自転車

2021年11月27日 (土)

大峰から帰京

昨夜、民宿近くのバス停で下車した際に翌朝の時刻を確認して驚いたのは、朝7時半だと思っていた大和上市方面の発車時刻は平日用のもので明日の土曜は15時半になっているではないか(休日も同様)!その時刻では、当日中に帰京するのは難しいのではないだろうか?その旨を民宿の主人に話すと、明日の午前中に大和上市に用事があるので、連れて行ってくれるとなって一件落着となる。

 

宿の主人のご好意で車に乗せてもらい7時半に宿を出る。バスだと2時間以上かかる上、退屈してしまうが、車だと一時間半くらいで着くし、途中話しながら行くのて退屈もしない。宿の主人の方は昼には宿に戻ると言っていたが、行きだけは話し相手がいたので退屈しのぎにはなったろう。ただバス代相当を渡そうとしたのだが、受け取ってもらえないので、またまたご好意に甘えることきなる。

 

今日の行程は、大和上市から近鉄の吉野線、京都線、大阪線と乗り継いで伊賀上野で下車し、そこから伊賀鉄道、信楽鉄道、近江鉄道と乗り継いで米原まで行き、後は新幹線で帰京するのだが、伊賀上野と信楽の間は約24キロ離れているので自転車で移動するつもりだが、途中に標高差で200メートルほどの峠越えがあるようなので、米原到着は暗くなってからになるたろうが、本日中の帰宅はまずまちがいないと思われる。

 

伊賀鉄道への乗換駅である伊賀神戸では乗り継ぎ時間が1時間ほどあるのでネットに出ている飲食店二軒に行ってみるが、いすれもまだ営業前であった。グーグルマップでは営業中と出ているにもかかわらずである。やむを得ず開店していた酒屋でビールとつまみを買う。近辺にはコンビニもないが、終点の伊賀上野にはあるようなので、そちらで買うことにしよう。
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伊賀上野に着いて再度グーグルマップを見直すと、峠越えがあるのは旧道で、新道は峠はトンネルでくぐるため、距離も17キロと短くなり登りもさほどではないことがわかり、これならば遠回りしてコンビニで食料を買うこともあるまいと、そのまま前進することにした。それでもトンネル手前までは結構登りが続いたが、トンネルが見えてきた時には、これで登りは終わりだとほっとする。
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トンネルをくぐった後も結構時間がかかったが、タヌキの焼き物で有名な信楽の町に着く。
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ちょうどいいタイミングで信楽鉄道の貴生川行きが発車するので飛び乗る。そして終点の貴生川で近江鉄道に乗り込んだつもりだった。ところが乗り込んだ電車はJR草津線であった。最後の最後でポカをしてしまったが、近江鉄道は東海自然歩道の滋賀県コースを行く時に乗る機会もあるだろうから、今日は早く帰宅するということを優先してJRに乗ったということにしておこう。

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2021年11月25日 (木)

中国地方から近畿地方へ移動

昨夜は遅くまで行動したので、ホテルを出るのがチェックアウト最終の10時となる。そのため広島到着後に予定していた可部線の可部~あき亀山の未乗車区間の乗車は長崎新幹線が開業後にそれに乗車するために広島を通過する際にでも行くことにしよう。可部線は元々は可部よりもかなり奥まで通じていたのだが、かなり以前に可部より奥は廃線となり、私が乗車した時は可部が終点であった。その後に可部周辺の宅地化が進み、可部のひとつ先のあき亀山までが復活するという珍しいケースである。ただ1区間のためにわざわざ乗車しに行くというのは手間暇のかかる面倒なことではある。

 

