左手には阿蘇の山並みも望めて高原を縦断する気分を満喫することができた。
やがてつづら折りの道となってくると、峠は間近い。峠の先には阿蘇市の標識が現れて快適なダウンヒルとなる。途中には放牧している牛も見られて高原らしい雰囲気に浸れる。今晩は大分名物の赤牛料理が食べられるかな
道は阿蘇市方面に向かう道と、波野に向かう道に分岐しているが、波野に向かう道の方が短いようなので、そちらに進路をとる。急坂が連続してほどなく波野駅に降り立つが、1日5本の便しかなく、次の電車までは3時間待ちとのことなので、次の滝水駅まで行ってみることにした。幸い下り道の連続だったので苦労することなく着くことができた。
滝水駅の前には酒屋もあったので、酒を買ってここで時間待ちをすることにした。2時間待ちでようやく電車に乗ることができたが、大分までの直通ではなく豊後竹田で1時間半の待ち合わせとなる。郊外にある岡城阯は荒城の月のモデルとなった所なので行きかけたが、歩きでは時間的に無理だし、自転車の組立と解体するのも面倒なため、途中から駅に引き返すことにした。
大分には8時頃に着いたが、事前に付近のホテルの空室情報を調べたところでは泊まれそうな所はなかったので、ネットカフェに泊まることにしたが、比較的早い時間だったので空きはあったものの、遅い時間だったら危なかったかもしれない。
8月11日
今日は何としても九州を脱出したいが、当初予定通りに竹田津からのフェリーを利用する場合は、フェリーが予定通り運航するかどうかと、最寄り駅の宇佐駅から竹田津までの30キロ弱のツーリング中にどの程度の雨が降るのかが気になるところである。前者については電話で確認すると、運航には問題がないことがわかったが、念の為に下関経由で陸路で向かうことも考えたものの、福岡県内では電車は止まっているとのことなので、多少の雨でも竹田津に向かうことを覚悟した。
大分を電車が出る頃はたいした雨は降ってなかったが、次第に雨は強まり、国東半島の付け根にあたる山間部に差し掛かると豪雨となってきたので、大分にまた引き返そうかとも思ったが、山を越えて宇佐まで下ってくると雨も小降りになってきたので、なんとか出発しようかという気にはなった。
宇佐から竹田津までは海岸沿いだから平坦な道だろうと甘くみていたが、後半はある程度のアップダウンがあったものの、フェリー出港時間の1時間半前には竹田津に着いて、なんとか九州脱出の目途が立った。乗り場には大学生の女性チャリダーが先客としていたので、あいさつを交わしたところ、はるばる鹿児島からやってきたそうで、連日雨にたたられたとのことであった。乗船時間までは、彼女と話もできたので退屈はしなかったが、宛が外れたのは、乗り場では軽食くらいは食べられるだろうと思っていたものの、自販機しかなくてランチは夕方に到着予定の徳山までお預けになりそうだったことである(船内にカップ麺の自販機があって、それを食べたが)。
山口県に上陸したのを待ち構えていたかのように、線状降水帯も中国山陰に移ってきたようで、土砂降りの雨の中を走らされることになる。豪雨に我慢しきれなくなって、近くにあった台湾料理屋に逃げ込んで休憩がてらに昼兼夕食を食べる。食事をしながら地図を見ていると近くにネットカフェがあることを発見して、今日はもう前進は無理と判断して、そこに泊まることにした。
8月12日
線状降水帯は山陰や北陸に向かっていて四国は雨の心配はなくなりそうなので、四国に向けて出発することにした。このネットカフェから四国に渡る柳井港までは30キロ近くあり、そこまで自転車で行くと早い時間のフェリーには乗り遅れてしまうので、光駅に駐輪して柳井港までは山陽本線で行くことにした。幸い山陽本線は下関〜山口までは不通だが、そこから東は平常どおり運転されているとのことであった。
柳井港から松山までの航路は島々を縫って進むもので、なかなか風光明媚な景観が楽しめる。今回はすっかりフェリーづいてしまったようで、来月に予定している北海道のクルーズはもう行かなくてもいいような気がしないでもない。
