自転車

2020年10月29日 (木)

温泉と山Ⅱ 鉢伏山には届かず美鈴湖に転進

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二日目は鉢伏山を目指す。鉢伏山登山は通常は松本から車で扉温泉まで入って、そこからはハイキングで登るようだが、松本郊外からも尾根が延びているので、松本からの日帰り登山も可能だろうとトライしてみることにした。 松本から鉢伏山に直接登る人は少ないとみえ、尾根に上がるまでは道が不鮮明な上に傾斜が急で、意外と時間がかかってしまった。ただ尾根に出てしばらくすると、林道と合流してなだらかな登りが続くようになる。展望に恵まれなかった昨日とは違って、今日は雪をいただいた北アルプスの展望が楽しめるのだが、天候が今ひとつで、写真にすると大展望を写り込めなかったのは残念だった。ただ林道の両側には紅葉とススキが連なっていて、秋の雰囲気をなんとか撮りこむことはできた。

林道は延々と続いて行程は遅々として捗らず日帰りで往復することは難しいと思われたので、峠で大休止して昼食を摂り、ここから引き返すことにした。

峠で景色を眺めながら昼食をとっていると、背後からけたたましい物音がするので振り返ると、マウンテンバイクが砂利道を駆け下ってくるのであった。峠から先は当然、巻き道の林道を進むのかと思ったら稜線を駆け上っていくのは意外であった。私も帰り道は稜線通しに進んでみたが、山頂までは大した登りではないものの、下りは物凄い急坂であるにもかかわらず、ちゃんとタイヤの跡が残っていたのにはびっくりした。 林道と別れて登山口に戻ったのは3時過ぎで、今からホテルに戻るとなると早すぎると思ったので10年ほど前に参加したことがある美ヶ原自転車レースの核心部である美鈴湖まで行ってみることにした。 朝間温泉から激坂が連続するが、しばらくすると通行止めのため美鈴湖へは迂回するようにとの表示が現れる。美鈴湖経由美ヶ原までの路線バスは本年は運休とのお知らせがネットに出ていたので、コロナのせいかなと思っていたら、通行止めのせいであることがわかった。 やがて通行止めのゲートが現れたので、自転車を置いて徒歩で登りだしたが、間もなく決壊箇所が二ヶ所に遭遇する。おそらく去年の台風によるものと思われるが、復旧の手は全く入っていないようなので、まだしばらくは通行止めが続くのだろう。 コースは急なヘアピンカーブが連続するが、よくこんなところを登ったものだと我ながら感心してしまう。傾斜が落ちると美鈴湖はもう目の前で、コースはさらに美ヶ原山頂直下まで緩い登りが続くのだか、今日は美鈴湖で引き返すことにした。

 レース参加時は終了後に市内に戻る際に、他の選手に煽られてスピードを出しすぎてカーブを曲がりきれずに転倒して鎖骨を骨折してしまったのだが、完治するまで一切の運動を禁じられてしまったために暇潰しに、奥の細道や東海道五十三次を歩きはじめたことが、その後の日本列島徒歩縦断その他の歩き旅に繋がったわけで、自分にとっては思い出となるコースを再び訪ねることができて何よりであった。

 翌日はホテルでゆっくりした後に松本に向かうが、途中松本民芸館に立ち寄る。在住者による世界各地から集めたコレクションが展示されているが、館内では撮影し忘れたので、外観だけを写しておいた。その後は松本駅でそばを食べてがら空きの特急で帰京することとなった。

帰ってから調べてみたら、鉢伏山に続く尾根に取り付く前に渡った川に沿ってそのまま進んだら、(多分)舗装道路が扉温泉の先まで続いており、2時間もかからない登りで鉢伏山に登頂できることがわかった。扉温泉まではバスはないので、自転車だと2、3時間はかかるようだが、扉温泉に泊まれば送迎はしてくれるようだ。

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2020年10月27日 (火)

温泉と山Ⅱ 経ヶ岳のリベンジなる

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GOTOトラベルを利用して妻とともに美ヶ原温泉に再び出掛ける。自分にとっては今回も山がメインなので、まずは前回途中で断念した中央アルプスの200名山である経ヶ岳のリベンジを狙う。ただアプローチが長いので朝出では日帰り登山は難しいと考えて、前夜から出かけて登山口近くに仮眠してトライすることにした。登山口近くにオートキャンプ場はあるが、シーズンオフで営業してないようなので、その近辺で仮眠することにしたが、現地に行ってみると駐車場の隣が草の生えた窪地になっていたので、そこにツエルト(簡易テント)を張ることにした。