ホテルを出発する時は青空も見えていたのに、広島方面を目指して北上するにつれて次第に雨模様となってくる。今回の季節風の張りだしは相当なもののようだ。昨日の寂地山があの程度の荒れ方で済んだのはラッキーだったのかもしれない。ただ昼近くになると雨も止んで薄日もさしてきて、虹もまじかに見られた。
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一昨日に戸田を出発以来、海岸線を離れたあ所を走っていたが、宮島が近づくと初めて海沿いを走るようになる。宮島は若いときに会社を辞めてヒマラヤに行った際に、直前に屋久島を登りに行く途中で立ち寄ったことがあるので、今回はスルーするが、修学旅行生や一般の観光客がかなり大勢来ていて、連絡船もひっきりなしに行き来していた。名物に美味いものなしとは言うが、せっかく広島にきた専用道路ことだしとカキカレーを注文し、宮島の遠景を眺めながら食事をするときは、少々だが観光気分を味わった。
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今回は広島駅には寄らずにやや東部の海田市駅を目指す。というのは海田市以西がまだ足を踏み入れてなかったので、海田市駅まで行くと、山陽道は全て走破したことになるからである。そのために広島市内に入ると進路を東向きに変えるが、これによって広島市内を南北に流れる全ての川と交差することになり、そのたびに道がアップダウンするので、なかなか大変である。

 

海田市駅に近づくにつれて、だんだん道がわかりづらくなる。グーグルマップには自転車モードはないので、歩行者モードにすると、えらく遠回りをしたりするので、自動車モードにすると、自動車専用の橋に通じているので、引き返さざるをえなくなったりした。また自動車専用道路ではないが横断歩道のない道の歩道を走っていたのだが、海田市駅に行くには反対側に行かなけれはならないのだが、その方法がわからず、あちこち探し回ったところ、道路脇の薄ぐらい階段を下りて行くと反対側に通じることがわかったりした。なにしろ目的地まで五キロほどに近づいてから目的地に着くまでに1時間近くかかるという迷路のような道であった。

 

これで今回の中国地方の旅はほぼ予定どおり終えて、次の目的地の近畿地方までは新幹線で移動することになるが、時間的には広島まで戻るのが早いものの、急ぐ旅ではないので普通で三原まで行き、そこから新幹線に乗ることとした。ところが、三原駅にはホームにも構内にも売店がなくて駅弁が買えないのである。新大阪まで我慢しなければならないかと思ったが、次のこだまが岡山止まりだったので、それに乗って岡山まで行き、弁当をゲットしてから、次のさくら新大阪行きに乗ることで、弁当が買えただけでなく、新大阪にも1時間近く早く着くことができた。

 

新大阪からは堺に移動し、明日の和歌山までのツーリングの一部を残業してこなしておいたので、明日は楽になるたろう。

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2021年11月24日 (水)

寂地山

本日は、今回の計画の中で最も難度の高い寂地山(山口県最高峰)である。というのは、最寄り駅から登山口まで25キロもあって利用可能な公共交通機関がないため、今回は往復とも自転車利用を予定しているので行動時間は11時間必要なのに体して(自転車往復6時間、登山往復5時間)、最寄り駅始発と最終の間の時間が約12時間しかなく、余裕時間が非常に厳しいからである。

 

登山口までは勾配が2%以下と少ないため、予予時間4時間に対して3時間と一時間の貯金ができる。ところが予定してきた寂地峽コースでななく、犬戻しコースを登りかけてしまったため、寂地峽コースに戻るのに約30分をロスしてしまう。

寂地峽コースは最初の30分ほどは観光客用の遊歩道(ほとんどが手すり付きの階段)だが、観光客は祭日だというのに一組しか出逢わなかった。季節風の吹き出しで小雨模様だったこともあるが、あまり人気のないエリアなのだろうか?
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遊歩道の先からが登山の対象となるが、しばらくすると雨が雪に変わり先行きが懸念される。撤退の文字が頭をよぎるが、とにかく稜線までは登り、稜線が風雪で吹きさらしになっているようならば、撤退することにした。

 