三津浜に上陸すると、まずは腹ごしらえである。三津駅の少し手前にある居酒屋風の店に入るが、昼前という時間のせいか他の客はおらず、あまり流行ってはいないようだったが、注文した漬け丼は美味かった。空腹を満たした後は、道後温泉で汗を流すつもりだったが、着いてみると行列ができていて、1時間以上待たなければならないという。グーグルマップでみてみると、すぐ近くに別館というのがあり、こちらは待たずにはいれそうである。本館は以前に行ったことがあるので、今回は別館に行くことにする。
入浴後、すぐ近くにあるコインランドリーで洗濯をおこなった。洗濯の待ち時間に近くの居酒屋で名産のじゃこ天を揚げたカツを肴に生ビールで喉を潤した。飲食中にダメ元で今夜の宿を検索していたら、最後の1室をゲットすることができてラッキーだった。きっと連休の谷間に当たっていたのだろう。洗濯が終わると、明日の300名山行きのバスの出発点である伊予西条行きのバスに乗り込むつもりでバス停に向かったが、本数が少ないため、長時間待たされることになった。
伊予西条のホテルに荷物を置いて夕食を食べに出かける。近くに回転寿司のチェーン店が2軒あったので行ってみたが、どちらも満員で客が多数待っていたので諦めてコンビニ弁当を買って帰る。帰宅翌日が自分の誕生日なので、寿司はそれまでとっておこう。
8月13日
今日登る予定の瓶ヶ森は数年前の晩秋に四国に来た時に途中まで登ったことがあるが、その時は中腹より上は雪が積もっていて、アイゼンもチェーンスパイクも用意してこなかったので断念した山で、今回はそのリベンジでもある。
西之川行きのバスの乗客の大半は石槌山ロープウェイで下車してしまい、終点の西之川までの乗客は私を含めて数人であった。西之川からのコースは西之川をそのまま進むものと、東之川登山口に向かうものと二つあるが、私以外はみな西之川のコースを行くようである。私は東之川登山口経由の方が若干時間が短いので、そちらを選んだが、最終バスまでの行動可能時間が8時間半なのに対して、東之川登山口のコースタイムが8時間とかなり余裕がないスケジュールである。西之川コースに向かった人も最終バスに間に合うかどうかを気にしていた。
東之川登山口までは比較的緩やかな舗装路だが、そこから先は急登が連続する。今回は自転車関係のもの等、登山とは関係ないものまでザックに入っていたため、西条駅で不要なものはコインロッカーに入れておくつもりだったのだが、手違いでホテルが駅から遠く、コインロッカーに入れる時間がなかったため、軽装で往復するという目算が狂ってしまったのだ。
途中の通過時間を確認すると、コースタイムを上回ってしまっている。これでは最終バスに間に合わなくなるので、お昼を早めに食べて、それから先は最小限の荷物を背負うだけとしてスピードアップを図ることにした。軽装になると途端にベースは上がり、途中でタイムの遅れは取り戻し、前方の視界が開けて先行の登山者が見えてくるころになると、最終バスまでの余裕時間(以後をコースタイムで進んだ場合の到着時間と最終バスの発車時間との差)も40分になるまでになった。
ところが頑張り過ぎたつけが回って両足に痙攣が走るようになってしまった。やむを得ず、しばらく休んでからだましだまし歩き始める。しだいに足の状態は良くなってきたし、頂上に続く草原の景観は素晴らしいの一言なので、景色を楽しみながらゆっくりと登っていく。
リベンジを果たせた頂上は時間があればゆっくりとしていきたい所であったが、最終バスの時間が気になるので長居はせずに下山する。下りも快調に進めたが、次第にある心配が頭をもたげてくる。それは荷物を置いた場所を見落としてしまうのではないかということである。だいぶ降りた所で荷物を発見した時はほっとした。置いた場所の高度くらいは確認しておくべきであった。
