ネパール旅行記
1月25日
ヒマラヤの旅もシッキムが終わり、いよいよ最後のネパールに移ることになる。ブータンに向かう時に利用したバグドグラ空港がネパールに向かう時の出発点ともなる。安い航空券を利用しているので、デリーでの乗継時間が半日(しかも深夜)というスケジュールだが、時間には不自由しない身分なのでやむを得ない。
出発時間の6時間ほど前なので、まだチェックインはできないかなと思ったが、地元の航空会社なので(LCCがかもしれないが)常時職員がいるため早めのチェックインも可能なようであっあ。チェックイン自体は特に問題はなかったが、チケットを購入したクレジットカードの提示を求められたのには驚いた(こんなことは初めてだ)。念のために使わないだろうと思ったが、カードを全部持ってきておいてよかった。
待ち時間が長いのでプライオリティパスが使えるラウンジを利用しようと思ったが場所がわからず、待合室で待つしかなかった。ただ空港までのタクシー代が思っていたよりも安く済んだため、余ったルピーを使うためには、待合室の売店利用を余儀なくされたことも良かったかもしれない。
長時間の待ち合わせの後に夕方6時前にようやくデリー行きの飛行機に搭乗できたが、上空に達すると西の空にはわずかに太陽の光が残っていた。しばらくして機内サービスが始まったが、一部の乗客だけに食事を配っている。あれと思ったが、LCCなので予約した人だけに食事サービスがあるのだろう。飲物も配りだしたのでコーヒーを頼んだら200ルピー(約350円)とかなんとけいっている。コーヒーも有料なんだ!「ルピーは持ってないのでクレジットカードで払う」と言ったら、向こうも面倒くさくなったのか、結局無銭飲食となってしまった(ポケットの中を調べたらギリギリ200ルピーはあったけど)。
デリー空港には夜8時頃に着いたが、カトマンズ便は早朝なので、それまでプライオリティパスのつかえるラウンジでどのくらい粘れるか(行きも利用したラウンジであまり快適ではないが)。その前にデリーの到着したのはターミナル1なのでターミナル3までシャトルバスで移動しなければならない。バス代が25ルピー必要だったので、ルピーを全部使い切ってなくてよかった。
ターミナル間の遠いことったらありゃしない。JRの何駅か分くらいの距離はありそうだ。ところが、ターミナル2に着いたところで全員降車してしまい、ターミナル3行きのシャトルバスはどこから乗るのかわからない。係の人に聞いても要領を得ない(単に自分のヒアリング力不足なのだが)。ただ上の階に行くのだというようなことは言ってるようなので、色々と試行錯誤をしてみると、同じ建物の1階はターミナル2で上の階はターミナル3だということがわかった。一件落着ではあるが、こんなこと、普通はわかんないよな。
これで問題解決かと思ったら、さらに難題がふりかかってきた。カトマンズ便は早朝出発なので、今夜中にプライオリティパスが利用できるラウンジに入って朝まで粘ろうと思っていたら、カトマンズ便は2時間近く遅れて、まだターミナルの中には入れてもらえず、ターミナルの外で待たされる羽目になったことである。国際便の乗継ならば、別のターミナルになることは通常はないので、外で待たされるということはないのだが、今回は国内便から国際便への乗り継ぎというのが落し穴であった。まさか屋外で待たせれるなどとは思わず、ダウンは預け荷物の中に入れてしまったのは失敗であった。まあデリーは日本ほど寒くはないのだけど。
おかげで今日は昼も夜もラウンジに入れなかったが、代わりに売店で食事する羽目となり、朝は朝でタクシー代が足りなくならないようにと思って粗食で済ませたので3食合わせても千円に達しないという結果となり、インド最終日は思いがけない倹約デーとなってしまった。
1月26日