稜線に上がると雪も小降りになっており、樹林帯が続いているため、吹きさらの心配もないようなので、前進することにした。ただ引き返すタイムリミットを3時半(その場合でも予定時間を30分オーバすることになるが)と決めて前進することにする。頂上にはタイムリミット前には着いたが、一面の雪景色で誰もいなかった。結局、この日は休日にもかかわらず、登山者は自分一人だけのようであった。
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すぐに下山を開始したが、雪道の下山のために思ったより時間がかかったりして、最寄り駅に向けて自転車で出発できたのは、余裕時間を30分残すのみであった。おまけに最初の5キロほどはそこそこの傾斜だが、夜道の上にブレーキの効きが甘くて(路面とブレーキ自体が濡れているため)スピードが出せないため、最寄り駅に着いたのは出発15分前で滑り込みセーフという有り様であった。

 

ぎりぎりでの予定達成を祝って居酒屋で祝杯を上げたいところだが 時間が遅かったので、コンビニで買った酒とつまみで我慢することになった。翌日は広島までツーリングしてからは、中国地方を後にして近畿地方まで新幹線で移動することを予定している。

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2021年11月22日 (月)

錦帯橋

予想どうり朝から激しい雨である。チェックアウトは10時までなので、それまではホテルでのんびりすることにした。今日は岩国までなので、半島部分をショートカットすれば50キロ程度の行程となり、遅い出発でもなんとかなりそうである。チェックアウト後は、駅の駐輪場に自転車を置いて待合室で雨が小降りになるのを待つ。

 

完全に降り止む気配はないので正午前に駅を出る。ホテルで地域振興券として1000円券二枚をもらったので、それが使える牛肉料理店に入る。
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写真のメニューはボリューム満点で、味もそれなりに美味しかった。もう一枚の1000円券は近くの酒屋で使う。今日はまだ50キロほど自転車で移動しなければならないので、中瓶以上はパスして小瓶とつまみだけを買う。
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下松から南下して光を経由して海岸線を行くルートは午後発のルートとしては時間がかかりすぎるのでパスし、岩徳線に沿って直接に錦帯橋を目指すこととする。そのため、峠越えと狭いトンネルなどもあって、なかなか大変なルートでもあった。

 

錦帯橋は6年前の夏に広島から長崎への原爆慰霊日を訪れる旅で岩国で乗り換えた時に立ちより損ねて以来であったが、明るいうちには辿りつけず、今回もペケかと思いきや、ライトアップがされていてバッチリ観光することができた。
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そこからホテルまでは一足であった。

 

明日は山口県の最高峰である寂地山登山であるが、登山自体よりも錦川鉄道終点の錦町から登山口までの約25キロのアプローチの方が大変な気がする。日帰り登山に適したバスの運行がないため、自転車で行こうとしているからである。タクシー利用という選択肢もないわけではないが

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2021年10月12日 (火)

三方分山

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山梨百名山98座目は三方別山である。この山には何回か計画を立てながら、いずれも挫折している。それは、この山が難しいからではなく、逆に易しいために、他の山を登ったついでに登ろうとして、時間が足りなくなって登らず仕舞いが続いていたというのが本当のところである。そこで今回初めて、この山だけを単独で登ってみることにした。

 

山梨百名山登山でよく利用した身延線を今回も利用する。芦川駅から三方別山登山口までは11キロあるがバスは走ってないので、またまた自転車利用となる。ただその区間の標高差は200メートル程度なので、この位であれば、私でもさほど苦にならない。

 

地図上の登山口には11時過ぎに着いたが、登山道が見当たらない。地図で登山道が始まっている場所は民家(廃屋? )の庭先で、無断で立ち入ってみたか、行き止まりとなっている。やむをえず、少し下流まで行って見ると、駐車場の横に細い道が続いているのを発見。辿ってみると、上の方まで続いているので、どうやら登山道に間違いないらしい。

 

急な登りを2時間ほど続け、そろそろ釈迦ヶ岳が近いかなと思う頃に林道に飛び出す。五万図には記載されてない道だ。しかも、そこから先は地図には書いてある稜線上の道が見当たらない。やむをえず林道を進んでいくと、山頂を巻くように尾根を乗越すところに梯子がかけてあって、釈迦ヶ岳、三方別山方面と書いてある。林道をそのまま進んでも三方別山に続く稜線の鞍部に出られる気がしたが、なにしろ林道は地図に載ってない道なので、標識通りに進むことにした。

