自転車

2023年1月 9日 (月)

東海自然歩道派生コース 曽爾から加太まで

昨夜は早く寝たので深夜から目が覚めて四時過ぎには宿を出発する。夜明け前に名張駅近くのコンビニで朝食を取り、今日のコースを検討する。関西本線の伊賀上野駅までならば最短距離を取れば3時間ほどで着いてしまうが、せっかく来たのだから、途中からでも派生コースに戻ることにした。

 

派生コースは青山高原を南北に縦断するので、まずはその最寄駅を目指して青山町方向に向かう。青山町駅から北上するが、三重県から取り寄せた自然歩道の地図は奈良県のものと違いデフォルメされた概念図なので、どこに自分がいるのかさっぱりわからない。新大仏寺は三重県作成の地図にもグーグルマップにも載っているので、そちらを目指すことにした。
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新大仏寺から関西本線の柘植駅までは15キロと表示されていたので、少し先から左に下っていく道が駅まで一気に下るものだと思い込んで気が緩んでしまったが、実際は五キロほどは緩やかな登りが続くのには参ってしまった。一度緩めた気持ちを立て直すのは容易でなく、何度も歩いてしまった。

 

こんどこそ本当の下りを進んでいくと、柘植駅よりも隣の加太駅に近い地点に降り立ったので、加太駅に向かうことにした。加太駅からは本コースが通っている地点まで往復しておいたので、これで本コースと派生コースは繋がったことになる。

 

今回は途中は室生寺ほか数カ所で派生コースと合流したに過ぎないが、派生コースをまともに歩くと10日近くはかかってしまうので、自転車利用とはいえ、三日間で終わらせるのには、この程度の端折りはやむを得ないだろう。

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2023年1月 8日 (日)

東海自然歩道派生コース 奈良から曽爾まで

今日の行程は時間が読みにくいので早出をしたかったのだが、奈良駅を出発したのは8時を過ぎでしまった。今日の派生コースの前半は「山の辺の道」と名付けられていて、笠置山地の麓を南北に縦断しているのだが、多分、自転車では通れない道だろうと思って、天理・桜井方面に向かう舗装路を南下した。

 

桜井あたりから道は東に向かい、西国三十三箇所になっている長谷寺や室生寺付近を通って三重県に抜けている。ただ長谷寺はコースを少し外れた所にあるので、既に訪問済みでもあり今回は割愛、室生寺は入口までは行ったが、こちらも訪問済みということで、参拝料をケチって中には入らず。もっとも前回の記憶は全く失っているのだが
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室生寺から先は少し登れば反対側の谷へ降りられるのだと思っていたら、予想外の長い登りを強いられ、トンネルにつながる道路との合流点が見えてきた時はホッとした。当初の予定では三百名山の倶留尊山にも登るつもりだったが、時間不足から諦めて倶留尊山の西側にある宿に泊まることとなった。派生コースは峠を越えて倶留尊山の東側を北上するので、明日はゴールまでは派生コースとかなり外れて進まざるをえなくなる。

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東海自然歩道派生コース 石山から奈良まで

東海自然歩道は昨年中に一応完歩したのだが、三重県南部から奈良県を経て滋賀県の本コースに戻る派生コースが未踏だったのでやってみることにした。ただ歩くとなると日数を要するので、自転車でいくことにした。その代わりというか、自転車で通れないところは舗装路を大廻りして通ることにした。

 

スタートは本コースの途上にある東海道本線の石山駅である。しばらく進むと石山寺に着くが、このあたりは西国三十三札所で通っているので見覚えがあった。ところか、その先の派生コースがわからなかったので、適当に進んでいると京都から奈良に向かう道路に出たが、本来のコースよりも大分西寄りに進んでしまったらしい。

 

やがて奈良市内に入ったが、今日のゴールは昨年行き損ねた春日大社とすることにした。六時近かったので社の扉は閉まっていたが、横に回り込むと照明がついていたので証拠写真は撮ることができた。
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これで今日の課題はほぼ終えたと、駅近くの駐輪場に自転車を停め、大事なものが入っているバッグをハンドルから外し、駅前に食事に出かけた。

 

食事をしている途中でハンドルから外したバッグがないことに気付いた。バッグには金目のものはないが、自転車を収容する袋が入っており、それがないと自転車を車内に持ち込むことができなくなるので、自分にとってはかなり重要なものなのである。

 

食事もそこそこに駐輪場に戻ったが、バッグは見当たらず窮地に追い込まれる。拾った人からの届け出はないかを交番や駐輪場の管理会社に聞いてもないという返事だったので万事休すである。ダイソーでビニールシート、粘着テープ、紐を買ったので、応急の収容袋は出来そうだったが、パンク対応の用具一式もバッグの中なので、駅から離れた所でパンクしてしまうとタクシーを呼ぶにしてもやっかいである。