翌朝、駐車場に入ってきた車のライトで目が覚め、朝食を済ませてから登山口に向かうが、登山口に着いたのは7時を回ってしまい、行程がちょっと厳しくなる。自転車を停めて不用の荷物も置いて登りだすが、なかなか急な登りで七合目あたりからようやく雄大な山容が望めるようになる。頂上まではしばらく時間がかかり、登山口から頂上までには5時間を要してしまった。

頂上の展望は期待したほどではなく、昼食後すぐに下山にとりかかる。宿の食事に間に合う電車に乗るためには下りを3時間半以内で済ませる必要がある。どうにか時間内に最寄り駅近くまでは降りたのだが、駅に向かう道が見つからずに少々あせる。なんとか駅にたどり着いて電車に間に合い、リベンジ山行は成功裡に終わることができた。

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2020年8月27日 (木)

温泉と山 鉢盛山ならぬ木曽川源流

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昨日一昨日と部屋の露天風呂にしか入ってなかったので、早朝に大浴場にも入ってみる。がら空きだったし、広い浴場の方がやはり気持ちいい。朝食後も9時半頃まで部屋でのんびりする。今日の目的の鉢盛山は標高は2400メートルほどだがアプローチが長く長丁場となるのだが、出発点となる藪原駅までの本数が少なく、ホテルで朝食をとってからとなると、松本発10時半まで列車がないため不本意いながらのんびりせざるを得ないのだ。その代わり、当日に帰京できない時は塩尻駅周辺のホテルでもう一泊することとした。 藪原駅で下車したら、もう一人自転車を持った年配の人が降りてくる。ひょっとして同一方向かなと思って聞いて見ると、藪原駅に車を置いて松本までまでツーリングして電車で藪原に戻ってきたところだと言う。電動サイクルをキャスター付きのキャリーで運んでいたが、自分の足腰が弱ってしまっても、こういう方法もありなのかと感心してしまった。 出発に際してスマホのGPS地図でコースを再確認しておこうと思ったが、お昼近くの強い光線で画面が良く見えなく確認ができなかったが、記憶を過信して確認せずに出発してしまった。そして一時間ほど乗って急坂の途中の木陰で休んでスマホの地図を確認したところ、見事に道を取り違えて5キロ以上も進んでいることがわかった。 正しい曲がり角まで坂をドンドン下っていくのは嫌な気分だが、自分が不注意だったのだから仕方がない。30分以上のロスで鉢盛山登山には黄色信号が灯ったが、とにかく今は前進するしかない。正しい道はダムまでは急坂だが、ダム湖に沿っては平坦な道が続く。途中には何ヵ所かゲートがあるが、車両の進入禁止であって自転車は対象外だろうと解釈して自己責任で前進する。 ところが3番目のゲートの先で舗装道路は終わって砂利道となっているではないか。マウンテンバイクならともかく、ロードバイクの細いタイヤではたちまちパンクしてしまうに違いないので、自転車はその場に置いてジョギングで登り出すが、登山口まではまだ9キロもあるのだ。事前にネットで調べた限りでは自転車の記録はなく、登山口まで舗装されているかどうかはわからなかったが、仮に舗装されてなくてもこんな下から砂利道になっているとは思いもよらなかった。 これで鉢盛山登山は無理となり、木曽川源流ツーリングに目的を切り替えることとなった。木曽川はさきほど道を間違えたところから河口までは歩きと自転車でトレース済みだったが、源流部分だけは未踏だったので、その踏破も鉢盛山登山とともに目的としていたのだが、鉢盛山登山が不可能になっても、もう一つの目的が達成できればいいやと思えた。6キロほど前進すると、木曽川の最後の流れを渡る(写真)。と言っても、流れ自体はまだ上の方に続いているのだが、道は沢から離れていくので、ここを源流として引き返すことにした。なお、源流には源流の碑があるということをネットに書いてあったのを思い出して捜してみたが、見つからなかった。帰ってからネットでよく調べたら、引き返した地点のちょっと下辺りにあるらしいが、いずれも現地のNPO主催のツアーで訪ねたものなので、一般の人にはなかなか敷居が高いもののようだ。 下りは同じ6キロでも断然楽な道のりである。途中で振り返ると、目的だった鉢盛山が真正面に見えた(写真)。今回のように南側からはアブローチが長くてほとんど登られていないが、次回は一般的なコースである北側からか、東側から登ってみよう。なお、今回は動物に良くであった。猿の群れには行きも帰りもあったし、行きには猪の親子連れが数百メートル先の川をわたっていたし、帰りには数百メートル先の行く手の林道を熊が横断していた。この時はさすがに、しばらくじっとして笛を吹き続け、安全を確認してから急いで通過すると、ダム湖が見えてきて、藪原駅はもうすぐであった。ハプニング続きだった1日も無事に終わり、最終の特急にも乗れて当日中に帰宅することもできた。