 

急な登りは釈迦ヶ岳直下の稜線まで続いていた。稜線を左に行くと釈迦ヶ岳山頂のようだが、気がせいていたのて、右に進んで三方別山を目指す。鞍部まで少し下ると、すぐ下に林道が見えてくる。林道まで下る道もあるようなので、帰りは近道を取ることとしよう。鞍部からの急登が傾斜を落としてコースが左に曲がったところに登山道という標識がある。帰り道の時にコースを右折せずに直進して尾根を取り違えてしまうという間違いをしやすい要注意の場所である。

 

ここまで来ると山頂は目前である。最後の急登を終えると98座目の山梨百名山の三方別山の頂上である。登山口からの標高差が900メートルちょっとなので3時間くらいで登れるかなと思ったが、休憩時間も含めて4時間近くかかってしまった。晴れていれば精進湖方面の展望も期待できたが、あいにくガスに覆われていて全く展望もなかったので、明るいうちに下まで下りたかったこともあり、早々に無人の頂上を後にする。

 

下りは先ほどの注意点を守り近道を通ったこともあり2時間で下山できたが、最後の所では足元が悪かったので念のためにライトをつけて下ることにした、登山口から芦川駅までは11キロで下り一方なのて、40分くらいで下れると思ったが、夜道を安全運転て行ったため1時間もかかってしまった。おかげで身延線の待ち時間が10分しかなく、自転車をばらすのにかなり焦ってしまった。

 

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2021年4月 1日 (木)

十谷峠

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山梨百名山の源氏山と富士見山はアプローチが長い上に分かりにくいのだが、源氏山は丸山林道経由がメインコースということがネットでわかったので、鰍沢口駅から丸山林道に向けての最短路を行こうと思ったら、すぐに砂利道となったので、これはまずいと引き返す。自動車モードで検索すると南から回り込んで行くようになっていたので、その道を進むが、どうもその道は富士見山の登山口付近を経由して行くようなので、急遽富士見山に目標を変更する。十谷の集落の駐車場に自転車を停めて登山口に向けて歩きだす。

 

5万図によれば富士見山登山口は温泉の裏手となっているが、あたりを探しまわっても一向に登山道は見当たらない。よーく観察するとかすかな踏跡らしきものはあるので、それを伝って登っていくが、およそ登山道とは言えない悪い道である。登りやすい所を選んで登って行くが、行程は捗らず時間ばかりがすぎていく。しばらくして林道を横切ったので、道が良くなるかと期待したが、相変わらずはっきりとしない踏跡が続く。

 

代わり映えしない登りが続いて少々飽きてきたが、尾根道の先にガードレールが見えてきたのでひと頑張りで自動車道に出て、右に少し登ると十谷峠であった。この時に気付いたのであるが、十谷峠までの登山道が悪かったのは、富士見山を登る人は車で十谷峠まで上がってから歩きだす人がほとんどで、下から登る人などはまずいないためだからだろう。

 

峠からは富士見山まで90分と表示されているので、6時までには峠に戻ってこれるだろうが、それだと最終電車には間に合わなくなる可能性が大きいので、今日はここで引き返すことにした。下りは登ってきた道か、大回りしている自動車道のいずれかということになるが、前者は距離的には近いものの、あんな悪い道を下りたくなかったし、次回は自転車で峠まで登るつもりなので道路の状況を見ておきたいということもあり、自転車を停めてある所までの12キロをジョギングで降りることにした。

 

自動車道は大きく蛇行しているだけあって、勾配はそれほどでもなく自転車でも十分登れそうであった。ただ道路上はかなり下の方まで倒木と落石で通過困難な所が多く、道が整備されるまではしばらくは止めておいた方がいいだろう。秋くらいに峠までテントを上げて、翌日に源氏山と富士見山を往復してから自動車道を降りるというのがいいかもしれない。山梨百名山も終わりに近づくと大変な所ばかりが残ってくる。源氏山と富士見山もそうたが、日本第二の高峰である南アルプス北岳の裏側にある小太郎山もなかなか登るのが大変そうである。

