自転車

2023年10月18日 (水)

鉢伏山

今回登山を予定している鉢伏山と鉢盛山はいずれも北アルプスの周辺の山で過去にも登ろうとしたことがあるが、アプローチの事前調査が不十分のため時間切れで登頂できなかった山である。初日は朝東京を出発するので行動時間が短くなるため、2000メートルを切る高度の鉢伏山を登ることにした。出発点の松本駅と登山口である扉温泉との標高差は約千メートルあり、市街地を抜けると次第に傾斜がきつくなってくる。雨はあがっているか、雲は厚く遠くの山並みは見えない。ただ横手には山頂から市街地に伸びる長大な尾根が望め、以前に登ろうとした時は頂上まであまりにも遠いため登頂を断念したところである。

 

3時間以上かけて扉温泉に着いた時は二時を大きく過ぎており、ここから歩きとなる。地図でのは頂上まで2時間となっているので、暗くなる前にはなんとか戻れるかなと甘い観測をしてしまう。歩きだした時は青空も見えていたのだが、まもなく曇り空に戻ってしまう。道はしばらくは歩きやすい広い道だったが、途中から沢の方へ下っていくと道は不鮮明になってくる。実は正しい道は沢には下らずにそのまま尾根の方向に向かうのであったが、分岐点には標識もなく下っていく道の方が鮮明だったので間違ってしまったのである。

 

沢の流れは次第に細くなってくるが、沢沿いに進むと先は長いように思えたので、右手の草混じりの斜面を登って先程別れた尾根に辿り着いた。ここから先はまた広い緩やかな尾根を登っていくのだが、頂上までは1時間近くかかってしまい、無人の頂上に着いた時は真っ暗になってしまった。頂上は風も強かったので証拠写真を撮ってすぐに下山に移る。
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登りの際に沢から別れて尾根に上がった地点の先くらいまでは道は鮮明で迷うこともなかったが、その先では道は不鮮明となり暗くて見通しもきかないために何度も道に迷い、そのたびに地図とにらめっこして正しい戻ることができたが、そのために時間がかかってしまい扉温泉に戻ってきたのは日付が変わる直前であった。登りのなんと倍近くの時間がかかってしまったことになる。

 

深夜の下り道を松本駅に向かって進み、駅近くのネットカフェに泊まったが、翌日は疲れが残っているため鉢盛山は断念し、今まで夜に近くから望んだだけで内部には入ったことがない松本城を見学してから帰ることにした。今回登れなかった鉢盛山は来年あたりに信越地方にある未登の300名山の三山を登った後に最後に登ってくることにしょう。
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2023年7月26日 (水)

毛勝山

富山県にある日本二百名山の毛勝山(2407メートル)に登ってきた。元々は山仲間と残雪期に毛勝三山を縦走する計画を立てたのだが、コロナで三年連続で中止となり、今年のGWにやっと登山実行にたどり着けたが、体力の衰えから毛勝山だけを日帰りで往復する計画に変更して臨んだものの、時間切れで手前で引き返すこととなってしまったので、今回はビバーク覚悟と言うことで単独でリベンジすることにした。前回は夜中の2時に出発しても時間切れとなってしまったので、今回は夜中の零時にスタートさほ。登山口の1時間ほど手前までは自転車を利用し、そこから舗装路とダートが入り混じった道を歩いて夕方には登山口に着く。

 

零時出発ということで1時間ほどしか眠れなかったが、零時には登山口を出発する。前回と違い一人歩きの夜道はとても長く感じられた。夜が明けると、見覚えのある場所が現れて多少は気が紛れる。前回の到達点には朝の8時半に着いたが、二千メートルラインをようやく越えるかというあたりで。休んでいると下から登ってきた登山者に追い抜かれる。何時に出発したのかは知らないがかなり健脚のようであった(単に私が遅いだけかも)。少々のアップダウンを繰り返すと、いよいよ山頂への標高差400メートルの急登が始まる。

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ビバーク覚悟で来たためビバーク装備や食料などでそこそこ荷物が重かったので、必要最小限の物だけを持って残りの物は置いて行くことにした。その時、下から単独の人が登って来るのて、先に行ってもらうことにした。その時、さきほど私を抜いた単独の人がもう降りてきた。やはりかなりの健脚家のようであった。空身同然となったので、二番目に抜いていった人を抜き返せるかと思ったが、差は開くばかりであった。

 

頂上まではかなり遠く、正午きっかりにやく登頂できたが、二番目に抜いていった人は丁度下山するところであった。剣方面は雲に隠れて見えなかったが、毛勝三山の残りの二山も眺められて、コロナがなかったらあそこまで行けたのだろうかなどと考えてしまった。