日付は変わる直前に屋外にいる係員によってターミナル内に入れてもらえたのであるが、イミグレで出発3時間前までは手続きはできないと言われて追い返される。まあターミナルに入れただけでもよしとするかと思ったのだが、屋外は椅子があって仮眠もできるのに対して、屋内は椅子がないので立ちん坊かぶらつくしかなくて、どちらがよいかは判断が難しいところである。と思っていたら、しばらくして入口付近にベンチがあるのに気付きましてホッとする。
しばらく待機してから、少し早めではあるがイミグレに行ったら、今度は手続きをしてくれた。その後、セキュリティチェックも終わり、まずは搭乗ゲートの確認をしておく。次にプライオリティパスで利用できるラウンジにむかうのだが、ここで前回の記憶を思い出してと思ったら、間違ってコロンボ空港のラウンジと混同してしまい、遠くまで行き過ぎてしまった。間違いに気付いてから、かなり戻ってラウンジに入ることができた。
早朝にもかかわらずラウンジはかのりの盛況であった。料理は大したものはなかったが、昨日1日の食事に比べればご馳走である。それよりも前回は飲み放題だったビールが今回は提供されないようなことが残念であった。アルコールの提供には時間帯があるのだろうか
食後に搭乗ゲートに戻り、搭乗時間を待っていると、気づかずうちにまどろんてしまう。目を覚ますと搭乗ゲートには行列が出来ていたので、慌てて並んで機内に入る。これでやっとネパール旅行を始められることになった。
離陸してしばらくすると、ヒマラヤの大展望が展開してくる。ダウラギリ、アンナプルナ、マナスルといった8千メートル峰が屏風のように並んでいる。山好きにとっては応えられない風景である。
やがて機体は徐々に高度を下げてネパール上空に達するが、エベレストと思われる山容もはっきりととらえることができる。
空港に着陸してからはイミグレもセキュリティも順調に進んだのだが、預け荷物がなかなかでてこないのにはいらいらした。ただ考えてみればデリーでの乗り継ぎ時間が6時間以上あったのて、おそらく一番奥に積み込まれたであろうから、出されるのも最後になるのは止むを得ないと言えよう。
タクシーはプリペイドタクシーが一般的になっているようなので、昔のように運転手と料金交渉をする手間が省けて楽になったものである。空港から繁華街のタメルまでも以前ほどは渋滞せずに来れたようなきもするが、たまたまラッシュの時間帯を外したからかもしれない。
予約していたホテルはなかなかいいホテルなので、ポカラ帰った後も泊まってみたいと思った。一休み後、近くの日本料理店に行きカツ丼を食べる。日本のものと遜色のないものであったが、こんなものばかり食べていると、せっかく外国に来た意味がないのでほどほどにしておこう。
ホテルに戻ってひと眠りしてから、明日のポカラ行きのバスの集合場所を確認しに行った。集合場所とされているnayabazarという地名はいくつかあり、そのなかではeチケットがリンクしている個所と、地元の人が教えてくれた「毎朝、バスが停車している」
という個所はいずれもその痕跡はないのだが、とにかく朝行って確認してみよう。
帰り道の途中でアルコールの飲める中国料理の店があったので、モモをつまみにビールを飲むが、それだけではちょっと足りない気がしたので、帰る途中でコンビニ風の店でカップ麺とワインを買ってホテルで飲み食いしだ。
1月27日
6時前に起き出して出発の準備をし、カトマンズに戻ってから同じホテルに予約してあるので不要の荷物はホテルに預け、ホテルが用意してくれた朝食を持って集合場所に向かう。
eチケットがリンクしている集合場所にはおびただしい数のバスが停まっている。係員にどのバスなのかを尋ねても、自分のeチケットは日本語で書かれているので、係員はバス会社がわからずにたらい回しされてしまう。
取扱業者の名前を手がかりにバスが見つかるが、少々お高いツアー専用バスを申し込んであったので、いままで何度か利用したポカラ行きのバスとはグレードの違う高級バスであった。最後のポカラ行きだから、このくらいの贅沢は許されるだろう。