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2020年8月25日 (火)

温泉と山 経ヶ岳はアプローチで敗退

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感染もピークを過ぎたようなので、延ばし延ばしになっていた家内との温泉旅行として松本郊外の美ヶ原温泉に出かける。ただし、感染には気を付けて、露天風呂付きの客室、食事は個室となっているホテルを選び、人出の多い観光地には行かないこととした。そうは言っても風呂と言えばカラスの行水で、温泉に一日中入る気はない私は近くの山に自転車で出かけることにした。 まずは中央アルプス北部の200名山である経ヶ岳を伊那側から登ることにした。五万図で調べると林道が奥深く延びていて、終点から尾根に取りつけば、さほど時間がかからずに登頂できそうだったので、日帰り登山にはピッタリだと思ってしまった。ところが、実際に行ってみると、林道は終点の五キロほど手前で舗装がなくなり、そこからは歩いて登らなければならなくなったので、頂上まで行ってると、ホテルの夕食には間に合いそうまないので、稜線まで上がって頂上を遠望するだけで帰るつもりで歩を前に進めた。ところが、稜線までジグザグで登る道が見つからず、雑草の生い茂った平坦な林道がいつまでも続いているので、写真の所でついにあきらめて戻ることにした。 今回は旅行のついでの山登りということで下調べが足りなかったことを反省し、次回は充分調べてから再挑戦することとしたい。

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2020年5月30日 (土)

シーズン遅れのお墓参り

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外出自粛でお彼岸からのびのびとなっていた墓参りにようやく行ってきた。いつもは家内と一緒に往くのだが、まだ自粛を続けるとのことで一人で行くことになったので自転車を利用することにした。往復で85キロほどあるが、遠出するときは100キロ程度が普通なので、どうということはないのだが(どうでもよいことだが、一応県境は越えてないことは、自粛警察対策として述べておく)、夏日の暑さの中での走行なので、1リッターのスポーツドリンクを入りのトレラン用のハイドレーションをザックに入れて担いでいく。行きは途中から甲州街道に出て八王子付近から高尾街道を往く。外出自粛要請は一応継続しておりシーズンオフでもあるので、墓地には誰もいないだろうと思ったら、後から墓参の夫婦連れが来たので驚いた。

 

墓参りをしていなかったことがずっと気にかかっていたので、宿題を果たしたような気分でホッとした。帰る前にちょっと足を伸ばして戦国時代末期に北条氏照の居城であった八王子城跡によってきた。数年前にも立ち寄ったが、その時は山の上の本丸に向かったので、今回は麓にある御殿跡に寄ってきた。豊臣秀吉の小田原攻めの際に落城した所で、「夏草やつわものどもの夢の跡」そのものの情景であった。
帰りはほぼJR線に沿って進んだが、途中で少々飽きてしまった。

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2020年3月30日 (月)

中国地方西部旅行 10日目 自転車トラブル

ホテルを出て自転車の所へ行って唖然とした、昨日チューブを交換して問題なく機能していたと思っていたタイヤがまたスカスカになっているではないか!空腹だったので、応急的に空気を入れて牛丼屋に行って朝食終わってから、ゆっくりとチューブ交換にとりかかる。前回は急いでいたので少々乱暴に作業してチューブに傷をつけたのかもしれないと考え、今回は慎重に作業を行う。そのお陰か、午前中は空気漏れの心配もなく順調に行程を進める。ところが、昼食後しばらくしてタイヤの空気が急速になくなってしまったことに気付く。もう予備のチューブはないので、自転車走行を断念して五キロほど先の駅まで自転車を引いていくことにするが、もう一度グーグルマップて調べると、駅の手前に自転車があることがわかり、念のために見てもらうことにする。

 

自転車屋の主人は私がつけたチューブを取り出して、セット方法が良くないと説明して、いろいろと蘊蓄を傾けてくれる。チューブの交換が終わって太鼓判を押してくれたので、これで予定どおりの行動ができるかと思ったのだが、夕方になるとまたもや後輪のタイヤの空気が抜けてしまっていることに気付く。ガーンである。あいにく鉄道と離れた峠越えの道が終わったところで、鉄道と合流している戸田駅までは五キロ近くあるので、また自転車を引いていく羽目になる。