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帰りはウンザリするほど長く、最後で遠回りしてしまったこともあり、登山口に戻ったのはなんと9時を回ってしまい、往復21時間(休憩時間を含む)のロングコースとなってしまった。

 

前夜は夕食も摂らずにバタンキュワとなってしまったが、朝になっても全く食欲がない。昨日の行動中の水不足の反動で下山してから水をがぶ飲みしたために胃の具合が悪くなったためらしい。朝食も摂らずにそのまま降りて麓の温泉で一風呂浴びたらようやく元気を回復して、ビールで乾杯することができた。

 

帰りは上田で途中下車して別所線に乗って別所温泉まで往復してきた。これで中部地方の私鉄は地下鉄も含めて全て乗車したことになる(関東地方は既に完乗済)。別所温泉から上田まではほぼ下る一方なので、帰りは自転車で帰っても良かったのだが、この猛暑では下りといえども外にいるだけでツライので、自転車は上田駅の新幹線ホームにケースごと置いたままにしてきた。

 

帰宅してから風呂に入ったら、午前中の日帰り温泉の時は気づかなかったのだが、ダニに喰われているのを発見する。翌朝皮膚科に行って大事には至らなかったが、毛勝山は大変だっただけでなく、とんだお土産付きとなってしまった。

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北海道以外の二百名山(北海道は熊が怖いので敬遠)は残すところニ座のみとなったが、二百名山の中の日帰り登山の対象としては最長の時間を要する山であった。富山県にはもう一つ難関の二百名山が残っている。二百名山で唯一登山道のない山である笈ヶ岳(オイズルガタケ)である。登れる時期は藪が雪で覆われる残雪期のみで(厳冬期は豪雪と猛吹雪で超困難)、今年のGWに毛勝山の前にトライしてみたのだが、全く雪がなく超困難な藪山となっていたために登山を断念したが、次回は3月か4月にトライしてみたいものである。

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2023年3月28日 (火)

千葉県内の関東100名山全山登頂

先週登り残した南房総の関東100名山のリベンジである。岩井駅で下車して、まずは富山(とみやま)に向かう。県道と別れて林道に入るが、かなり上まで伸びているので、急な所は歩いたりして自転車とともに高度を上げる。頂上直下でさらに傾斜が増したので、自転車を置いて頂上に向かう。頂上付近は平坦な広場で、東京湾が一望できる。標高は先週登った高宕山と同様に300メートルを少し超える程度だが、アップダウンがなく一気に高度を稼ぐので、短時間で登ることができる。そのせいか、下山中には平日にもかかわらず、大勢のハイカーとすれ違った。





自転車の所に戻り、しばらく来た道を戻って途中から伊予ケ岳方面に向かう道に進路をとる。伊予ケ岳の登山道は舗装路はすぐに終わるので、登山口に自転車を置いて登り出す。こちらも急登だが、頂上直下には岩場が出てくるので退屈しない。岩場を登り終えると山頂らしき所に出るが、本当の山頂はもう少し北側にある。そちらに登ると最初のピークは遠くからも見える岩壁のてっぺんであることがわかる。



 


こちらのピークもアプローチが短く岩場もあって人気があるようで、富山と併せて登られることが多いらしく、指導標には両方の山名が書いてあることが多かった。それに対して次に登った御殿山は少し奥まった所にあるせいか、登山口から2時間以内で往復できるのは、先程の二山と同じであるにもかかわらず、誰にも出会うことはなかった。


これで目的の三山は登れたのだが、時間的にも体力的にも余裕があったので、戻った岩井駅から少し千葉寄りの浜金谷駅で途中下車して、鋸山にも登ってくることにした。実は鋸山は二度頂上近くまでは登っているのだが、事情があって山頂までは行ってないので、この際だからついでに登っておくことにした。

登りだすと、「道が崩壊して通行禁止」の看板がたくさんあって、気勢をそがれたが、通行できるかどうかは現地を見て判断しようと登りだすと、通行禁止の箇所などはなく普通に通れた。あの看板は一体なんだったのだろう。登山自体は頂上付近で暗くはなったものの、特に問題はなかったが、焦ったのは駅近くまで下りてきた時であった。乗車予定の電車が乗れるかどうかギリギリとなったからである。最終電車までは全然余裕はあるのだが、乗り損ねると次の電車まで1時間近く待たなければならないから必死で進んだ。結局、ギリギリセーフで間に合ったが、コンビニに行く時間もなかったので、君津駅で途中下車してビールとつまみを買って一人乾杯した。
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今回で千葉県内の関東100名山は全て登れたので、次回からはしばらくお休みしていた坂東札所巡りを再開しよう。 