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最初は最後部の座席に座らされたが、出発直前になって席を立たされたので、バスから追い出されるのではないかと心配したが、展望の良い最前列の席に移動させてくれたということで一安心する。
7時過ぎにバスはようやく発車し、これでポカラまでは行けることが間違いないことになった。座席は半分弱しか埋まっておらず、今まで利用してきたポカラバスのようなオンボロバスとはえらい違いである。
バスはリングロードと呼ばれる環状線を反時計回りに進み、スワントナープというボドナートと並ぶカトマンズの有名な寺院の付近からポカラに向かう道に分岐していく。このあたりは昔レンタサイクルでも通ったことがあるところである。
1時間ほど走った所でトイレ休憩になる。このあたりまでは道幅も広い舗装路なので快適に進めるが、その先は悪路が多くなり、格段にスピードが落ちてくる。
悪路は断片的に続くが、高度がサゴってくるので気温も上がり暑くなってくる。2回目の休憩では小腹が空いてきたので野菜コロッケの
サモサを食べる。ツーリスト相手の店では50円だったが、少し離れた地元民相手の店では40円だった。もちろん後者の方を買う。
ポカラに近づくにつれて、次第に高度は上がり暑さも和らいでくる。ポカラのバスターミナルには2時過ぎに到着するが、そこから今晩のホテルまでは歩いて30分弱なので、タクシーに乗るほどでもない。ホテルまでの途中に食堂があったのでモモを食べる。モモは日常的に欠かせない食事となってしまった。
ホテルに着いて部屋に入ると今回の旅で初めてバスタフが付いているのに驚く。さらにバルコニーまで付いているのに2度驚く。よく調べてまたら、なんと五つ星のホテルだった。そんなに高い料金ではなかったはずなのだが
すっかりお大尽になった気分で、夕食は本格的な中国料理の店で食事する。ダージリンでは中国料理と銘打っていても、実質はインド料理だったことが多かったので、久しぶりに本格的な中国料理を楽しめた。
1月28日
今日はアンナプルナベースキャンプをヘリコプターで訪問する日だが、そもそもこのホテルを選んだのは、このホテルが集合場所になっていたからである。ホテルには朝食が付いているのだが、それを食べていると間に合わないので、自分の部屋でカップ麺を食べてからロビーに降りてむかえを待っ。
集合時刻をだいぶ過ぎてから、ホテルの人からフライトのキャンセルを告げられて朝食を食べるように言われる。たいして空腹ではなかったが、一通り食べてから部屋に戻り、今日の予定を考える。雨の中を自転車やボードに乗ったりしたくはないので、湖の端まで行きは歩いてみて帰りは場合によっては路線バスに乗ってみようと考えた。
家並が途切れるあたりで便意を催してきたので、どうしようかと思ったら、レストランを併設しているホテルがあり、そこにはトイレもあったので(レストランのみの場合はトイレはない場合が多い)、ホットして用を足してからミルクティーを飲みながら湖面を眺めて雨が小降りになるのを待った。
レストランを出て少し歩くとまたお店が立ち並ぶようになった。そしてバスも何台も止まっている。後から来るバスも乗客全員を降ろして駐車場に入っていく。地図でも、ここから先にはバス停の印はない。そこで、ここからバスに乗って帰ることにする。
行き先はネパール文字で書いてあるので全然わからないが、グーグルマップで進路を確認して、違った方向に行くようならば、そこから降りればいいやと乗り込むことにした。
ここのバス路線は緑色系統と青色系統のバスが走っているが、私が乗り込んだ青色系統のバスは緑色系統のバスよりもボロいようだ。このバスもドアが閉まらないのか開いたままで走り出した。
料金の支払いも先払いなのか後払いなのかわからなかったが、乗る時に何も言われないので後払いなのだろうと判断する。湖に沿って走るのかと思ったら、途中で内陸の方に曲がってしまったので、そこから降りて後は歩いていく。運賃は40円だった。