最終バスの発車20分くりい前にバス停に着いたが、今朝会った登山者の姿はない。1本前のバスに乗ったのかとも思ったが、3時間前に発車しているので、いくらなんでもそんなに早くは降りられないだろうから、売店乗場のあるロープウェイ乗場のバス停まで降りてしまったのかなとも思ったが、次のロープウェイ乗場のバス停かろ乗り込んできた人の中にも見当たらなかったので、どうしたのだろうと少し心配になったが、どうしようもなかった。
西条駅で電車待ちの間に駅前の居酒屋で地場の刺身を肴に生ビールで喉を潤してから松山行きの電車に乗り込んだ。
8月14日
本日の行き損ねのリベンジは四国最西端の佐田岬である。四国お遍路の際には行程が遅れ気味で立ち寄ることができなかった所である。八幡浜を出発点とするとすっきりするが、行程が長くなってしむうため、三崎港まではバスを利用することとし、三崎港近辺でレンタサイクルが利用可能ということなので、岬先端まではそれを利用することとして、自転車は四国には持ち込まなかった。もうひとつの問題は行程が不確かなため宿の予約がしてなかったが、お盆の時期にあたったため、行程が固まった直前では三崎港近辺の宿は全て満室となっていたことである。これに対しては雨で中止となった九重連山登山のためにキャンプ用具を持参していたので、テントを張って過ごすことで解決することにした。
八幡浜から三崎行きのバスは満席に近かったが、終点まで行く乗客はわずかであった。バスを降りた所の隣の観光案内所がレンタサイクルを扱っていた。草津温泉でレンタサイクルを利用した時は、途中でバッテリーを使い果たしてしまって苦労したが、案内所の人の話ではほとんどの人が半分以上使い残してきているというので安心したし、パンクした際には迎えが来てくれるらしいので心強い。
登りでは観光案内所を出てからすぐ先と最後の灯台の所の2箇所で登りきってからはそれほどアップダウンはない。ただ灯台の登りは半端ではなく心が折れそうになるほどであったが、バッテリーをスポーツモードに切り替えると大した負荷もなく、Eバイクの威力は抜群であった。
駐車場から灯台までは思ったよりも遠く、禁止はされてなかったようなので、自転車を乗り入れてしまったが、顰蹙を買うだけでほとんど効果はなく、最後は駐輪して歩いてしまった。灯台の裏側には四国最西端の碑があり、佐田岬に来た目的を果たすことができた。
灯台の往復に思ったよりも時間がかかったために、案内所が閉まる5時までに帰れるか心配であったが、なんとか時間までに自転車を返せてホッとした。佐田岬に無事到達したお祝いしようと三崎の町を歩いてみたが、じゃこ天の弁当を売っている店くらいしかなく、あきらめて町外れのコンビニまで行きかけたら、手前に居酒屋があり、そこで刺身を肴に生ビールで乾杯した後、しらすイクラ丼を食べて、今回の四国の旅が無事に終わった(のはずだったが)ことを喜んだ。
今夜はテント泊まりということで、町外れの公園に出かけてみると、岸壁ではまだ釣りをしている人がいるし、近所の子供連れが花火をしていたので、コンビニまで行ったりして時間をつぶし、公園に誰もいなくなってからテントを張り、四国最後の夜を過ごすつもりだった。ところが中に入ってみると暑いったらありゃしなく、とても眠れるものでない。それでも気が付かないうちにうとうとしたが、目覚めると汗びっしょりで、とても眠れたものではない。かといってファスナーを開けると蚊が入ってくるので、それもできない。今回の旅の最大のピンチである。
ここで思い出したのは観光案内所の横にベンチがあることである。あそこならば、ここよりは快適だろうと夜明けまで過ごそうと移動を開始した。案内所の周りには予想に反して夜明け前にもかかわらず車がひっきりなしにやって来る。九州方面行きの朝イチのフェリーに乗船する人たちであろうか。ここも快適というわけではないが、しかたなく座り続け、薄明るくなる頃にテントに戻って片付けてからバス停に向かい、始発バスに乗って八幡浜に戻った。