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2023年3月20日 (月)

高宕山

千葉県には特に登りたい山もなかったので、県内最高峰の愛宕山以外には登ったことがなったが(三角点は自衛隊の基地内にあるため未踏)、関東100名山を目指すことになったところ、県南部に聞いたこともない山がいくつかあることを知り、いずれも300メートル程度の低い山ばかりなので。自転車を利用して一気に登ってやろうと不遜な考えか沸き起こった。

 

まずは他の100名山とは離れた所に立地する高宕山から登ることにしたが、当初予定していた最短コースの登山口は上総湊駅から24キロも離れているので、手前から道をそれて別の登山口をとると距離も半分くらいになるし、次に登る山にも近いということで、コースを変更してしまった。

 

とっかかりで道を間違え、正しい登山口に着いたのは11時半となってしまった。当初予定していた最短コースと比べると、随分と長い尾根を行くことにはなるが、たかが300メートルと高尾山の半分の高さの山なんだから2時間もあれば登れるだろうとたかをくくっていた。ところが、これがとんでもない尾根で、小さなアップダウンが連続し、いっこうに高度が稼げない。さらに頂上付近に到着したと思ったら、頂上直下を素通りして高度を少し下げてから尾根に上がってから、方向的には戻るようにして頂上に達するというワザと遠回りするコースになっていて、結局予定を大幅にオーバーして3時間もかかってしまった。
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低山だとなめてかかったらしっぺ返しを食らってしまった。ハイキングの山ではなかったようで、誰も登山者はいなかった(そういえは日曜日だというのに今日は一日中誰にも会わなかった)。行程が遅れているので早々に下山に移ったが、通常は登りよりも下りの方が短い時間で行けるのに対して、アップダウンが連続するために下りも3時間かかってしまい自転車に戻った時は5時半になってしまった。

 

時間切れで予定していた他の山には登れなかったので、近々リベンジすることとしたい。他の三つの山は近接しているし、いずれのコースも短いので、自転車を利用すれば効率的に登ることができると思う(とらぬタヌキの皮算用だけど)

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2023年1月 9日 (月)

東海自然歩道派生コース 曽爾から加太まで

昨夜は早く寝たので深夜から目が覚めて四時過ぎには宿を出発する。夜明け前に名張駅近くのコンビニで朝食を取り、今日のコースを検討する。関西本線の伊賀上野駅までならば最短距離を取れば3時間ほどで着いてしまうが、せっかく来たのだから、途中からでも派生コースに戻ることにした。

 

派生コースは青山高原を南北に縦断するので、まずはその最寄駅を目指して青山町方向に向かう。青山町駅から北上するが、三重県から取り寄せた自然歩道の地図は奈良県のものと違いデフォルメされた概念図なので、どこに自分がいるのかさっぱりわからない。新大仏寺は三重県作成の地図にもグーグルマップにも載っているので、そちらを目指すことにした。
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新大仏寺から関西本線の柘植駅までは15キロと表示されていたので、少し先から左に下っていく道が駅まで一気に下るものだと思い込んで気が緩んでしまったが、実際は五キロほどは緩やかな登りが続くのには参ってしまった。一度緩めた気持ちを立て直すのは容易でなく、何度も歩いてしまった。

 

こんどこそ本当の下りを進んでいくと、柘植駅よりも隣の加太駅に近い地点に降り立ったので、加太駅に向かうことにした。加太駅からは本コースが通っている地点まで往復しておいたので、これで本コースと派生コースは繋がったことになる。

 

今回は途中は室生寺ほか数カ所で派生コースと合流したに過ぎないが、派生コースをまともに歩くと10日近くはかかってしまうので、自転車利用とはいえ、三日間で終わらせるのには、この程度の端折りはやむを得ないだろう。

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2023年1月 8日 (日)

東海自然歩道派生コース 奈良から曽爾まで

今日の行程は時間が読みにくいので早出をしたかったのだが、奈良駅を出発したのは8時を過ぎでしまった。今日の派生コースの前半は「山の辺の道」と名付けられていて、笠置山地の麓を南北に縦断しているのだが、多分、自転車では通れない道だろうと思って、天理・桜井方面に向かう舗装路を南下した。

 