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2021年3月24日 (水)

千頭星山と日向山

緊急事態宣言のために夫婦旅行のキャンセルが続いたが、ようやく解除されたので、大手を振って出かけることが出来るようになった。そこで感染リスクの少ない地域で手近でもあるところとして、甲府のひとつ先の竜王にある神の湯という温泉に一泊することにした。ここは以前にも一回泊まったことがあるのだが、住宅地の中にポツンと1軒だけ温泉宿があるという変わった立地で、甲府の夜景が売り物となっているようだが、とても100万とは言えないかなりショボイ眺めである。その代わりと言うか、富士山、南アルプス、八ヶ岳、奥秩父と山の眺めはすばらしい。前回は秋だったので、今度は雪をいただいた峰々を眺めてみたいという願いを実現することになった。

ついでに山梨百名山の千頭星山(90座目)と日向山(91座目)の登頂も行うことにしたので、私一人だけで始発で韮崎に向かう。途中何回か乗り換えがあり、特に大月駅では乗り換え時間が3分しかないので、乗り換えには注意をしているつもりだった。ところが不覚にも大月到着直前で睡魔に襲われて大月駅では寝過ごして乗り換えに失敗!次の電車に乗ったため30分弱の遅れとなってしまった。この時は30分くらいの遅れはどうにでもなると思ったのだが・・・

千頭星野の手前には甘利山という同じく山梨百名山の山があり、南アルプス前衛の山として有名だったので数年前に登ったのだが、当時は山梨百名山には関心が無かったため、奥まったところにある千頭星山まで足を伸ばそうという気は起こらなかったのは今にして思えば惜しいことをしたものである。

甘利山の頂上直下にある駐車場までは舗装道路が伸びているが、標高差にして千メートル近くを自転車で登るとなると大変な労力を要することになり、少し傾斜がきつくなると自転車を降りて歩きだすものだから、滅茶苦茶時間がかかってしまった。前回はどうだったかはブログを読めはわかると思うのだが、体力低下の事実を知るのが怖いので読まないことにしておこう。

甘利山の頂上からは千頭星山の雄大な山容が間近に望めるのだが、遠近感が取りにくく簡単に登れるのではないかと錯覚してしまった。たた実際に登ってみると一向に近づかずに時間ばかりが空費していく。さらには、雪が次第に深くなり、膝までズボズボと埋まってしまい、遅々として行程が捗らなくなる。そのため一度は途中で引返すことも考えたが、ここで悪魔の誘惑に乗ってしまった。それは同じ道を引き返すのだから、下りは踏み跡を辿ってくれば、潜ることもなく短時間で降りられるだろうというものである。

雪が降り出して展望のない頂上に着くと証拠写真だけを撮ってすぐに下山を開始する。ところが、登りの時につけた踏み跡がすぐに見失ってしまう。どうも風に飛ばされて踏み跡が消えてしまったらしい。広い斜面を下って行くので、踏み跡なしでは登りの時のルートが全くわからない。そこでやむをえず、正しいと思われる方向に向かって降りていくのだが、登りとは違う所を下って行くので、登りの時ほどではないが潜ってしまい、思ったような速さでは降りられなかなってしまった。

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1時間ほど格闘して6時頃に甘利山まで降り立つことができた。これで帰りの時間もある程度読めるようになったので、妻に電話して夕食の時間には間に合わないので先に食べてもらうよう伝えた。
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後はわかっている道を進むだけなので気は楽だが、宿まではなかなか遠かった。ようやく宿まで辿り着いて妻に電話すると、感染予防のために手配しておいた部屋食が後10数分で片付けに来るという。急いで部屋に向かい、10分程度であらかたの料理を食べて片付けにはなんとか間に合う。朝の寝過ごしによるタイムロスの付けを思わぬところで払わされる羽目になった。