 

非常態勢で翌日を迎えるつもりだったのだが、交番から電話があり落とし物が届けられたとのことで一安心する。後はやり残した仕事である阪和線の支線である東羽衣から鳳までのわずか1.7キロを乗るために大阪方面に向かう。昨年末にJR全線乗車を達成したと思ってたら、この区間だけ未乗車であることに帰宅してから気付いたので、今回の目的の一つとしていたのだ。
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無事目的を果たし、居酒屋で一人祝杯をあげたのはもちろんである。

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2022年12月12日 (月)

英彦山

九州の二百名山で唯一の未登となった英彦山を登るために早起きして何本もの列車を乗り継いで最寄り駅の添田に向かう。乗車した列車が走った区間はほとんどが未乗車区間だったので一石二鳥だった。実は元々の最寄り駅は彦山駅だったが、数年前の水害で日田彦山線が添田~日田が不通となってしまったため(同路線は以前に完乗済)、現在は添田駅が最寄り駅となってしまったため、登山口までは12キロもあることとなり、疲労の蓄積も考えてタクシーを利用することを予定していた。ところが、添田駅に着いてみると不通区間は代行バスが走っているというではないか。これならば彦山駅から登山口までの距離は8キロ程度なので自転車で行くことにした。

 

登山口までの勾配もそれほどキツクはなかったので苦労はしなかったが、苦労したのは登山口を見つけることであった。登山口の表示は一切なく、英彦神社関係の○○宮という表示ばかりだったので、どこを登ればいいのかさっぱりわからない(後でわかったのだが、もっと下のロープウエイ横の参道がメインの登山口のようであった)。少し上まで行った所にキャンプ場があったが、今は閉鎖中で誰もおらず道を聞くこともできず、あきらめて少し下に戻ると車が何台か停めてあるので、このあたりが登山口かなと思って登り出すと神社に出て、大勢の人が正月用のしめ縄を作っていた。

 

ここからようやく登山道となるが、今回登る英彦山は標高も1200メートル以下と低く、今回登ってきた四国九州の二百名山と比べると奥深くもないせいか、全くファイトが出ず、あえぎあえぎの登りとなる。これではいかんと早めのお昼をとるとようやく元気が出てふだんの登りができるようになる。ところが、頂上直下で登山道にローブが張ってあり、「作業中のため通行禁止」と書いてある。「ここまで登らせておいてそれはないだろう」と自己責任で登りつづけることにする。頂上まで着いてわかったのは、頂上の社が倒壊の危険があり、人が社に立ち入って事故が発生するのを避けるために通行禁止としているらしいということである。社のある北山よりも若干高い南山を往復してから同じ道を下山する。
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添田までは代行バスを利用せずに直接降り、福北ゆたか線、若松線(いすれもかつては筑豊本線と称していた)と乗り継いで、九州地方の二百名山とJRの路線の全てを終わらせて関門トンネルをくぐって九州を後にした。本当は関門トンネルは歩きと自転車で通過したかったのだが、時間が遅くなってしまったために断念した。ただ夕方から激しい雨が降ってきたので、時間があつてもトンネル通過の前後が厳しかったかもしれない。

 

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2022年12月11日 (日)

日本一周達成

日本一周の最終日は長崎駅までの41キロのサイクリングである。距離的に楽勝だと思ったのが甘かった。きついアップダウンの連続で距離が稼げない。長崎市の標識を見つけた時はほっとしたが、まだまだ先は長い。やがて市街地に入ったので長崎駅は近いかと思ったら、まだ10キロ以上もあるのでガッカリする。
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気持ちを切り替えて市内観光のつもりで進み、名所に出会うたびに以前に行った記憶を蘇らせていると案外早く長崎駅に着き、日本一周はなんとか達成できた。このあとは、西九州新幹線とリレーかもめ号の特急券を含む博多方面の乗車券をジパングの割引で買うためにみどりの窓口に向かう。なお一昨日に乗車できなかった唐津線経由で博多の手前でJRを離れて地下鉄に入るため距離不足でジパングは利用できないと言われる。ネットの時刻表では博多までJR線と表示されているのだがやむを得ない。特急利用部分は通常料金で、他は本日から使用できる18切符を利用することにした。

 