桜井あたりから道は東に向かい、西国三十三箇所になっている長谷寺や室生寺付近を通って三重県に抜けている。ただ長谷寺はコースを少し外れた所にあるので、既に訪問済みでもあり今回は割愛、室生寺は入口までは行ったが、こちらも訪問済みということで、参拝料をケチって中には入らず。もっとも前回の記憶は全く失っているのだが
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室生寺から先は少し登れば反対側の谷へ降りられるのだと思っていたら、予想外の長い登りを強いられ、トンネルにつながる道路との合流点が見えてきた時はホッとした。当初の予定では三百名山の倶留尊山にも登るつもりだったが、時間不足から諦めて倶留尊山の西側にある宿に泊まることとなった。派生コースは峠を越えて倶留尊山の東側を北上するので、明日はゴールまでは派生コースとかなり外れて進まざるをえなくなる。

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東海自然歩道派生コース 石山から奈良まで

東海自然歩道は昨年中に一応完歩したのだが、三重県南部から奈良県を経て滋賀県の本コースに戻る派生コースが未踏だったのでやってみることにした。ただ歩くとなると日数を要するので、自転車でいくことにした。その代わりというか、自転車で通れないところは舗装路を大廻りして通ることにした。

 

スタートは本コースの途上にある東海道本線の石山駅である。しばらく進むと石山寺に着くが、このあたりは西国三十三札所で通っているので見覚えがあった。ところか、その先の派生コースがわからなかったので、適当に進んでいると京都から奈良に向かう道路に出たが、本来のコースよりも大分西寄りに進んでしまったらしい。

 

やがて奈良市内に入ったが、今日のゴールは昨年行き損ねた春日大社とすることにした。六時近かったので社の扉は閉まっていたが、横に回り込むと照明がついていたので証拠写真は撮ることができた。
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これで今日の課題はほぼ終えたと、駅近くの駐輪場に自転車を停め、大事なものが入っているバッグをハンドルから外し、駅前に食事に出かけた。

 

食事をしている途中でハンドルから外したバッグがないことに気付いた。バッグには金目のものはないが、自転車を収容する袋が入っており、それがないと自転車を車内に持ち込むことができなくなるので、自分にとってはかなり重要なものなのである。

 

食事もそこそこに駐輪場に戻ったが、バッグは見当たらず窮地に追い込まれる。拾った人からの届け出はないかを交番や駐輪場の管理会社に聞いてもないという返事だったので万事休すである。ダイソーでビニールシート、粘着テープ、紐を買ったので、応急の収容袋は出来そうだったが、パンク対応の用具一式もバッグの中なので、駅から離れた所でパンクしてしまうとタクシーを呼ぶにしてもやっかいである。

 

非常態勢で翌日を迎えるつもりだったのだが、交番から電話があり落とし物が届けられたとのことで一安心する。後はやり残した仕事である阪和線の支線である東羽衣から鳳までのわずか1.7キロを乗るために大阪方面に向かう。昨年末にJR全線乗車を達成したと思ってたら、この区間だけ未乗車であることに帰宅してから気付いたので、今回の目的の一つとしていたのだ。
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無事目的を果たし、居酒屋で一人祝杯をあげたのはもちろんである。

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2022年12月12日 (月)

英彦山

九州の二百名山で唯一の未登となった英彦山を登るために早起きして何本もの列車を乗り継いで最寄り駅の添田に向かう。乗車した列車が走った区間はほとんどが未乗車区間だったので一石二鳥だった。実は元々の最寄り駅は彦山駅だったが、数年前の水害で日田彦山線が添田~日田が不通となってしまったため(同路線は以前に完乗済)、現在は添田駅が最寄り駅となってしまったため、登山口までは12キロもあることとなり、疲労の蓄積も考えてタクシーを利用することを予定していた。ところが、添田駅に着いてみると不通区間は代行バスが走っているというではないか。これならば彦山駅から登山口までの距離は8キロ程度なので自転車で行くことにした。

 

登山口までの勾配もそれほどキツクはなかったので苦労はしなかったが、苦労したのは登山口を見つけることであった。登山口の表示は一切なく、英彦神社関係の○○宮という表示ばかりだったので、どこを登ればいいのかさっぱりわからない(後でわかったのだが、もっと下のロープウエイ横の参道がメインの登山口のようであった)。少し上まで行った所にキャンプ場があったが、今は閉鎖中で誰もおらず道を聞くこともできず、あきらめて少し下に戻ると車が何台か停めてあるので、このあたりが登山口かなと思って登り出すと神社に出て、大勢の人が正月用のしめ縄を作っていた。

 