 

これで、明日予定していた山口県最高峰である寂地山登山は中止せざるをえないことを悟る。一応、登山口までのコミュニティバスは限られた本数はあるようだが、生活用のため登山用としては利用が難しく、自転車がないと登山のアクセスは難しいことがわかり断念することにした。「♪何が悪いのか?今もわからない」っていう歌があったが、まさにその気分で、憮然とした表情になる。「非常時」に遊びにいったのでバチが当たったのだろうか。

 

その晩は寂地山登山の出発地点となる岩国まで電車で行き、居酒屋で祝杯ならぬやけ酒?を飲む。入った居酒屋はがら空きで、感染者が4人しか発見されていない山口県でも自粛ムードは浸透しているようだ。
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2020年3月28日 (土)

中国地方西部旅行 九日目 秋吉台

今日1日は休養も兼ねて秋吉台の観光に充てることにしたので、美祢線の始発駅である厚狭駅まで自転車で行き、秋吉台観光の間は駅前に駐輪しておくつもりで、それにあわせた時間にホテルを出発すべく後輪に空気を入れようとしたところ、完全に空気が抜けていた。やはりパンクしていたようで、チューブの交換をせざるを得なくなった。久しぶりのチューブ交換にとまどって一時間近くを要してしまい遅い出発となってしまった。当初駐輪予定の厚狭までは無理だが、手前のどこかで駐輪するつもりで出発する。下関を出て海沿いに行くぬ)と、しばらくは鉄道を離れるので、鉄道との合流地点まで早く着かなければと気があせる。関門橋や長州藩の砲台跡を過ぎて間もなくすると、山陽線の長府駅の入口が見えてくる。もうひとつ先の駅までも行けるかもしれなかったが、安全のためにここに駐輪して山陽線に乗り込むことにした。

 

厚狭で美祢線に乗り換えて美祢まで行き、前日乗車した分も併せて美祢線の全線乗車は果たせた。その後はバスで秋吉台に向かうが、他の降車した人につられて一つ手前で降りてしまい、30分ほど余計に歩かされてしまった。秋吉台については事前調査が不足していて、秋吉台のカルスト台地を見るためには、もう一回バスに乗り換えなければならないことも現地に来て初めてわかった。土曜日だというのに秋吉台は閑散としていた。感染症予防の自粛の影響もあるのだろうが、設備の老朽化具合から見て、以前から客足は落ちているようにも思えた。
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秋吉台は天気が良ければ、雄大なカルスト地形を散策するのは楽しいだろうが、風雨の強い今日のような天気では長居をする気にはならず、早々に降りて秋芳洞の見学に移った。こちらの方は秋吉台に比べるとそこそこ観光客も見られた。鍾乳洞は国内のみならず、海外でも見ているが、そのどれと比べても秋芳洞のスケールは群を抜いているように思われた。ただあまりに大きくて最後の方は少し飽きてきて、早く外に出たいと思ったのも事実である。
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観光を終えて、バス電車を乗り継いで長府に戻る。相変わらず、雨が降り続いていて気合いが入らない。明日は天気も良さそうなので頑張って距離を稼ぎ、今日は適当な所まででお茶を濁すことにする。今回、広島まで到達すれば山陽路も走破したことになるが、どう頑張っても無理とおもわれるので、やり残した宿題が増えるだけなのだが・・・

数時間走ってお茶を濁すつもりが、適当な泊まり場がなく、やっとホテルを見つけたのは10時近かった。

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2020年3月27日 (金)

中国地方西部旅行 八日目 山陰路終了

暗いうちにホテルを出て駅に向かい、美祢線の始発電車で美祢駅に向かう。美祢駅で下車して近くのコンビニで買った朝食を食べてからまた長門市方面に戻る。美祢線の美祢以南は明日に秋吉台に行く時に乗車予定なので、乗車し損ねた美祢線もなんとかクリアできそうだ。長門市駅でほとんどの乗客は下車してしまうが、そのまま乗車次の仙崎まで向かう。仙崎線はわずか一駅の短い路線だが、この機会にこれも乗車しておいた。車内にはもう一人乗客がいたが、私同様にまた長門市行の電車に乗り込んだので、乗り鉄の人らしい。なお仙崎線の午前中は朝しか走ってないので、ホテルを暗いうちに出ないと乗れなかったのである。