ホテルに戻る途中で日本料理店に入り、チャーシュー麺を注文したが、これは失敗だった。麺はうどんみたいだったし、チャーシューが今一つだった。本当は鯖の塩焼きを注文したかったのだが、1400円もしたので、昼食にはちょっと贅沢かなと思ってやめたのだが、やはり食べたいものを食べれば良かったと思った。
午後はしばらくホテルでやすんでから土産物屋を見て回ったが、結局買いたいものはなかった。ホテルに戻る途中にもう一軒日本料理店を見つけ、天麩羅うどんを注文するが、こちらは合格点であった。夕方には快晴となり、明日のヘリフライトへの期待が高まった。
1月29日
夜中に何度も目覚めて外を見たが、星は見えず曇っているようである。天気は予報のようにはいってないようである。集合時間の6時半前にロビーに降りてみるが、集合時間になっても迎えは来ず、時間どおりの出発とはならずに判断待ちをしているようである。ホテルのスタッフは部屋で待っているように言うが、ロビーで待ち続けることにした。
結局、本日フライト決行の連絡はなかったため、帰国前にカトマンズで2泊する予定のホテルはキャンセルし(一泊分のキャンセル料は発生)、ポカラの宿泊を2泊追加することにした。またカトマンズへ帰る翌朝のバスもキャンセルし(返金なし)、最終日の朝にカトマンズに戻るバスの予約をすることにした。まあカトマンズは何度も来ていて、特に見る所もないので、せっかくのアンナプルナベースキャンプ訪問のチャンスに賭けることにした。
ところが、昼前に突然連絡があり、これけらヘリフライトがあるので出発準備をするようにとのことで、慌ててロビーに降りて迎えの車を待つ。半信半疑だったが、本当に迎えの車は来て、他のホテルから乗り込んだ人と一緒に空港に向かう。
空港でしばらく待機しているとヘリコプターが飛来し、乗客5人が乗り込んでアンナプルナベースキャンプに向かって飛び立つ。このあたりはyoutubeで何度も見ているので、さほど感激はないが、待望の瞬間がいよいよ近づくのかと思うと信じられない気にもなる。
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アンナプルナベースキャンプの滞在時間は20分程度であったが、絶景を充分に堪能できた。迎えのヘリに乗って飛行場に戻り、車でホテルまで送ってもらう。
ホテルで一休みしてからもう一仕事が待っている。それは、前々から気になっていたポカラを見下ろす山の上に立っている日本寺妙法寺を登ることである。ポカラ中心街からはちょっと離れているので、レンタサイクルを利用することにした。
1時間200ルピーということで3時間借りることにした。しばらくは平地であるが、妙法寺方面に向かう登り道に入ると、とても漕いで登れる傾斜ではないので、自転車を降りて引いて行くことになる。
1時間ほど登っていったが、目標とした妙法寺ははるか先なので、手前にある無名の寺で引き返すことにした。![]()
すると、その時こんにちはと声をかけられる。日本に11年働きに出て里帰り最中で横浜に住んでいるそうだ。しばらく話してから下りだすが、下りはさすがに早く登りの半分以下の時間で下に着く。
まずはモモをつまみにビールで喉を潤して目標達成を祝う。その後、湖に出かけたり、夕暮れのアンナプルナ山群を眺めたりしてから、先日食べ損ねたさばの塩焼きを食べてポカラ最後の夜を終えた。
1月30日
今日も快晴でアンナプルナ連山が美しい。朝食もそこそこにチェックアウトして大通りでタクシーを拾ってツーリストバスパークに向かう。小額紙幣がなかったので、ホテルで両替しようと思ったら手持ちがないということでできなかったので、おそらく運転手は釣りをくれないだろうから1000ルピーまるまる払ってもいいと思っていた。ところが、バスパークに着いて1000ルピー紙幣を払うとちやんとお釣りをくれるではないか。400ルピーという約束だから500ルピー札と100ルピー札をくれたのだと思って後で見直したら100ルピー札2枚だった。見事に400ルピーを騙されてしまったと思ったが、よくみなおしたら、1枚は500ルピー札だった。それにしてもネパールの小額紙幣は一見してもなかなかわけりづらい。