ここからようやく登山道となるが、今回登る英彦山は標高も1200メートル以下と低く、今回登ってきた四国九州の二百名山と比べると奥深くもないせいか、全くファイトが出ず、あえぎあえぎの登りとなる。これではいかんと早めのお昼をとるとようやく元気が出てふだんの登りができるようになる。ところが、頂上直下で登山道にローブが張ってあり、「作業中のため通行禁止」と書いてある。「ここまで登らせておいてそれはないだろう」と自己責任で登りつづけることにする。頂上まで着いてわかったのは、頂上の社が倒壊の危険があり、人が社に立ち入って事故が発生するのを避けるために通行禁止としているらしいということである。社のある北山よりも若干高い南山を往復してから同じ道を下山する。
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添田までは代行バスを利用せずに直接降り、福北ゆたか線、若松線(いすれもかつては筑豊本線と称していた)と乗り継いで、九州地方の二百名山とJRの路線の全てを終わらせて関門トンネルをくぐって九州を後にした。本当は関門トンネルは歩きと自転車で通過したかったのだが、時間が遅くなってしまったために断念した。ただ夕方から激しい雨が降ってきたので、時間があつてもトンネル通過の前後が厳しかったかもしれない。

 

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2022年12月11日 (日)

日本一周達成

日本一周の最終日は長崎駅までの41キロのサイクリングである。距離的に楽勝だと思ったのが甘かった。きついアップダウンの連続で距離が稼げない。長崎市の標識を見つけた時はほっとしたが、まだまだ先は長い。やがて市街地に入ったので長崎駅は近いかと思ったら、まだ10キロ以上もあるのでガッカリする。
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気持ちを切り替えて市内観光のつもりで進み、名所に出会うたびに以前に行った記憶を蘇らせていると案外早く長崎駅に着き、日本一周はなんとか達成できた。このあとは、西九州新幹線とリレーかもめ号の特急券を含む博多方面の乗車券をジパングの割引で買うためにみどりの窓口に向かう。なお一昨日に乗車できなかった唐津線経由で博多の手前でJRを離れて地下鉄に入るため距離不足でジパングは利用できないと言われる。ネットの時刻表では博多までJR線と表示されているのだがやむを得ない。特急利用部分は通常料金で、他は本日から使用できる18切符を利用することにした。

 

その後は長崎名物のチャンポンで日本一周達成を祝う。2009年に東京湾のサイクリングを始めた時には日本一周まで続くとは思わなかった。伊能忠敬のように地図を作成するわけではないので海岸線を忠実に進まずに内陸部を経由している所もあるが、そういった所は今後も機会があれば海岸線をトレースして行きたい。
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西九州新幹線に乗車した印象は、やはりあまりにも短い運転区間だということである。しばらくは観光需要は見込めるだろうが、長期的な経済効果を生じさせるには佐賀県内での一刻も早い新幹線開業が望まれるだろう。私の元気なうちに実現できるだろうか
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佐賀駅でリレーかもめ号を下車して西唐津行きに乗換えて、一昨日乗り損ねた唐津線を完乗する。もっとも夜間では沿線の景色は楽しめなかったが・・・。終点の唐津だけでなく、伊万里や有田といった陶芸の産地を今回は通ったが、お店に一度入ってはみたものの、審美眼はないし、ワレモノを自転車で運ぶわけにも行かずお買上なしとなった。どうも不粋な旅が続くが、極め付きは香椎駅からの香椎線北部の終点である西戸崎駅までの最終電車での往復だった。単に乗車しただけという味気ないものだった。

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2022年12月10日 (土)

日本一周に王手

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朝暗いうちから'起き出して昨夜の駐輪した駅に移動し伊万里まで戻る。順調に降りたつもりなのに1時間以上かかってしまい、昨夜駐輪したのは正解だった。

 

伊万里からは平戸方面はパスすることは決めてあったので、佐世保の南の早岐に向かう。比較的平坦で2時間程度で着く。ここから佐賀方面に延びている佐世保線が乗車しているかどうかがはっきりしていない。家族でハウステンボスに行った時に、行きは寝台車だったから長崎本線のはずだが、帰りにもしかしたら乗っている可能性もある。不確かなので一応乗っておこうと思うが、今回長崎からの帰りに乗る予定の西九州新幹線から乗り継ぐリレーかもめが佐世保線をいくので武雄温泉までの往復でいいことになる。

 

武雄温泉の往復後に今日の泊まり場がある西海市に向かう。始めは海沿いの平坦な道で内海の風光明媚な眺めながら行く楽しい道だったが、西海市側に出るために山越えするところは思っていた以上にきつく、ホテル到着はまたしても暗くなってからであったが、長崎市に隣接する西海市に到達したことで日本一周に王手をかけることになった。

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