その後は長崎名物のチャンポンで日本一周達成を祝う。2009年に東京湾のサイクリングを始めた時には日本一周まで続くとは思わなかった。伊能忠敬のように地図を作成するわけではないので海岸線を忠実に進まずに内陸部を経由している所もあるが、そういった所は今後も機会があれば海岸線をトレースして行きたい。
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西九州新幹線に乗車した印象は、やはりあまりにも短い運転区間だということである。しばらくは観光需要は見込めるだろうが、長期的な経済効果を生じさせるには佐賀県内での一刻も早い新幹線開業が望まれるだろう。私の元気なうちに実現できるだろうか
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佐賀駅でリレーかもめ号を下車して西唐津行きに乗換えて、一昨日乗り損ねた唐津線を完乗する。もっとも夜間では沿線の景色は楽しめなかったが・・・。終点の唐津だけでなく、伊万里や有田といった陶芸の産地を今回は通ったが、お店に一度入ってはみたものの、審美眼はないし、ワレモノを自転車で運ぶわけにも行かずお買上なしとなった。どうも不粋な旅が続くが、極め付きは香椎駅からの香椎線北部の終点である西戸崎駅までの最終電車での往復だった。単に乗車しただけという味気ないものだった。

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2022年12月10日 (土)

日本一周に王手

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朝暗いうちから'起き出して昨夜の駐輪した駅に移動し伊万里まで戻る。順調に降りたつもりなのに1時間以上かかってしまい、昨夜駐輪したのは正解だった。

 

伊万里からは平戸方面はパスすることは決めてあったので、佐世保の南の早岐に向かう。比較的平坦で2時間程度で着く。ここから佐賀方面に延びている佐世保線が乗車しているかどうかがはっきりしていない。家族でハウステンボスに行った時に、行きは寝台車だったから長崎本線のはずだが、帰りにもしかしたら乗っている可能性もある。不確かなので一応乗っておこうと思うが、今回長崎からの帰りに乗る予定の西九州新幹線から乗り継ぐリレーかもめが佐世保線をいくので武雄温泉までの往復でいいことになる。

 

武雄温泉の往復後に今日の泊まり場がある西海市に向かう。始めは海沿いの平坦な道で内海の風光明媚な眺めながら行く楽しい道だったが、西海市側に出るために山越えするところは思っていた以上にきつく、ホテル到着はまたしても暗くなってからであったが、長崎市に隣接する西海市に到達したことで日本一周に王手をかけることになった。

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九州北部後半戦初日 早くも長崎県内へ

 

夜遅くに東京から博多にとんぼ返りして博多駅で荷物を回収しようとしてコインロッカーに向かったのだが、前夜収納した際の場所をよく確認しなかったものだから駅構内を右往左往してしまい大いに焦る。駅員さんの力も借りてなんとか荷物を回収できたが、今晩乗車予定の列車を乗り過ごしてしまう。それでもなんとか未乗車区間であった吉水から桂川を乗車でき、最終列車て前日に自転車をあずけた香椎駅に着くことができた。自転車を回収して近くのネットカフェに着いた時は日付は変わっていた。

 

翌日は玄界灘を目指して海岸線を進むが、もう一つの目的は元冦の役に際して日本側が防御に使用した防塁の跡を見ることであった。最初に行った防塁の跡はなにもない公園で、もう防塁は現存してないとあきらめかけていたら、次に行った所は大学の校内で防塁がそのまま残っていたのには驚いた。来た甲斐があつたと云える。
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その後は玄界灘に沿って進んだか、唐津に着いたのは4時半となってしまった。予定では未乗車の唐津線を西唐津から久保田まで往復することであったが、3時間近くかかり、今日の宿泊予定の松浦までは到達できなくなる恐れがあったために断念することとしたが、これでJR全線乗車という目的が達成できなくなる恐れが出てきた。善後策は後で考えることとし、唐津に向かうことにする。
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唐津までは最初は最短路を取っていたが、唐津線とはかなり離れたあたりを通っているので、もしパンク等のアクシデントが起きた場合、夜間では対応が難しいので、遠回りとはなるが唐津線に沿った道を行くことにした。途中で考えを巡らした結果、今日乗り損ねた唐津線は長崎からの帰りに乗れば良いことをことを思い付き、今回でJR全線乗車達成ができる見込みがたってホッとした。

ただ遠回りしたツケで伊万里到着が遅くなってしまいそうなので、唐津の四つ手前の駅に自転車を駐輪して、最終電車で伊万里に向かい、明日引き返してサイクリングの続きを行うことにした。なお今夜の宿泊を伊万里ではなく、その先の松浦にしたのは、当初は平戸から佐世保までグルッと回るつもりであったためだが、行程の遅れから平戸方面はキャンセルし、明日は伊万里か佐世保の南の早岐に直通向かうことにしたのて、松浦に宿をとる必要は結果的にはなかったことになる。なお以前に松浦鉄道で平戸方面を回ったことはあるので、それで代替することとしよう。