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翌日は日向山に向かうので、チェックアウトまで宿でゆっくりする妻と別れて竜王駅に向かう。中央線で日野春駅まで行き、ここから登山口のある駒ケ岳神社に向かう。ところか、神社の手前で林道が分岐していて、その終点から登るのが今は普通になっているようなので、標高差は400メートルほどあるが頑張って登ってみる。終点には何台か車が停まっていて人気のある山のようである。

昼食を食べていると数パーティーが下山してくる。だいぶ出遅れてしまったことになるが、標高差600メートル弱の登りなので、ゆっくり登っても1時間半もあれば登れるだろうと見当をつけて登りだす。途中には1から10までの番号がふってあるし、樹間からは鳳凰三山や甲斐駒ヶ岳が眺められるので、退屈せずに頂上に着くことができた。

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頂上は樹木に覆われているので、360度の展望というわけにはいかないが、樹間から甲斐駒ヶ岳が間近に見れるのは嬉しい。急登を重荷に喘いだ黒戸尾根や赤石沢奥壁、摩利支天中央壁、黄蓮谷と言ったバリエーションルートも懐かしい。特に真正面に見える黄蓮谷は実際に登ったのは雪のない時期だけであるが、冬のアイスクライミングも何度か計画しながら、登らず終いだったことは残念であった。
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展望を楽しんだ後、下山に移るが、登山口まではすぐであった。そこからは自転車で釜無川まで一気に下降する。日野春駅よりも長坂駅の方が近そうなので、そちらに向かうことにするが、数百メートルの標高差を登らされるのにはまいった。それでも6時前には駅に着き、無事に目標達成を祝ってビールで喉を潤した。。

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2021年2月23日 (火)

鳥ノ胸山

緊急事態宣言中ではあるが、人気のない山ならば人との接触もなく問題ないだろうと、山梨百名山の鳥の胸山に出かけることにした。ただ問題となるのはアプローチである。多少歩くことにはなるが、バスも本数は少ないなからは走ってはいる。しかし、午前中の便しかないので、日帰りは無理で現地で一泊しないといけないが、この山のためにわざわざ一泊する気にはならない。そこでアプローチに自転車を使うことにした。片道で30キロ近くあるが、山自体はコースタイムでも3時間程度なので十分日帰りで行ってこれそうである。

出発点の藤野駅から鳥の胸山がある道志渓谷まではひと山越えて行かなければならないが、朝のうちの元気な時だったので、さほど苦労せずに道志渓谷に降り立つことができた。道志渓谷沿いの道は多少のアップダウンを交えながら全体としては緩やかな登りたなっている。今日は祭日(何の日だったけ?)なので、大勢のサイクリストが走っていてハイペース で飛ばして追い抜いていくが、気にせずにマイペースで進んでいく。

 

登山口にはほぼ予定どおり昼過ぎに着く。ここから頂上までの標高差は約500メートルだか、最近経験したことがないくらいの急な登りであった。誰にも会わずに登れたので人気のない山かと思ったら、頂上には先客がいたし、下山中にも登ってくる親子連れにあったので、そこそこ登られてはいるようである。

 

頂上では山梨百名山登頂(85座目)の証拠写真をとり、反対側の雪煙が上がっている富士山(強風であることを表している)も撮りたかったのだか、逆光のためうまくは撮れなかった。行動食の残りを食べてすぐに下山に移って急な山道を駈けるように下ったので、早く降りられると思いきや、途中で林道に迷い込むという失敗をしてしまったので、登りと大差ない時間となってしまった。そのまま林道を降りても下山はできるのだが、登りの時と同じ道に戻らないと自転車が回収できないので、登りの時の道までは強引に山腹を横切っていったので、結構時間がかかってしまった。やはり「急がは回れ」で間違えた所まで戻るべきであった。

 

今回の目的は達したので後は戻るだけであったが、藤野駅までの30キロの道は事前のイメージでは下り一方というものであったが、午前中の印象では結構アップダウンが多いようだったので、峠を越えて都留市まで下ることにした。峠下のトンネルまでの5キロほどの登りはあるものの、全体の距離自体は10キロ以上短くなるからである。

 