行きと同じくツーリストパスではあるが、少しランクは落ちるようで地元の人も少しは乗っているようである(下の写真の先頭が帰りのバス、たまたま休憩所でその後ろに行きの時のバスが停車)。![]()
走り出すと左手にはアンナプルナ連山が望め、素晴らしい景観である。なかでもマチャプチャレの偉容は圧巻である。![]()
間もなくすると、反対側から大勢のランナーが走ってくる。ゼッケンをつけているのでレースなのだろうが、今日は土日でないのに平日でもレースをやることや、交通規制がなくてラッシュの車の間を縫うように選手が走っているのにも驚いた。
進路を南に向けていくと山間部に入って、ガスに覆われてアンナプルナ連山も見えなくなってくる。これからは長い々々退屈な旅が始まる。1時間ほど走ってトイレ休憩となるが、したくなくてもしておかないと後で思わぬ苦労をするというのが行きの時の教訓である。
その後は長い々々悪路を耐えながらカトマンズを目指す。途中で車内WiFiが使えることに気付き、妻にラインを送ったりして時間を潰す。さらにNHK+を開いてテレビ番組も見られるのではないかと思ってやってみたが、そこまでは無理だった。そのうちにインターネットに繋がらなくなってしまった。南米のバスのWi-Fiも途中でつながらなくなったことを思い出し、車内WiFiは1人が長時間使い続けないような仕様になっているのかもしれない。
その後、道はつづら折りの登りになっていく。カトマンズから来た時はきずかなかったが、カトマンズの手前に峠があって標高差1000メートル近くを上がらなければならないのだ。上がるにつれて左側の奥にランタン方面と思われる雪をいただいた山々が見えてくる。峠に達すると前方にカトマンズの街並みを見下ろすことができる。道をゆっくりと下っていくが、たいした下りではない。カトマンズはポカラよりも標高は800メートルも高いのだ。
やがてバスはリング道路に入り、渋滞の中を終点に向かっていく。終点の前で一カ所下車する場所があったが、ホテルのあるターメに最も近いナヤバザールで降りるつもりだったところ、ナヤバザールには停まらずにかなり先の終点まで連れて行かれたので、ホテルまでは1時間近く歩く羽目となった。タクシーに乗らなかったのは、今回が最後となるカトマンズの繁華街以外の街並みを歩いてみたいという気持ちがあったからである。
1月31日
午前中は土産物を買い、午後はクライミングジムで遊んだ後、ロキシーやチャンという地酒が飲める店がネットに載っていたので探してみたが、わからなかった。手持ちルピーが乏しくなってきたので、夕食はカードが使える日本料理店として調べた店にいってみたが、前に行った日本料理店よりもかなり割安な感じであった。すし12巻の一皿で1600でシャリもネタもまずまずであった。ただカード払いだと3.5%の手数料が必要だといわれたので現金で払ったため、新たに両替が必要となった。そのため、帰りのタクシー代以外のルピーを消費するために、さらに土産を買わなければならなくなり、カードで買った方がよかったかもしれない
2月1日
ネパールを去る日がやってきた。3週間にも及ぶ長い旅もいよいよ終わりに近づく。カトマンズ市内を去る前に昨夜両替したためにルピーが余ってしまいそうなので、土産物を買い足しに街に出る。
ホテルに戻ってチェックをしようとしたが、一度キャンセルして再予約したことによる追加払いが9千円必要になると言われる。その計算過程はよくわけからないが、カードで精算できるということなので、この際は細かいことにはこだわらずにいわれるままにする。
タクシーはホテル側で呼んでくれたが、タクシー代はホテルが負担してくれるという。嬉しいことではあるが、その分だけルピーが余ってしまうので、嬉しさ半分、迷惑半分である。