八幡浜では、松山方面の電車に上手く乗り継げるはずであった。ところが、その電車は特急で私の18切符では乗れずに、普通の松山行きは2時間近く待たなければならない。どうしたものかと思っているうちに、特急は発車してしまう。次の普通に乗車すると、予定していたフェリーには乗れないことになり、今日の行程は滅茶苦茶になるが、約1時間後の特急でも予定したフェリーには乗れることがわかり、18切符は山口県に上陸後も使えることだからと、次の特急に乗ることにした。
次の特急は松山が終点なので、フェリーの乗場である三津浜までは乗り換えなければならない。乗り換えも終わって三津浜に向かっている途中で睡魔に襲われて気がついた時は、電車は三津浜駅を既に発車していた。やむを得ず次の駅で下車したが、反対方面の電車が奇跡的に時間を置かずに来てくれたので、タクシーにさへ乗れれば予定していたフェリーに乗れる可能性がでてきた。タクシーもつかまり、これで一件落着となったが、三津浜駅からフェリー船着場までは結構距離があり、行きの豪雨直後には歩いていったものの、今の炎天下では歩いていくのは熱中症のリスクがあってタクシー利用は正解であった。
フェリーには2時間くらい乗船していたが、さすがに眠りに落ちてしまったので退屈せずにすんだし、その間にスマホとモバイルバッテリーの充電もできたので、一石二鳥であった。
柳井港よりも西の光駅に駐輪してあったが
まずは本日の宿泊予定の岩国に向かい、駅近くのコインロッカーに荷物を入れて身軽になってから光駅に向かった。その間の移動にはもちろん18切符を使ったので、本日分のモトはとったことになる。光からは岩国を目指すが、前回は内陸部を進んだので、今回は海沿いに進むことにする。
まずは南端の柳井市を目指すことになるが、走りやすい道だったので、夕方の明るい時間に着き、早めの夕食を済ませてから岩国を目指すことになる。ところが、柳井港を過ぎて北上するようになると道は狭くなり、街灯もほとんど無くなって暗い夜道を後続の車に神経を使いながら進むのは危険を感じて、岩国市に入った神代駅で電車に乗ることにした。まだ9時前で、岩国駅までの距離は20キロほどで、ゆっくり走っても2時間はかからないが、安全を最優先として今回の旅を実質的に終えることとした。
8月16日
本日は帰宅日なので終電で帰宅してもかまわず急ぐ必要もないのだが、始発に乗ってしまった。ところが、お盆休み中の特別ダイヤにダイヤアプリが対応してないのか、アプリうえのダイヤと実際のダイヤが一致しないので、来た電車に乗っていくことにした。最初のうちはそれでよかったのだが、岡山駅で乗り換える際に失敗をしてしまった。
飲食物を買いに改札を出てホームに戻ってきてら、ホームには相生行きと播州赤穂行きが止まっていて、相生行きはまもなく発車だったのだが、かなり混んでいたため、それは見送って播州赤穂行きに乗り込んだ。このまま播州赤穂まで行って相生行きに乗り換えれば良かったのだが、東岡山駅で山陽本線に乗り換えようとしたとらケチが着いた。次に来た電車にそのまま乗ってしまったら、少し先の瀬戸という聞いたこともない駅(瀬戸の花嫁ならしってるけど)が終点で、登り線はホームを変えなければならず、エレベーターもないため自転車を担いで階段を登らなければならず、酷い目にあってしまった。おまけに快速は通過するので、次の電車までは1時間近く待たされた挙句、その電車は各駅停車ときているため相生駅までもかなり時間がかかってしまった。
幸い相生駅では野洲行きの新快速に接続できたので、これで遅れは多少は取り戻せたようである。以後は比較的順調に行程をこなし、Uターンラッシュにも遭わずに、ほぼ予定どおりの時間に帰宅できた。今回は悪天等の影響で一部消化できなかったものもあったが、以前にやり残した行程はほぼ順調に終えることができ、満足できる結果であった。後期高齢者になろうとする人間がやる行動ではないという意見もあろうが、それだけ元気が余っているということで許してもらおう。
最近のコメント