疲れが溜まっている時の登りはキツくて太ももが痙攣しそうになり、トンネルが見えてきた時は思わずホッとしてしまった。トンネルから先は長い長い下りで体力的には楽だったが、日が落ちた後の冷気がこたえ、都留市で温かい食事ができて生き返った気になった。

 

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2021年1月 3日 (日)

初山行

 

年末年始はステイホームのつもりだったが、急遽日帰りで山梨の山登りに出掛けることになった。というのは、感染拡大で正月明け早々にも緊急事態宣言が出る可能性が強まったための駆け込み登山であるが、一人であまり人と会わない登山をしても感染リスクはほとんどないものの、さすがに宣言直後に不要不急の外出をするのは気が咎めるからである。

 

今回の目的は最近足しげく通っている山梨百名山の踏破である。身延駅の東に位置する三石山、続いて西の身延山、さらには時間が許せば、前回登り損ねた山梨南部の百名山もと、またまた欲張った計画を立てたが、時間的に最初の二つだけで精一杯であった。

 

今回の最初の難関は甲府駅での身延線への3分以内での乗り換えである。中央線下りと同じホームではあるが、前後に少し離れているので少し心配したものの、問題なく乗り換えられた。次は三石山登山口までの林道の勾配が15パーセント以上あって、これが5キロ近く続くことである。ほとんどは自転車を降りてしまったが、帰りが楽だろうと登山口まで引っ張っていったので2時間近くかかってしまった。三石山までのコースは登りだしてすぐに尾根道となり比較的歩きやすい道であった。展望台まで登りつめると富士山が真正面に見えるが、年末には雪がなかったのに今日は真っ白になっているのは、その後の寒波の影響なのだろう。
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頂上直下に社があったので、静かな初詣をしようと思ったが、賽銭箱がなかったので、身延山までお預けすることになった。山梨百名山の標柱が立っている所よりも少し奥の方が高いように見えるので行ってみたか、樹木に遮られて展望が得られないためか、頂上の痕跡は何もなかった。

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展望台のあたりまで下ってきた時に、今日初めて他の登山者とすれ違った。登山口までのアプローチは どうしたんだろうと思ったら、登山口には先程はなかった車が駐車してあったので、やはり車以外でこんな所まで来る人はいないんだらうなと思った。肝心の下りの方は、一応舗装はされているものの、デコボコが多くてスピードが出せないので、先程のパーティーの車に抜かれるんじゃないかと気がかりであったが、なんとか抜かれずに下まで降り立つことができた。

 

次は身延山に向かうが、時間は3時を回っており、帰りはライトを着けることを覚悟する。身延山は正月ということもあって結構な人出であったので、なるべく人とは接触しないように進んだ。着いた時はまだ登りのロープウェイが動いている時間であったが、密空間を避けるために参道を登ることにした。こちらも20パーセント近い勾配があるため、早々と自転車を降りてしまう。ただ帰りは間違いなく夜になるだろうから、夜道ではスピードも出せないし、自転車を引きながら登っているとスピードも出ないので、早めに自転車を置いて登り出す。

 

有名な久遠寺を過ぎて、車止めとなっている所にあるお寺で初詣を済ませ、夜間の最後の登りに備えてから登り出す。頂上付近に着いた時は真っ暗になってしまい、山頂の標柱が見つからない。うろうろしたあげく最高点より少し下がった展望の良い広場に標柱があるのを見つけた。これで山梨百名山は79座目の登頂となった。

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下りは参道を駆け足で下ったので、自転車がなくてもそこそこ早く降れた。ただ道端に置いた自転車を見つけられるかが心配だったが無事に見付けられ、駅の近くで飲食物を買って最終電車に間に合うことができた。だが、試練は終わってなかった。甲府駅での高尾行き最終への乗り継ぎ時間が朝同様3分しかないのだが、朝と違って隣のホームへの移動が必要となる上に、乗った電車の甲府到着が3分も遅れてしまったのである。ある程度は遅れた電車を待ってくれるだろうと思いつつも、先頭車輌から自転車を抱えてホームをダッシュし、エスカレーターも駆け登り、駆け下りで車輌に乗り込んだ直後にドアがしまって辛うじてのセーフだった。もっとも正月早々に年甲斐もないことをしてしまったと反省もしたが・・・