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2022年12月 8日 (木)

前半戦最終日

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大分から長崎までのサイクリングも本日の福岡市までで前半戦を終了して、一端帰京することとしている。

 

小倉を出発して若松に向かうが、その際には若戸大橋を渡らなければなない。自分が子供だった頃に日本における長大大橋の先駆けとなる若戸大橋の完成を知り興味を持ったものだが 、残念ながら自動車専用で自転車は通れない。その代わりフェリーが利用でき、フェリーから若戸大橋を見上げることができた。

 

対岸に渡り折尾に向かう。昨年他界した高校時代の友人が住んでいた所である。彼の自宅の前を通って冥福を祈ってから西に向かうが、今日の夕方には福岡から飛行機で一時帰京するのでのんびりとはしてられない。

 

やがて福岡市内に入り香椎駅に着く。駅近くの駐輪場に自転車を預け香椎線終点の宇美を往復してJR全線乗車に一歩近づく。その後はJRと地下鉄を乗り継いで福岡空港に向かい、一時帰宅することとなった。

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大分から福岡への県境越え

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今日は大分から福岡への県境越えである。ところが気付かないうちに豊前市に入ってしまい、そこはもう福岡県であることを後から知った。今の福岡県は昔の筑前国と豊前国を合わせたもので豊前国の中心都市は中津であるが、その中津に昼前に着くことができた。

 

中津の観光地としては市内には中津城や福沢行雄の旧居があるが、郊外には日本の三大紅葉名所の一つにあげられている耶馬溪がある。駅からは30キロ近くあるので気軽に自転車で行ける距離ではないが、バスだと数時間で戻ってこれるものの本数が少ないのが難点である。ところが中津駅前にはバス発車の少し前に着いたので 駐輪してバスに乗り込むことができた。

 

有名な青の洞門で下車したが、紅葉シーズンが終わっているせいか観光客は皆無であった。トンネルの中には旅の途中でたちよつた○○上人が村人のために掘った手掘りの跡も残されているが、この洞門掘削の話を題材に菊池寛が小説化しているものを昔、教科書て読んだことかある。たた対岸には開けた土地があるので、橋を架けるか渡し舟を使えば、苦労してトンネルを掘ることもなかったのにと思ってしまった。こんな話をしたら菊池寛に叱られるかな

 

中津駅前に戻って、さきほどの市内の名所を巡ってから北上する。当初は門司まで行って関門トンネルを往復してから小倉に向かうつもりだったが、時間が足りなくなったので、関門トンネルは帰りに寄ることにして小倉に直接向かった。

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2022年12月 5日 (月)

国東半島は根元の横断にとどまる

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四国~九州の二百名山かひととおり終わり、次は大分から長崎までのサイクリングであるが、ぶっ通しでやるとつらいので、博多までの前半が終わった時点で一度帰京し、用事を片付けた後に博多にとんぼ返りして残りのサイクリングを行うことにした。


初日は大分をスタートして国東半島をぐるっと回って半島付け根の豊後高田までの行程を考えていた。大分を出発して間もなくすると別府湾が眼前に、遠くには国東半島が眺められる。だが別府湾を進んでいるうちに気が重くなってくる。というのも、延岡から大分までのJRの移動に時間がかかってしまった上、大分でも買物等で時間を浪費したこと、さらには山の疲れも蓄積していることを考えて、半島一周は断念して豊後高田までの半島付け根の横断にとどめることにした。


計画の縮小で楽勝かと思いきや、意外と時間がかかってしまい、またもや夜間行動となってしまった。豊後高田まで13キロとなった時点で妙なことを考えてしまった。そもそも豊後高田に宿を求めたのは、国東半島を一周して最初にまともな宿がある場所だったからであるが、今進んでいる道は豊後高田よりも福岡県よりの宇佐を経由して豊後高田に至ることになるが、そうすると翌日はまた同じ道を戻らなければならなくなるので、何か損をしたような気分になりかねない。そこで、地図で検討すると、もう少し内陸を通る道があり、豊後高田までの距離は同じく13キロとなっているが、こちらは宇佐を経由せすに豊後高田に達っしている。同じ距離でも内陸を行くようなのでアップダウンはあるだろうが、多少のことは仕方ないと思った。


ところが行ってみると多少どころではなかった。時間も体力も余分に消費してホテルに着いたが、コンビニ弁当を食べるとバタンキューとなってしまった。豊後高田は「昭和の町」を売り物にしているレトロな町で、早めに着いていれば夜の町を散策することもできただろうに、妙なところに意地を張って損をした。

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