空港に着いたが、チェックイン開始時間まではしばらく時間があるので、その間に小額紙幣の使い途はないかと売店で探していたら、ブラックティー80ルピーというのか目につき、これで小額紙幣は15ルピーだけとなったので一安心である。
チェックインと出国手続きが終わると、セキュリティチェックの直前にプライオリティパスて利用できるラウンジかあるので、そこでしっかりと食事をとっておく。というのは、今回利用するエアアジアはLCCのため、予約してないと飲食のサービスは受けられないからである。ここのラウンジは食事の内容はまずまずであったが、インド料理中心のため、インド料理に飽き飽きした人には辛いかもしれない。ただ自分はインド料理はこれが最後かもしれないという思いで噛み締めながら食べさせてもらった。
ラウンジを出るとすぐセキュリティチェックとなり、そこから先には土産物屋がひとつあるのみであった。その土産物屋も商品の種類は少なくバカ高かったが、手持ちのルピーを使い果たすためにお茶を二箱買うことにした。二箱で二千ルピーになるのに対して財布には1900ルビーしかなかったが、それで負けてくれることになった(ポケットにあった15ルピーも出した方が良かったかな)。
空港の発着が混んでいたためか、出発は30分以上遅れたが、バンコクでの乗り継ぎ時間が6時間ほどあるので全く問題はない。やがて順番が来て離陸して上空に上がると、エベレストからカンチェンジュンガまでの高峰が眺められたのはヒマラヤの旅の最後を飾る贈り物であった。
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飛行機が高度を上げると雲の中に入って展望は得られなくなり、一路バンコクに向かって進んでいくだけである。ミャンマー上空に達する頃には夜の帳が降り始めたが、満月が飛行機の翼の横に眺められて幻想的な雰囲気であった。
間もなくバンコクの空港に降り立ち、成田空港行きの便に乗り継ぐことになる。ただし、乗り継ぎ時間が6時間近くあるので、ラウンジでゆっくりしていくことにする。プライオリティパスで無料でラウンジが使える特典も以前は回数せいげんはなかったが、今は年間5回と回数制限ができてしまったが、今回の旅行では、このバンコクのラウンジで上限の5回に達することになる。バンコクのラウンジへなかなかの質の高いラウンジで今まで入った中で最高のラウンジかもしれない。最後にいいらに入れてラッキーだった。
制限時間2時間前にラウンジを出ても成田空港行きのフライトまでは、まだ3時間以上もある。
2月2日
日付が変わっても成田空港行きのフライトの搭乗時間まではしばらく時間がかかる。搭乗口前の待合室は私が入った時はほとんど人がいなかったのに次第に人があつまりだす。それもほとんどが日本人である。この3週間、日本人には全く会わなかったのに、まわりが日本人ばかりというのは妙な気分である。
やがて搭乗開始となるが、今回は後方の座席なので、先に搭乗することになる。私の座席は通路側で隣の窓側の席の女性と通路を挟んだ反対側の席の男性とがペアにもかかわらずせきが離れてしまったようなので席を代わってあげた。
知らぬ間に眠ってしまったようで、目が覚めた時は外は既に明るくなっていた。と言っても東に進む時は時間の経過が早いので大して寝てはいないのだが。間もなく食事時間となり、予約した食事が運ばれてきた
(LCCのため、予約しないと食事サービスはない)。実はこの食事の予約が大変だった。予約画面までは行けても、そこから先には進めないのだ。一度は諦めかけたが、航空会社のアプリで予約できることに気づくまでが大変だった。食事の予約をしていたのは1割程度だったが、やはりハードルが高いためかもしれない。
まもなく、飛行機は無事に成田空港に着陸して、3週間にも及ぶヒマラヤの旅もピリオドを打つこととなった。










































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