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2020年10月29日 (木)

温泉と山Ⅱ 鉢伏山には届かず美鈴湖に転進

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二日目は鉢伏山を目指す。鉢伏山登山は通常は松本から車で扉温泉まで入って、そこからはハイキングで登るようだが、松本郊外からも尾根が延びているので、松本からの日帰り登山も可能だろうとトライしてみることにした。 松本から鉢伏山に直接登る人は少ないとみえ、尾根に上がるまでは道が不鮮明な上に傾斜が急で、意外と時間がかかってしまった。ただ尾根に出てしばらくすると、林道と合流してなだらかな登りが続くようになる。展望に恵まれなかった昨日とは違って、今日は雪をいただいた北アルプスの展望が楽しめるのだが、天候が今ひとつで、写真にすると大展望を写り込めなかったのは残念だった。ただ林道の両側には紅葉とススキが連なっていて、秋の雰囲気をなんとか撮りこむことはできた。

林道は延々と続いて行程は遅々として捗らず日帰りで往復することは難しいと思われたので、峠で大休止して昼食を摂り、ここから引き返すことにした。

峠で景色を眺めながら昼食をとっていると、背後からけたたましい物音がするので振り返ると、マウンテンバイクが砂利道を駆け下ってくるのであった。峠から先は当然、巻き道の林道を進むのかと思ったら稜線を駆け上っていくのは意外であった。私も帰り道は稜線通しに進んでみたが、山頂までは大した登りではないものの、下りは物凄い急坂であるにもかかわらず、ちゃんとタイヤの跡が残っていたのにはびっくりした。 林道と別れて登山口に戻ったのは3時過ぎで、今からホテルに戻るとなると早すぎると思ったので10年ほど前に参加したことがある美ヶ原自転車レースの核心部である美鈴湖まで行ってみることにした。 朝間温泉から激坂が連続するが、しばらくすると通行止めのため美鈴湖へは迂回するようにとの表示が現れる。美鈴湖経由美ヶ原までの路線バスは本年は運休とのお知らせがネットに出ていたので、コロナのせいかなと思っていたら、通行止めのせいであることがわかった。 やがて通行止めのゲートが現れたので、自転車を置いて徒歩で登りだしたが、間もなく決壊箇所が二ヶ所に遭遇する。おそらく去年の台風によるものと思われるが、復旧の手は全く入っていないようなので、まだしばらくは通行止めが続くのだろう。 コースは急なヘアピンカーブが連続するが、よくこんなところを登ったものだと我ながら感心してしまう。傾斜が落ちると美鈴湖はもう目の前で、コースはさらに美ヶ原山頂直下まで緩い登りが続くのだか、今日は美鈴湖で引き返すことにした。

 レース参加時は終了後に市内に戻る際に、他の選手に煽られてスピードを出しすぎてカーブを曲がりきれずに転倒して鎖骨を骨折してしまったのだが、完治するまで一切の運動を禁じられてしまったために暇潰しに、奥の細道や東海道五十三次を歩きはじめたことが、その後の日本列島徒歩縦断その他の歩き旅に繋がったわけで、自分にとっては思い出となるコースを再び訪ねることができて何よりであった。

 翌日はホテルでゆっくりした後に松本に向かうが、途中松本民芸館に立ち寄る。在住者による世界各地から集めたコレクションが展示されているが、館内では撮影し忘れたので、外観だけを写しておいた。その後は松本駅でそばを食べてがら空きの特急で帰京することとなった。

帰ってから調べてみたら、鉢伏山に続く尾根に取り付く前に渡った川に沿ってそのまま進んだら、(多分)舗装道路が扉温泉の先まで続いており、2時間もかからない登りで鉢伏山に登頂できることがわかった。扉温泉まではバスはないので、自転車だと2、3時間はかかるようだが、扉温泉に泊まれば送迎はしてくれるようだ。

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