長門市駅に戻っても、しばらくは待合室で待機する。と言うのは、山口県は午前中は豪雨で昼頃には小降りになる見込みだからである。今日の行程は下関までの80キロ弱と比較的短いので、無理して早立ちする必要もないのてある。その代わりに、早めに昼食も済ませてしまい、天気が持ち直したら一気に下関まで行ってしまう予定である。

雨脚が多少弱まった頃を見計らって、駅前の駐輪場から自転車を取り出して出発する。雨も小降りになってきたのでなんとか予定どおり下関まで行けそうだ。数日前から後輪のタイヤがパンクしているわけではないのだが、へたり気味だったのがだんだん激しくなってきたので、下関までもつか心配になってくる。下関まで20キロくらいになると走行に影響がでるほどヘタってきたので、空気入れを出して空気を入れようかとも思ったが、雨の中で作業するのも億劫なので、なんとかホテルまでダマシダマシでたどり着くことができた。

山陰路が無事に終わったことを祝って、フグづくしの料理を楽しんだ。最低限の目標は達成したので、このまま帰京してもいいという気分にもなったが、週末の不要不急の外出自粛要請が出ている東京に新幹線に自転車を乗せて帰るのも気がひけるので、予定どおり行動して平日に帰京した方がいいかな?
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3.11の時も北海道の徒歩縦断をしていて、津波や原発の被害について気を揉んだが、今回はそれほどではないにしても、気がかりであることには変わりはない。

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2020年3月26日 (木)

中国地方西部旅行 七日目 山口県に到達

今日は走行距離が90キロ以内と短いので、連日使用していたライトは使わずに済むことを信じることにした。今日は時間的に制約がないので、幹線道路を通らず海沿いの道を進む。途中で海沿いが通過できずにやむを得ず山間部を行く。山を降りて海岸線に降りた所に駅があったので、お昼ときでもあり食事をしようと思ったら、駅の回りにはお店どころか人家もない「秘境駅」であった。グーグルマップで検索したところ、10キロ以上進まないと食事にはありつけないようなので、数日前のつまみの残りで空腹をまぎらわす。
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遅い昼食をとってしばらく進むと萩に着く。

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こちらも人気の観光地のはずなのだが、観光客の姿はほとんど見られず、萩博物館も感染症予防のため休館となっていた。城下町の家並や高杉晋作や木戸孝允の生家を見て、今日のツーリングの目的地である長門市に向かう。長門市自体には真っ暗にならないうちには着いたのだが、今日の泊まり場は美祢線の二つ先の長門湯本である。というのは、数日前に美祢線に乗り損ねたので、温泉もあることだしと、今夜は温泉に泊まることにしたのだ。ところが、湯本行きの最終まで二時間以上待ち時間があったので、駅前の居酒屋で時間を潰した。

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中国地方西部旅行 六日目 恐羅漢山

今日は海岸を離れて島根・広島の県境にある両県の最高峰である恐羅漢山を登った。今回の旅行は日本列島海岸線走破とJR全線乗車の他に都道府県最高峰登頂もあり、山口県最高峰の寂地山も後半に登る予定である。

 

恐羅漢山の島根県側の登山口である亀井谷出合までは益田市からは36キロもあるが、公共の交通機関の便がないためマイカーかタクシー利用しかアクセスできないとされているが、今回無謀?にも自転車でのアクセスを試みた。朝8時に益田市の宿を出るが、途中に雪舟の石庭があるお寺があるというので、立ち寄ってみる。水墨画で有名な雪舟は益田で生まれたということで、あちこちに記念館等がある。朝見たお寺は石庭というには、ちょっぴり寂しいものであった。
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登山口までは最初は緩い登りが続いていたが、次第に傾斜が強くなってきたお昼頃には前進するのが辛くなったきたが、いわゆる「しゃりバテ」だったようで、自販機の所でパンと飲み物を摂ったら元気がでてきた。そこから200メートルほどの高さを登ったトンネルから先は下りで、ほどなく登山口の亀井谷出合に着く。亀井谷に沿って、しばらくは舗装路がつづいていたので自転車を奥まで進め、砂利道になったところに自転車を置いて歩きだした。二時間半の歩きで登頂したが、結局誰にも会うことはなかった。東京近辺の有名な山ならば、平日でも登山者は必ずいるんだけど
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下りは暗くなる前に自転車まで戻れたが、行きに苦労した登りを下り始めたあたりで暗くなってしまい、怖いのでスピードを出さずに降りたものだから、宿に着いたのは九時過ぎで連続13時間の行動となってしまった。連日の移動と伴に行うのは少しハードだったので、後半の寂地山を登る際は自転車以外のアクセスを検討してみよう。

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